守りたい人


 ああ、早く――。
 早く、堕ちてくればいいのに。

 黄昏の中に呆然と佇む背中を目にして、山南敬助は口元に緩やかな笑みを浮かべた。
 あと少しだ。
 もう少しで、あの少女は落ちる。
 少女は、置き去りにするように出かけた背中を追いかけることも、見送ることもできず、ただ俯いている。
 敬助はその姿を一瞥し、もう一度口元に笑みを浮かべ、踵を返した。
 夜明けは確かにくる。
 新年を迎えたけれども、まだ冬の気配が多く残るこの季節だ。夜の闇が侵食する速度は、夜が明けるよりも早い。
 足元の影が、勢力を伸ばしてきた暗闇に同化する。
「そう急くこともありませんね」
 自室へと向かいながら、敬助はひとりごちる。
 まるで護衛でもしているように千鶴の傍にいた左之助は、いったいなにがあったのか、最近では千鶴を避けている。
 千鶴を羅刹隊へ迎えたい敬助には、好都合だった。
「……急くこともありませんが、この好機を逃すほど、お人好しでもないんですよ」
 誰にともなく呟きながら、敬助は、自身に向けられている警戒の目をどうかいくぐろうかと思案する。
 敬助をいま一番警戒しているのは平助だ。それから、斎藤。
 だが、一番警戒心を強めなければいけないはずの千鶴自身が無警戒なために、警戒心の強い二人の目をかいくぐり、千鶴に近づき、付け入る隙はいくらでもあった。
 接触は僅かな時間でいい。
 重要なのはどんな言葉を投げかけ、彼女の孤独を煽り、不安を広げさせ、心の中に闇を育ませるか。
 遅効性の毒ほど、浸透は深い。
「逃しませんよ、雪村くん」
 あの奇跡のような鬼の力を。能力を。
 もう人とは言えない敬助たち羅刹と同じ、人ならざる彼女を。
 必ず手に入れ、御してみせる。
 そっと振り返った先では、千鶴の背中がゆっくりと闇に融けようとしていた。



山南さん(無自覚)→千鶴
個人的意見で大変恐縮ですが。山南さんは、かなり千鶴が好きだと思いました。
特に、左之ルート。
そんなに執拗に接触をしていたなんて!!と、萌えました。
妄想激しくてすみません(笑)。