本当に肩の力が抜けたのは、きっと、あの一瞬だった。

 昨日と同じく、千鶴は用意された部屋にいた。
 なにをすることもなく、また、行動の自由も制限されているために、千鶴は大きく開いた障子から見える景色を、ただじっと眺めている。
 風向きの加減だろう。時折、鍛錬をしているらしい隊士たちの威勢のいい声が、微かに届く。
 それに耳を傾けながら、千鶴は小さく息を零した。
 ああ、早く。少しでも早く外に出て、父様を探しに行きたい。小さなことでいいから、なにか手がかりが欲しい。
 心の片隅に、いつも小さくある不安を消すためにも、確かな証が欲しい。
 父様が生きているという、証。
 毎日、毎日、同じことを考える。
 考えて、動きの取れない我が身が歯がゆくて、もどかしくて、零すのは溜息ばかりの毎日。
 けれど、千鶴の心の中は、昨日とは少し違ってしまった。
 溜息をつこうとしてしまった自分に気づいて、慌ててとめる。
 新選組の秘密らしきものを見てしまった日から。
 この壬生狼と呼ばれる人たちの中で、監視つきの生活を送るようになってからずっと気を張り詰めていたけれど。
「笑っていればいいって、そう、言ってくれたもの」
 夕べ、いつものように新選組の幹部たちに囲まれて食事をしているとき、個性豊かな彼らのやりとりが可笑しくて、楽しくて、思わず笑ってしまった千鶴に、隣に座っていた原田が言ってくれた。
 そうして笑っていればいい、と。
 その何気ない言葉に、張り詰めていた千鶴の心が緩んだ。
 言われて、初めて、ずっと笑っていなかった自分に気づき、いつから笑っていなかっただろうと考えて、そういえば父からの便りが絶えてからだと思い返して、千鶴はずいぶん驚いた。
 いつも不安で、心細くて。笑う余裕なんてなくなっていた。
 父の消息は相変わらず今も不明のままで、探しに行きたくても千鶴自身、監視される身になっていて、父がどうなったのか判らなくて、やっぱり不安で、心細くて、新選組の面々をまだ少し怖いと思っているけれども、必要以上に気を張りつめなくてもいいのだと思うと、それだけで心は軽くなった。
 零しそうになる溜息を、止めようとできる程度には。
 自分でも、とても単純だと思うけれど。
「――悪いようにはしないって、言ってくれたし」
 口先だけではないと信じられる。
 出かけている土方が戻ってきたら、駄目でもともと、外出の許可を求めてみよう。
 それから、いつでも、笑っていよう。笑うように心がけていよう。
 落ち込んで、沈み込んで、心配だから、不安だからと溜息ばかりついているより、笑っているほうがいいと千鶴も思う。
 笑っていれば、いいことが起こるような気もする。
「笑うかどには福来る、って言うし……!」
 ひとり納得して、千鶴は立ち上がった。
 廊下に出て、空を見上げる。
 優しい空の色に、頬を緩めた。
 きっと、大丈夫。
「千鶴は父様と会えますよね」
 呟いた千鶴の頬を撫でた風は、冬の冷たさを含んではいたけれど、優しく感じられた。

                                      了



左之好きの妄想のはじまり、って感じですか?(笑)
重箱の隅つつきのように、萌を補完したいと思います。
着物ネタもね、必ず!!