White day

「姫君」
 ヒノエに呼ばれて、望美は顔を上げた。
「なに、ヒノエくん?」
 小首を傾げて問いかけると、悪戯めいた笑顔を浮かべたヒノエが、小さな箱を差し出した。
「なに?」
 差し出された箱を見つめて、望美はさらに首を傾げた。
「受け取ってよ」
「うん……でも……」
 躊躇う望美に、ヒノエは笑みを深めて言う。
「お返し」
「え?」
「ホワイトデー、だっけ? 今日はバレンタインデーのお返しをする日だって、将臣と譲が言ってたからさ」
「あ……、ありがとう」
 気にしなくてよかったのに。望美が言うと、ヒノエはそうはいかないね、と、ひどく真剣な顔で言った。
「姫君から贈り物を貰っておきながらお返しをしないなんて、俺の主義に反するよ。それに、大事な姫君に誠意を疑われるのもごめんだね」
「もう、ヒノエくんは大袈裟なんだから。お返しをもらえないからって、そんなことでヒノエくんを嫌いになったりしないよ」
 望美はそう言って笑うと、ヒノエから箱を受け取った。
「姫君のお気に召すといいんだけどね」
「どんなものでも嬉しいよ。ヒノエくんが選んでくれたのなら……て、え、これ!?」
 箱を開けた望美は、目を見開いた。
「姫君、お気に召していただけたかな?」
 クスクスとヒノエが楽しげに笑って言う。けれど瞳は真剣で、冗談に紛らわすことを許してくれそうにはない。
 嬉しいと言って、受け取りたいと思う。けれど、ためらいが生まれるのも事実で。
 ヒノエは、これを贈る意味を知っているのだろうか?
 単純に、ただ綺麗だと思ったから。そんな理由で選んだような気がする。
 でも、この世界に順応するのがいちばん早かった彼だから、知らないはずがない。そうも、思える。
「望美?」
 姫君、ではなく名前を呼ばれてしまえば、迷う時間を奪われてしまったのも同然だ。
 望美は軽くヒノエを睨みつけたあと、箱の中からリングをとりあげ、左手の薬指に嵌めた。
 ルビーをはめ込まれたプラチナリングは、望美の指にぴったりと納まった。
 望美の指に光るリングを見て、ヒノエは嬉しそうに、幸せそうに笑って。そして望美の唇にキスをひとつ落として、言った。
「あぁ、思ったとおり、望美にぴったりの宝石だね。似合うよ、俺の花嫁」
 と。

                                END