Valentine day 「…………ねぇ、譲くん」 「なんですか、先輩」 にこやかな笑みを返されたけれど、譲の笑顔に流されるわけにはいかないと、望美は自分に言い聞かせながら口を開いた。 「……意味がないような気がするんだけど……」 ぽつりと不満げに漏らすと、譲の手が止まった。 不思議そうな、驚いたような、そんな顔で望美を見つめてから、譲が首を傾げる。 「そうですか? そんなことないと思いますけど」 別におかしいことはないというように返されて、望美はさすがにむっとなった。 テーブルの上に広げられている材料と道具を、望美は指差して叫んだ。 「だって、これ、譲くんにあげるために作ってるんだよ!?」 「わかってます」 「……譲くんが一緒に作ってどうするのよ」 「先輩と一緒に作ったことも、あとになってから良い思い出かな、と」 にっこり笑顔でそう言った譲が、止めていた手を動かしだす。 隣で手際良く、楽しそうにチョコレートケーキを作っている年下の恋人の横顔を、望美は溜息をつきながら眺めた。 おとなしく引いてくれない様子に、望美はもう一度溜息をついて、 「ああ、ほら、先輩、急がないと仕上がり時間が遅くなってしまいますよ」 譲に言われるままに補佐を再開させた。 「ああ、そうだ。先輩」 「なに?」 手は動かしたままの譲に呼びかけられた望美は、同じように手を動かしたまま、返事をした。 「来年は期待していますから」 突然そう言われて、望美は「え?」と譲の顔を凝視してしまった。 ちらりと望美を見返した譲が、にっこりと満面の笑みを浮かべていた。 そして、 「来年からはひとりで作れますよね? ちゃんと手順と味、覚えてくださいね」 手厳しい言葉をくれた。 「…………が、頑張るね」 はたして来年、譲の手を借りることなく、チョコレートケーキを作れるだろうかとひそかに焦りながら、望美は頷いた。 END |