笑顔をさがして 「祐一」と、呆れを含んだような声に呼びかけられて、祐一は緩慢な動作で振り返った。 バレたら間違いなく怒られるな。 そんなことを頭の片隅で思いながら、声をかけられたときの距離を想定して、それでもあらかじめ視線を下げてから相手を見ると、祐一の思考など見透かしているように、真弘の顔が顰められた。 文句でも言ってやろうといいたげに開かれた唇は、しかし、溜息を吐き出すだけに留められたようだ。 最初から目線を下げられたことより、よほど気にかかることがあるらしい。 一度、きゅっと唇を引き結び、真弘が深呼吸をする。 それからゆっくりと吸い込んだ息を吐き出して、 「祐一」 と、もう一度呼びかけられた。 静かな声だった。 目の前の幼馴染みがこんなにも静かな声で祐一を呼ぶことは、滅多にない。 いつの頃からか「俺様」主義を演じるようになった真弘の、その静かな呼び声に応えるように、祐一は真弘の瞳を見つめ返した。 「いいのかよ?」 主語をすっ飛ばしての問いかけに、祐一は首を傾げた。 なにを問われているのか、理解できなかった。 疑問の浮かんだ眼差しで見つめ返すと、また真弘が顔を顰めた。 「真弘?」 答えを促すように呼びかけると、苛立たしげに舌打ちされる。 祐一には真弘にそんな態度を取られる覚えがない。だから首を傾げると、真弘ががりがりと頭を掻いた。 少し癖のある真弘の髪が、幼馴染み自身の整った指先に掻き乱されるさまをじっと見つめていると、「だから!」と、強い口調が発せられた。 瞬きをしてから、祐一は再度真弘の瞳に視線を合わせた。 「珠紀のことだ。いいのかよ?」 真弘の唇から零れた名前に、祐一の肩が僅かに動揺を表した。 小さく息を吸って、祐一はその動揺を鎮める。が、真弘は祐一の動揺に気づいたのだろう。 冷静に、けれど同情を多分に含んだ眼差しで、真弘の瞳が祐一を捕らえていた。 「……俺が口出しすることじゃないんだけどよ」 祐一の僅かな動揺は指摘しないまま、真弘が口を開く。 「最近の珠紀のテンションが下がっているの、あれ、祐一のせいだろ?」 容赦のない、確認の言葉だった。 「……どうしてそう思うのか、聞いてもいいか?」 「目を合わせて話をしない。必要最低限の会話しかしない。距離を置いて接しているのが、丸判り――にも関わらず、お前らお互いを意識しすぎ。過剰なほど。誰だってお前らの間で何かあったって気づく。気づかないのは拓磨ぐらいだ」 肩を竦めながら淡々と告げられる内容に、祐一は息をつく。 真弘の淡白さは、普段感情的に発せられる彼の言葉よりも深く、強く、祐一を責めていた。 責められていると、少なくとも祐一にはそう感じられた。 そう感じてしまうのは、後ろめたさがあるせいかもしれない。 真弘に指摘されたとおりに、珠紀の寄せてくれている想いを切り捨て、距離を置くことを選んだ。 玉依姫と守護者。 それだけの関係であることを、選んだ。 それだけの関係で良いと、望んだ。彼女にも同じ気持ちを強要した。 それがどれだけ彼女を傷つけ、悲しませるのか。どれだけ酷いことを言っているのか判っていながら……。 その後ろめたさが。振り切れない後悔が祐一の中にあるから、真弘の言葉が耳に痛いと感じる。 「真弘は……」 「あ?」 「真弘は珠紀のことが好きなのか?」 ふと聞いてみたくなったその質問に、真弘の大きな瞳が見開かれた。 ぱちぱちと繰り返される瞬き。 思ってもみなかったことを聞かれたというように呆けている真弘に、祐一は重ねて問うた。 二度目の問いかけに、真弘の顔が苦く歪められる。 できれば答えたくない。そう思っているのだろうけれど、真弘は祐一の質問に答えるべく、口を開いてくれた。 もしかしたら、問いかけた自分の顔は、とても悲壮で、切迫した顔だったのかもしれない。 真弘の表情が、仕方なさそうに、小さく笑っていたから。 「――まあ、嫌いじゃねぇな」 真弘らしい言い方に、祐一の唇が苦笑に緩んだ。 「そうか」 祐一は頷く。 珠紀のことを。この閉鎖された、暗く淀んだ空気の充満する村の中にあってなお、その空気に染まらず、天真爛漫に――呆れるほど明るく、屈託なく笑い、振舞えるあの少女のことを、心の底から本気で厭い、嫌える者などほとんどいないだろう。 そういう空気を、彼女は持っている。 だから、「嫌いじゃない」と言った真弘の言葉に、祐一は頷いた。 けれどその言葉に、祐一の心の中に居座ったまま、捨てきれず、振り切れない想いのもたらす痛みが反応した。 ちりちりとした痛み。 真弘の言葉に不快感を示す身勝手な独占欲が、じわりと祐一の胸の中を侵食する。 「ああ、でも、あれだぞ。お前の気持ちとは違うぞ」 まるで祐一のドロドロとした気持ちを見透かしたように、真弘が自身の言葉の意味合いを否定した。 祐一は真弘の言葉に首を傾げる。 「……違う?」 「違うな。特別な思いは一切ねぇよ。強いて言うなら友愛、家族愛。そーゆーやつだ。お前らを大切に思っているのと同じだよ。……あ、いまのところは、って言っておくか? 先のことは判らねぇしな? 絶対に気持ちが変わらないなんて、誰にも言えないだろうしよ」 悪戯めいた真弘の言い方に、「そうだな」と静かに同意しながらも、祐一の心の中は醜い感情に蝕まれる。 誰にも渡さない。 たとえ真弘にだって、珠紀には触れさせない。渡さない。 玉依姫の守護者であることを選んだにもかかわらず、祐一はそう思ってしまう。 矛盾に満ちた心に、祐一は苦い思いを抱く。 「祐一」 自己嫌悪を感じていると、真弘に呼ばれた。 「本気にするなよ」 見つめ返した祐一の視線の先で、真弘が真面目な声音でそう言った。 「本気にするな。俺は……他のやつらはどうだか知らねぇけど、俺は珠紀のことは特別な意味で好きにならない。祐一のように、あいつを特別に想えない。あいつは玉依姫だからな」 「でも、真弘は珠紀を気に入っているだろう? 大切にしている」 悪態をつきながらも、真弘は珠紀の身辺に気をつけている。珠紀を気遣っている。 真弘の構い方は、時に、珠紀に対して特別な感情を寄せているように思えるほどだ。 少なくとも祐一の目には、そう映って見える。 祐一が言うと、真弘が見たこともないような顔をした。 とても大人びた顔だった。 なにかを達観してしまったような、そんな顔。 「真弘?」 「――確かに俺はあいつのことを大事にしてる。気に入っているのも、まあ、否定しねぇよ。でもな、祐一。俺が珠紀を大事にしてるのは……ある意味、珠紀が俺にとって特別な存在だからだ。俺の、一方的な、個人的な事情ってやつで、大事にしてる。それだけだ」 静かに、淡々と。すべての感情を排したかのような声音で言った真弘の表情も、瞳も、どこか暗く感じられた。 祐一は今まで見たこともない真弘の雰囲気に、眉を顰める。 真弘の唇から零れた特別という言葉に反応して、祐一の胸は確かに痛んだ。痛んだけれど、真弘の言葉から感じ取れたなにか……危機感や不安に似たものの前に、その痛みは掻き消えた。 鬼斬丸。 祐一を。守護者を。この村すべてを束縛する剣の名が、祐一の頭の中にふっと浮かんだ。 関係があるのだろうか? そういえば過去に一度、真弘が家出をして村中が大騒ぎになったことがあった。 祐一の両親もずいぶんと慌てて、真弘の捜索に出て行ったことがある。 見つけられた真弘は、しばらく軟禁状態に置かれていた。 遊びに行っても、どこにいても、必ず村人の誰かの目があって、――ときには大蛇さんが傍にいて。 それと鬼斬丸を結び付けて考えてはいけないだろうか。 けれど祐一の勘が、その二つを結び付けろと告げている。 聞いてもきっと真弘は本当のことを言わないだろう。そう確信しながらも、祐一は問いかけた。 「真弘、なにを隠している?」 「俺は別に何も隠してねぇぞ」 祐一の問いかけに真弘がムッと頬を歪めた。 子供っぽい、いつもの真弘らしい仕草だった。 「正真正銘、俺様は珠紀を玉依姫としか見てねぇって。疑う気なら、お望み通り、俺がお前から攫ってやるけど?」 「そんなことは俺が許さない」 「だったら、さっさとフォローしとけ」 にやりと意地悪く、真弘が笑った。 「ちゃんと好きだって言ってやれよ。珠紀が笑っていないと、どうも、調子が狂うんだ」 「珠紀は……玉依姫だ」 「そうだな、あいつは珠依姫だな。そして俺たちは守護者だ。だけど、それがどうしたんだ? ……て、おい、祐一。まさかお前、それを理由に珠紀を遠ざけているのか!?」 呆れきった真弘の問いかけに、祐一は微かに頷いた。 「俺たちは異形の神の末裔。その神の力を受け継いだ、化け物。だけど珠紀は違う。玉依姫だが、人間だ。鬼斬丸を封印する力以外を持たない、清らかなる存在だ。相容れない」 「…………清らか、ねぇ」 祐一の言葉に返された真弘の言葉には、どこか皮肉めいた響きがあった。嘲りさえ含まれていそうなその声音に、祐一は小首を傾げる。 ずいぶん含みのある言い方だ。 少なくとも、祐一にはそう感じられる言い方だった。 「真弘?」 違和感を覚えながら真弘に声をかけると、真弘は妙に冷めた眼差しをしていた。 見たこともない表情だった。 「真弘……?」 もう一度呼びかけると、冷めた表情を消し去って、おどけた仕草で真弘が肩を竦めた。 そして、幼馴染みは言った。 いつもと変わりない口調。真弘らしい口の悪さで。 「祐一は清らかだって言うけど、珠紀と清らかってどう考えても結びつかないだろーが。本の読みすぎで、視力落ちたんじゃねぇの? あ、それともあれか? あばたもえくぼってやつ?」 「ずいぶんな言い方だな」 「いまさら、だろ」 にやりと悪役っぽい仕草で笑ってそう言った真弘が、祐一の顔を覗き込んだ。 「祐一は、もうちょっと我儘になっていいと思うぜ。守護者とか、そんなことに囚われんなよ」 「真弘を見習って?」 「……あー、俺を見習うと、小言を貰う回数が増えるけどな!」 バツが悪そうな顔で、真弘が言った。 守護者らしい行動から逸脱している自覚はあるらしい。 真弘の言葉に祐一が小さく笑うと、真弘の顔が複雑そうに歪んだ。 「なんだよ、笑うんじゃねーよ」 不貞腐れた顔で真弘が言う。 その子供っぽい仕草に、祐一の笑みはさらに深くなった。 くつくつと笑っている祐一を睨んでいた真弘が、不意に表情を改めた。 真剣な眼差しを祐一に向けてくる。 誤魔化しを許さない眼差しの鋭さに、祐一は笑うのをやめた。 「祐一」 と、今日何度目になるのか判らない、真剣な声の呼びかけに、祐一はさらに表情を引き締める。 じっと、まるで睨みあうように見ていると、真弘が瞼を伏せた。 祐一から視線を逸らすような仕草のまま、真弘が言った。 「なぁ、祐一。珠紀のこと好きなら、珠紀の気持ちを受け入れてやれよ。大事にしてやれ」 「…………」 「確かにあいつは玉依姫だけど。お前は守護者だけど、そんなことで諦められる気持ちじゃないだろ? それにお前が必要としているのは『春日珠紀』で、『玉依姫』じゃないだろう」 「……真弘に諭される日がくるなんて、思ってもみなかった……」 「悪かったな」 「真弘」 「なんだよ」 「すまない」 「気にすんな。でも、この貸しは高いぜ?」 にやりと笑った真弘の言葉に、祐一は頷いた。 「やきそばパンでいいか?」 「そうだな、あー、…………いや、やきそばパンも捨てがたいけどよ、やっぱ、あれだな」 「あれ?」 「おう。鬼斬丸の封印……つーか、破壊? それでこの貸しはチャラにしてやるよ」 真弘の口から零れたそれに、祐一は軽く目を見張った。 それは、この村に縛られた人間ならば、誰もが望んでいることだ。祐一も、そして、きっと祐一と真弘以外の守護者たちも、それを一番望んでいる。 望んでいるけれど、鬼斬丸を封印、あるいは破壊することが容易でないことを、真弘も解りすぎるほど解っているだろう。 それなのに……。 「ずいぶん大きな要求だな、真弘」 呆れを隠さずに言った祐一の言葉に、 「そうか?」 と、そんなに難しい要求をしたつもりはないといった口調で、真弘が首を傾げた。 シニカルな笑みを浮かべた友人の、それは真の願いなのだろうと祐一は思った。 確かに、鬼斬丸に関わっている者の大多数が、封印を、破壊を望んでいるだろう。 けれど、きっと、その大多数のなかの誰よりも、切実にそれを望んでいるのが真弘なのだろうと推測する。 いつもの真弘らしく、飄々とした態度ではいるけれども、エメラルド色の瞳に見え隠れする真摯さが、それを物語っている。 祐一と珠紀の想いが擦れ違うことで、珠紀が玉依姫としての能力を発揮できないことを怖がっているようにも感じ取れる。 真弘が一番、玉依姫の力を望んでいるように思われた。 その理由は、見当もつかなかったけれど。 「真弘」 「……なんだよ?」 「まだ、間に合うだろうか?」 「あぁ? ……間に合うも何も、祐一次第じゃねぇのか? 珠紀はお前のことしか考えていないだろうよ」 「真弘はそれでいいのか?」 「はぁ!?」 祐一の言葉に、真弘が素っ頓狂な声を上げた。 「……いいのかって……、いや、だから、俺は珠紀に個人的感情は持ってねぇって!」 「本当に?」 「こんなことで嘘をついてどうするよ? さっきもそう言っただろうが。それともなにか? 祐一、お前、俺と珠紀を取り合いたいのか?」 お望みならそうするけど、と、真弘がにやりと笑った。 意地悪く笑っている真弘を見つめていた祐一は、ふっと、小さく笑った。 そして、言う。 「真弘に負ける気はしないな」 そう言うと、真弘がぽかんとした顔で祐一を凝視した。 それから苦笑いのような、呆れているような顔をした後、おどけたように肩を竦めた真弘に、 「そこまで自信満々なら、さっさと珠紀に告ってきやがれ!」 発破をかけられる。 「ああ、ほら。玉依姫様のご到着だ」 肩越しに校舎を振り返った真弘が言って、祐一は視線を向けた。 緊張した面差しの少女が、祐一と真弘に気づいて小走りに近寄ってきた。 「お待たせしてすみません、祐一先輩。真弘先輩も」 祐一の表情を窺うような珠紀の眼差しに、祐一は自分勝手だと思いながらも、溜息をつきたい気分だった。 先輩と後輩。 玉依姫と守護者。 強いてそうあろうと振舞う珠紀に、他人行儀に振舞わないでほしい、いつもと変わらぬ態度で接してほしいと言いたくなる。 もちろん、「玉依姫と守護者」の関係を望んだ祐一が、そんなことを言えるわけはなかったけれど。 珠紀と真弘に気づかれないよう嘆息して、祐一は宇賀谷の家に向けて足を踏み出した。 そのとたんに、なにか言いたそうな真弘の視線を背中に感じる。 「祐一」 静かに促す真弘の声音に足を止め、祐一は真弘を振り返った。 真弘の真後ろにいる珠紀の、沈んだ様子が胸に痛い。 珠紀を意気消沈させているのが自分だと思うと、なおさら祐一の胸は痛んだ。 笑ってくれるなら。 珠紀の気持ちを、自分の気持ちを拒絶する前のように笑ってくれるのなら、いますぐにでも自らの言葉を撤回したいと、そう思ってしまう。 「祐一」 ともう一度呼びかけられて、祐一は小さく息をついた。 まるで祐一の考えていることのすべてを見透かしているような、そんな声だった。 「真弘」 諫める口調で呼びかけると、真弘が器用に片眉を上げて祐一を見返してきた。 声音から祐一の言いたいことを察したのだろう、真弘の顔は不満げな様子を隠していなかった。 「……落ち着いたら、ちゃんと言う」 ぽつりとそう返すと、真弘が小さく舌打ちをして、盛大な溜息を吐いた。 「あのな、祐一」 「いまは、それどころじゃないだろう?」 真弘の反論を遮るように祐一は言った。 言外に、いまはロゴスや鬼斬丸の結界、封印が最優先事項だろうと告げると、苦々しい顔をされた。 「ああ、もう、わかったよ!」 苛立ちを隠しもしないで真弘が叫んで、その声に驚いた珠紀がぎょっとした様子で祐一と真弘を交互に見つめた。 どうかしたのかと問いかけるような眼差しに、祐一はゆっくりと首を振った。 「なんでもない。……陽が落ちる前に、帰ろう」 「あ……はい。でも……祐一先輩……?」 「まだ本調子じゃないくせに、無理をするなと言い聞かせた。俺の努力が実っただけだ」 「え?」 「……は? いや、あのな、祐……」 「真弘、少しでも体力を温存しておいてくれ」 真弘の反論を遮るように祐一は言い、そして眼差しで、「先に帰っていい」「邪魔をするな」と告げる。 祐一の「お願い」ならぬ「命令」に気づいた真弘が、 「………………………………はいはい」 疲れきった様子で頷いた。 そして珠紀を振り返り、 「そーゆーことだから、珠紀」 「はい?」 「祐一と一緒に帰ってくれ。俺は、今日は真っ直ぐ家に帰る」 「はい……って、えぇ、真弘先輩!?」 「じゃあな!」 「真弘先輩っ!」 それって守護者としてどうなんですか!? 非難の込められた珠紀の言葉に振り返ることなく、真弘の小さな背中が遠ざかって行く。 珠紀と同じようにその背中を見送っていた祐一は、真弘の姿が確認するのも困難なほど遠ざかってから、居心地悪そうに佇んでいる珠紀に声をかけた。 「珠紀、帰ろう」 声をかけると、緊張した面持ちの珠紀が振り返り、こくんと小さく頷いた。 祐一が歩き出すと、その後ろを追いかけるように珠紀がついてくる。 祐一の歩幅で丁度、五歩分。 離れて後をついてくる珠紀とのその距離に、祐一は、本当に自分勝手だと思いながら、溜息を吐いた。 「玉依姫」「守護者」その関係を強要した。だけど、それを律儀に守ろうとする珠紀の行動に、仕草に、寂しさを感じてしまう。どうしても。 「珠紀」 呼びかけ振り向くと、怯えたように珠紀の細い肩が揺れた。 どこか怖がるような瞳で祐一を見つめ返してくる珠紀に、祐一は微笑を返した。 「珠紀、ここに」 「え?」 「隣に」 「祐一、先輩?」 驚いたように祐一の名を呟いた珠紀が、おずおずと近づいて祐一の隣に来る。 戸惑いと困惑を感じているだろう珠紀に、しかし祐一は正直な気持ちを告げることができない。 愛しいと思う。 好きだと思う。 抱きしめたいと、そう、思う。 珠紀を抱きしめて、珠紀の気持ちを受け入れたい。祐一の気持ちを受け入れて欲しい。そう思う。 けれど、自分の気持ちに正直になることは、許されない。 許してはいけない。 この身に受け継がれている、異形の血。力。 純粋な人間じゃないという、その事実。 祐一の我儘に、珠紀を巻き込めない。 「祐一先輩?」 黙りこんだままの祐一を窺うように、珠紀が声をかけてきた。 笑顔らしい笑顔が消えた珠紀の呼びかけに答えないまま、祐一は珠紀を促すように歩き出した。 「後ろを歩かれると、いざと言うときに守れない……」 「………あ、……はい……」 意気消沈した珠紀の様子に、自分でも言葉が足りないと祐一は思う。けれど、不器用だと判っていても、素直に隣を歩いて欲しいと言うことはできなくて。 「あ…………!」 珠紀がなにかに気づいたように、小さく声を上げた。 「どうした?」 忘れ物でも思いだしたのだろうかと祐一が首を傾げると、なぜだか照れたような顔で、珠紀が首を振った。 「なんでもないです!」 「だが……」 「本当に! 気にしないで下さい! それよりも祐一先輩、早く帰らないとっ! ずいぶん陽が落ちちゃっているし」 急かすように珠紀が足を速める。 珠紀を追いかけるように歩きだした祐一は、しかしすぐに足を止めた。 沈みかけた夕日の光を受けて伸びる影。 祐一と珠紀、ふたり分の……。 その影の手の部分が、きっと、触れ合っていた。 きっとじゃなく、確かに触れ合っていたのだろうと、祐一は気づいた。 珠紀もそれに気づいて、だから、声を上げたのだ。 もう二度と触れ合えない祐一と珠紀の影は、もう言葉にできない本人たちの本当の気持ちを、そのまま映すように触れ合っていたのだ。 「祐一先輩!」 立ち止まったままの祐一を、珠紀が手招く。 その顔は、嬉しそうに笑っていた。 無邪気な笑顔を久しぶりに見たと、祐一はそう思いながら歩きだした。 地面に映し出された影でしか触れ合えない切なさを、きっと、忘れることはないだろうと、そんな感傷を覚えながら。 了 |
真弘先輩のとある科白を書くためだけに書き出した、祐珠SS
でも、このあと幸せEDに繋がる予定で(予定って…)。
もうすぐ追加ディスクの発売ですね!!
すっごく楽しみー。