Valentine day


「はい、祐一先輩」
「ありがとう、珠紀」
「これは慎司君にね」
「うわぁ、ありがとうございます、珠紀先輩!」
「これは、はい、拓磨へ」
「……ああ、サンキュ」
「遼には、はい、これ」
「なんだ、みんな一緒か」
「文句を言うなら、返して?」
「……もらう」
 珠紀はチョコレートの入った箱を渡し終えると、期待を込めた眼差しで全員を見回した。
 珠紀の感想を期待している眼差しに苦笑しつつ、もらったチョコレートの包装を解き、それぞれがチョコレートを口に入れた。
 チョコレートの味をかみ締めるように食べている友人たちに、珠紀は期待と不安の篭った声で、
「どう?」
 そう問いかける。
「おいしいですよ、先輩」
 最初に返事を返してくれたのは慎司だった。
 にっこりと惜しみない笑顔を返してくれる後輩の、気を使っているわけではないらしい言葉に、珠紀はほっと胸を撫で下ろした。
「うまいな」
 ぽつりと祐一もそう言って、その後に拓磨と遼も
「そうっすね。甘すぎないし、くどくないし。うまいな」
「意外に美味いもんだな、チョコレートも」
 珍しく素直においしいと言ってくれた。
 どうやら、気に入ってくれたらしい。
 女生徒たちから密やかに人気の高い友人たちは、義理と本命を含めて、たくさんのチョコレートをもらっていて。きっと、みんな甘いチョコレートに辟易しているだろうと思いながらも、やっぱりバレンタインだからと珠紀もチョコレートを用意した。
 いつものように悪態か文句を言われるかと身構えていたけれど、どうやら杞憂だったようで、
「えへへ。よかった。作った甲斐があったよ」
 珠紀はそう言って、にっこり笑った。
 珠紀の言葉に、慎司が「え?」と驚いた顔をする。
「これ……先輩が作ったんですか!?」
「うん。美鶴ちゃんにお願いして、お台所借りて作ったの」
 珠紀がお願いをしたとき、少し渋い顔をした美鶴は、けれど今回だけは仕方がないと思ったのか、「怪我にご注意下さいね」とそう言って、台所を貸してくれた。
「使い慣れた道具じゃなかったから、ちょっと手際が悪くて仕上がりが心配だったんだけど、みんなの口に合ってよかった」
「……珠紀が作ったのか……」
 どこか感慨深そうに祐一が呟いたのに、珠紀は「そうですよ」と頷いた。
「腹、壊さないだろうな?」
「絶対、拓磨はそう言うと思ったわよ」
 むっと頬を膨らませて反論を口にしようとした珠紀は、髪が引っ張られる感触に顔を顰めた。
「遼…痛い……」
「ああ、これ、チョコレートの匂いだったのか。朝からずっと、甘い匂いがすると思った」
「ちょ……! もうっ、匂いを嗅ぐのやめてってば!」
 遼の指に絡め取られた髪を取り戻し、珠紀は真っ赤な顔をしたまま怒鳴りつけた。
 けれど怒鳴りつけられた当人は気にした風もなく、何もなかったかのように、残りのチョコレートを口に運んで食べている。
「うう、もうっ」
 拗ねたように呟いた珠紀は、紙袋の中に残っている箱に目を落とし、小さく息をついた。
 珠紀の溜息に気づいた慎司が、
「そういえば真弘先輩、遅いですね。祐一先輩、真弘先輩はどうしたんですか?」
 そう言った。
 慎司の言葉に祐一が顔を上げる。
「……そういえば途中から姿が見えなかったな……」
 自由登校の身分になってから、真弘も祐一も学校に足を向けることが少なくなった。
 それでも、時々、寂しがる珠紀に付き合って、昼休みに顔を出してお昼を一緒に食べていたのだ。
 とくに今日は、「チョコレートを渡したいから、絶対、絶対に屋上に来てくださいねっ! 命令ですから!」と、使い方を間違っているとしか思えない玉依姫の厳命が出ていたから、四限目が終わる頃を見計らって、祐一と真弘は待ち合わせて学校に足を向けた。が、思っていた以上に早く学校についてしまったふたりは、昼休みまでの時間潰しに図書室に向かった。
 本棚に紛れ込ませたまま放置されている、鬼斬丸が消えた今ではもう意味を持たない資料を、思い思いの場所に陣取って読んでいたのだけれど。
「…………帰っちゃった、のかな?」
 珠紀が不安を隠せずに呟くと、
「あの真弘が、珠紀からのチョコレートをもらわないまま帰るとは思えない」
 きっぱりと祐一が言い切り、祐一の言葉に拓磨と慎司が同意して頷く。
 遼は、興味なさそうにそっぽを向いていた。
 珠紀は祐一の言葉にくすりと笑うと、
「そうですよね。真弘先輩ですもんね」
 と頷いた。
 でも、だったら、真弘はいったいどこへ行ってしまったのだろう。どこにいるのだろうと考え出したとき、錆びつきかけたような音を立てて、ドアが開いた。
 珠紀たちは一斉に、開かれたドアを振り返る。
 振り返った先、全員の視線を受けた真弘がたじろいだように立ち竦み、わずかに頬を引き攣らせていた。が、すぐにいつもの真弘らしい尊大な空気をまとって、耳障りな音を立てるドアを閉め、珠紀たちの傍によって来た。
「あ〜、ちょっと遅れたか……」
 そう言いながら、真弘は珠紀の隣に座った。そして、
「悪いな、遅れた――と、なんだよ、まだ食べていなかったのか?」
 珠紀のお弁当袋を指差して問いかけた真弘に、珠紀は頷いた。
「だって、真弘先輩、来ないから」
 珠紀の返事に、真弘が苦笑した。
「昼休み終わるぞ。――ほら、さっさと食え」
「真弘先輩を待ってたの!」
「ばーか。授業に遅れたら、どうするんだよ。――見ろ、拓磨なんか、薄情に食い終わりかけているぞ」
 真弘に言われて見てみれば、いつの間にお弁当を広げていたのか、拓磨は中身のほとんどを胃に収めてしまっているようだった。
 よくよく見れば祐一も慎司も、遼も、お弁当を食べ始めている。
「……うわぁ、本当に、みんな薄情」
 信じられない、と恨みがましく文句を言いながら、珠紀はお弁当を広げた。
 配色も、栄養バランスも完璧な美鶴のお弁当に箸をつけようとして、珠紀はその手を止める。
 真弘を待っていた理由を思い出した。
 今日の一番のイベント。
 一番大切なこと。
「真弘先輩!」
 やきそばパンを頬張ろうとしていた真弘を、振り返った。
「なんだよ、いきなり大声出すな」
 珠紀の叫び声に顔を顰めた真弘にかまわず、珠紀は傍らに置いていた紙袋を手に持った。
 それをそのまま、真弘に突きつけるように差し出した。
「これ、真弘先輩の分です」
「あ?」
 怪訝な顔をして珠紀を見返す真弘に、珠紀は紙袋を押し付けた。
 渡された紙袋を反射的に受け取った真弘が、不思議そうに紙袋を覗き込んだ。
「それ、真弘先輩の分のチョコレートですから。ついでに言うと、わたしの手作りです。心して食べてくださいね!」
 珠紀の言葉に顔を上げ、
「…………食べられるんだろうな?」
 真弘が言った。
「………………人の期待を裏切らない科白を、ありがとうございます」
 言いながら、珠紀はにっこりと笑う。そして笑顔のまま、真弘の手から紙袋を奪い返した。
「おい、こら。ちょっとまて、珠紀! それ、俺のなんだろ!?」
「そのつもりだったけど、わたしが作ったものは「食べられないもの」として認識しているみたいだから、いらないですよね?」
「ちょっとした冗談だろーが!?」
「真弘先輩、知っていますか? 冗談も言っていいときと悪いときがあるんです。すっごく、傷ついた!」
 珠紀が睨みつけると、真弘が「あー、悪かった」と小さな声で呟いたが、珠紀は唇を尖らせて、おざなりに聞こえた真弘の謝罪に文句をつけた。
「全然、反省してないし」
「反省してるだろ! 悪かったって言ってるじゃねぇか」
「心が篭ってません! 真弘先輩、チョコが欲しくて、口先だけで謝ってませんか!?」
「んなことねぇよ!」
 即座に否定した真弘の、意外にも真剣な表情に、珠紀の鼓動が大きく音を立てた。
 季封村に来るまで、珠紀の周囲の男性といえば父親と教師しかいなかった。
 だから、同年代の異性の、「男」を強く意識させる表情だとか、態度には免疫が少なくて、いまだにどぎまぎしてしまう。
 とくに、普段から子供っぽい行動や言動が目立つ真弘の、不意打ちの男っぽい顔は、反則じゃないの、と珠紀は思う。
 無駄に心臓がドキドキして、頬が火照ってくる。
 きっと赤くなってしまっている顔を隠すように、珠紀は少し俯いた。
「本当に反省してます?」
 俯いたままぼそぼそと言えば、
「反省してる。だから、それ、渡せよ。俺だけまだもらってねぇじゃねぇか」
 真弘らしい横柄な口調で、チョコレートを要求された。
 さきほどの真弘の暴言を思い出して、どうしようかと逡巡していると、
「珠紀」
 と。真弘の有無を言わせない強い声に、名前を呼ばれた。
 たったそれだけで。
 名前を呼ばれただけなのに、逆らいがたい引力があって。
 珠紀は真弘に要求されるまま、一度奪い返した紙袋を、真弘に差し出した。
「……どうぞ」
 ぽつりと呟いて渡すと、
「おう、サンキュ」
 明るく弾んだ声が聞こえて、珠紀はそっと真弘の表情を盗み見て、慌てて視線を逸らした。
 やっと赤みが引きかけた頬が、また赤くなるのが自分でも判った。
 屈託のない、嬉しさを隠しもしない、幸せいっぱいで仕方がない。そんな笑顔も、反則だ。
 きっと真っ赤になっている頬が、どうしようもなく熱かった。
 これじゃあ、しばらく顔をあげられやしない。
 さらに顔を俯かせて、珠紀は食べ忘れたままのお弁当を、とりあえず食べようとお箸を動かした。
 美鶴特製のミートボールを口に放り込んだところで、
「珠紀」
 と、呼ばれて、珠紀は慌てて顔を上げた。
 顔を上げてから「あ」と思ったけれど、にやりと口角を上げた真弘と目が合って、誤魔化しが利かないことを思い知る。
 火照った顔の言い訳なんて、すぐには思いつかなかった。
 とりあえず口に放り込んだものを咀嚼して、飲み込んで。
「なんですか、真弘先輩?」
 ぼそぼそ声で問いかけると、
「ガキか。ソースがついてんぞ」
 意地悪く笑いながら言った真弘の指が伸びてきて、珠紀の口元を拭った。
 自分の指先のソースをぺろりと舐めて、
「さすが美鶴だな。うまい」
 真弘が淡白に感想を漏らした。
「おい、拓磨!」
 それから急に声を張り上げるようにして拓磨を呼んだ真弘が、
気乗りしない様子で「なンすか?」返事を返した拓磨に、言った。
「こいつ、調子悪そうだからよ、早退な」
「え? ちょ……わたし、べつに調子悪くなんて……真弘先輩!?」
 急になにを言い出すんだと抗議の声を上げた珠紀を無視して、真弘は更に言った。
「顔、赤いし。風邪かもしれねぇし。担任に言っとけ」
「真弘先輩ってば!」
「……確かに、珠紀先輩の顔、赤いですけど。でもそれって、風邪とかじゃなくて……」
「慎司。お前、珠紀が心配じゃねぇのか?」
「心配ですけど! でも風邪じゃ……」
 ないでしょう、と続くはずだった慎司の言葉を、なぜか祐一が止めた。それから珠紀を振り返る。
「珠紀」
「はい?」
 珠紀は首を傾げつつ、祐一を振り向いた。
「お大事に、な」
「は? 祐一先輩!?」
「ちょっと待ってくださいよ。祐一先輩までなにを言い出すんですか!」
「慎司、珠紀が病気だったらしばらく会えなくなるぞ」
「病気だったら、ですよ。病気じゃないでしょう!? 誰がどう見たって、照れて顔が火照ってるだけじゃないですか! それに珠紀先輩が本当に病気になったら、お見舞いに行きますから、ご心配なく」
 慎司が祐一にそう反論し終えると同時に、
「珠紀、担任には言っておいてやるよ」
 拓磨が淡々とそうのたまった。
 拓磨の言葉に珠紀はぎょっとして、クラスメイトを振り返る。
「ちょっと、拓磨?」
 あんたまでなにを言い出すのよ、と、喉まででかかった言葉は、
「珠紀、貸しひとつだ」
「真弘、貸しひとつだな」
 同時に発された遼と祐一の科白に遮られた。
「もう、なにを言っているんですか!? 珠紀先輩が真弘先輩の毒牙にかかったら、どうするんですか!?」
 慎司の抗議の声を無視して、祐一が言った。
「そろそろ昼休みが終わるだろう。急がないと遅刻するぞ、慎司」
「授業どころじゃ……!」
「ほら、さっさと片付けろ、慎司」
 拓磨も慎司を急かすようにそう言って、それから真弘と珠紀にひらりと手を振った。
「気をつけて」
 珠紀は真弘に腕を取られて、立ち上がらされた。
 広げていたお弁当は、いつの間にか真弘に片付けられてしまって、巾着の中だ。
「借りておいてやる」
 にやりと不敵に笑った真弘に手を引かれて、珠紀は引っ張られるまま屋上を後にすることになった。
 抗議の声を上げ続けている慎司の声が、ドアに遮られて聞こえなくなる。
 昼休み中の、ざわざわとした空気の中を、珠紀は真弘に手を引かれるまま進む。
 下駄箱まで来て、やっと、珠紀は真弘を呼び止めた。
「真弘先輩、あの……」
「あ? 鞄なら、あとで拓磨か祐一か慎司が届けてくれるだろうよ。心配すんな」
「ああ、そうですか……って、そうじゃなくて!」
「ほら、さっさと履き替えろって」
 珠紀を急かすように言った真弘は、珠紀が靴を履き替えるまでその場を動くつもりはないようだった。
 はぁ、と溜息を吐いて、珠紀は空いた手で靴箱を開け、靴を履き替えた。
 珠紀が靴を履き替えて真弘を見ると、真弘は「よし」と頷いて、今度は真弘たちが使用している靴箱へと足を向けた。
 珠紀の手を掴んだまま、真弘はさっさと靴を履き替えて、乱暴に靴箱の扉を閉める。
「行くぞ」
 宣言するように言って、真弘が校舎を出た。
 珠紀は真弘の少しうしろを追いかけるように後に続く。
 鬼斬丸を巡っての戦いの最中にも、たしか、こうして手を引かれて歩いたことがあった。
 夕暮れの道を、村の外れにある洋館まで真弘とふたりで歩いたことを、珠紀はぼんやりと思い出した。
「真弘先輩」
「ん、なんだ?」
「どこに向かっているんですか?」
「んー、そうだなぁ。お前、どこに行きたい? つっても、なにもない村だし、行くところなんてねぇけど」
 返された答えに珠紀は目を丸くした。
「どこに行くか決めてないんですか!?」
「決めてねぇよ。あー、なんだ、ほら……」
「なんですか!?」
 行き先も決めていなかったのに、無理矢理早退させられてしまったのかと思うと、珠紀の口調は自然ときつくなった。
 言いにくそうに言葉を濁す真弘に対しての苛立ちは、隠しもしなかった。
「怒るなって」
 珠紀の苛立ちを察した真弘が、宥めるようにそう言うけれど、その真弘の言葉に対して湧き上がるのは、反発心だ。
「怒ってませんけど!?」
「怒ってるじゃねぇか……」
 呆れたように呟かれた言葉に、怒らせているのは誰ですか、と叫びたい気持ちを、珠紀は頑張って押さえ込んだ。
 それなりに人通りの多い商店街に差しかかっているこの道で、喧嘩をするわけにはいかない。
 玉依姫である珠紀と、守護者である真弘の他愛ない口喧嘩が、どんな尾鰭がついて祖母――静紀の耳に入るのか。入ったそのあとのことを考えただけで恐ろしい。
 玉依姫としての自覚云々、立場云々……。静紀と美鶴ふたりからのお説教は、きっと、二時間くらいでは済まされないに決まっている。
「ねぇ、真弘先輩」
 呼びかけると、真弘が足を止めて珠紀を振り返った。
「行くところ決めてないなら、川原に行きましょう」
 珠紀が提案すると、真弘がわずかに眉根を寄せた。
「水辺は寒いぞ?」
「でも他に行くところないし」
「たしかに。ホント、なにもねぇ村だよな」
 ぽつりと呟いた真弘の声に、珠紀は言った。
「でも、わたしは季封村、好きですよ」
 でなければここにずっといたいなんて、両親に頼んだりしない。
 玉依姫という立場は楽じゃないし、大変だし。でもカミ様たちとの触れ合いは苦ではない。
 それにこの村には、都会にはないものがたくさんあって。
 大切な人がたくさんいて。
 特別に大切な人もいて。
 この村でしか出会うことができなかった、とても大切な人がいて。
「珠紀?」
 黙りこんだ珠紀を心配するように、真弘が顔を覗き込んできた。
 ロゴスとの戦いで、命を失うか失わないか、そんなギリギリの生活の中で見つけた想いに、少し自信がなかったこともあったけれど。
 吊り橋の恋だったらどうしよう、恐怖感からくるドキドキを、勘違いしていたのかも、なんて。恋愛に免疫なんてまったくなかったから、そんなふうに思ったこともあったけれど。
「真弘先輩」
「うん? どうしたよ?」
「あのね、真弘先輩。それ――紙袋の中のチョコレート」
「ああ、これがどうした?」
 真弘が珠紀から視線を外して、紙袋を見つめた。
 珠紀は真弘の視線を追いかけるように紙袋を見つめながら、言う。
「それね、特別なんですよ」
「特別?」
 びっくりした顔の真弘が珠紀を見つめた。
 弾かれたように顔を上げた真弘の、大きく見開かれた瞳をまっすぐに見つめ返し、珠紀は頷く。
「特別です。みんなにも手作りの義理チョコ渡しましたけど、先輩の分にはね、チョコレートと一緒にケーキも入れてあるんです。真弘先輩、「手作りのチョコレートケーキも食べてみたいよな」って言ってたから、両方作っておきました。ちゃんと食べてくれますよね?」
 今度は茶化したりしないでほしいと思いながら言うと、真弘が照れながらも、嬉しそうに笑った。
 無邪気な、子供のような顔だと思いながら珠紀が見つめていると、
「サンキュ、な、珠紀」
 小さな声で真弘が言って、少しだけ珠紀の手を握る力が強くなった。
「えへへ」
 珠紀も小さく笑って、握り返す指先に力を込める。
「やっと、笑いやがったな」
「え?」
 ぽつりと安堵したように呟かれた言葉が聞き取れず、珠紀が怪訝な顔をすると、真弘が「なんでもねぇよ!」とぶっきらぼうに言い放ち、珠紀の手を引いた。
 川原に足を向ける真弘の隣に肩を並べるように、珠紀も歩き出す。
「ああ、そうだ、珠紀」
 歩きながらなにを思いだしたのか、真弘が声をかけてきた。
「なんですか?」
 真弘の横顔に視線を向けながら答えると、子供のように拗ねた表情で真弘がちらりと珠紀を見返した。
「たったいまから、俺様以外の奴にお前の手作りの食べ物を渡すのは禁止だ! 横暴だろうがなんだろうが、ダメだからな! だから来年からの義理チョコは既製品を渡せ」
「義理チョコを渡すのはいいんですか?」
 てっきりそれも禁止かと思った珠紀は、意外な思いで問いかけた。
 すると真弘が渋面を作って言う。
「貸し、作っちまったからな」
 溜息をついた真弘に、「そうですね」と珠紀は頷いた。
「真弘先輩」
「ん?」
「真弘先輩のためにだけ、作るから。だから、ちゃんと食べてね」
「おう、任せろ。全部、俺様が食ってやるよ。美味いもの、期待してるからな」
「うん。料理もね、いつか、美鶴ちゃんの作ったものよりわたしの作ったものが一番美味しいって、先輩に言わせてみせるからね!」
 覚悟して下さいね、と、挑むように珠紀が言うと、
「俺様の中ではとっくに、お前の作ったものが一番だけどな」
 と、柔らかな笑顔で真弘が言って。その言葉が終わると同時に、繋いでいる手、珠紀の指先に真弘の唇の熱が一瞬だけ触れた。

                                終



やっと書き上げた真珠のバレンタイン創作。
バレンタインにする意味が、果たしてあったのか……。
(バレンタインのために書きはじめたはずなのに!!)
というか、バレンタインになっていない辺りが、消化不良。
リベンジをしたい気分です。うう。