White day 「真弘先輩」 部屋に落ちつくなり呼びかけ、それと同時に手を差し出したわたしを、真弘先輩が怪訝な顔で見返した。 「なんだ、この手?」 真弘先輩に向かって突き出されたわたしの手に、真弘先輩が警戒心丸出しの声でそう訊ねる。 「なんだって……え、ちょっと、真弘先輩……?」 先輩の声音から感じられる嫌な予感。 でも、まさかね。そう思いながらじっと真弘先輩を見つめていると、わたしの眼差しに真弘先輩がたじろいだ様子で身を引いた。 「な、なんだよ?」 少しどもりながら、それでも真弘先輩らしく強気な調子で問いかけて、真弘先輩がわたしを見返す。 照れているわけでも、とぼけているわけでもない態度に、わたしはがっくりと肩を落とした。 仕方…………ないのかなぁ。 こっそりと溜息を吐きだしつつ、前の学校の友人たちの言葉を思い出す。 彼氏持ちだった彼女たち曰く、 「ホワイトディって、バレンタインディに比べれば地味だし。忘れられる可能性のほうが高いし、仕方ないのかもねぇ」 誕生日やクリスマスのように、彼女にプレゼントやお返しを渡すという意識が欠落してしまったかのように、三月十四日と言う日はほとんどスルーされてしまうって。 よほど義理堅いか、マメな彼氏でもない限り、ホワイトディを覚えている人はいない。たとえ覚えていても、重要視なんかしていない、って、みんな言っていたなぁ。 まぁ、確かに、この時期って世間様は何かと忙しいし。学生のわたしたちだって、受験が終わってひと段落着いたり、三学期末の最終試験が終わって春休みも目前で浮かれていたり。ホワイトディを意識している暇はない……かも。 真弘先輩に向かって手を差し出しているわたしだって、清乃ちゃんに、 「心の友よ! 明日ははじめてのホワイトディ! お返しなんだろうねっ! 楽しみだねぇ。報告、待っているからね!」 なんて好奇心丸出しの口調で言われて、はじめて思い出したくらいだし……。 わたしがそうなんだから、真弘先輩もホワイトディのことは忘れていそう……っていうか、知らなかったりするかも。 うう、ありえる……。 そう思いながら「なんでもないです」って言って、手を引っ込めようとした掌に、ぽんっと乗せられるなにか。 「え?」 驚いて掌の上に視線を向けると、掌に収まる小さな巾着の包みがひとつ。 ちょっとだけ重いそれを見つめて、それから真弘先輩に視線を移すと、真弘先輩は照れたように顔を背けていた。 うっすらと頬を染めている真弘先輩が、ぶっきらぼうに、けれどもいつもよりずっと優しい声で 「バレンタインのお返し!」 そう言った。 ちゃんと覚えていてくれたんだ。 そう言えば真弘先輩って、意外に律儀なところがあった。 ううん、それだけじゃなくて……ちゃんとみんなのこと、わたしことを見ていてくれている人だ。 「大事にしろよ? 鴉取真弘様からお返しをもらえるありがたい女は、後にも先にもお前だけだからな!?」 「うん、ありがとう、真弘先輩」 真弘先輩らしい言い方に笑いつつ、頷く。 掌に置かれた小さな包みも、真弘先輩の言葉も、すごく嬉しい。 「大事にする」 「おう、大事にしろ」 にやりと口角を上げて、真弘先輩が笑う。 「真弘先輩、これ、開けていい?」 「あー、……おう」 少し躊躇いつつ真弘先輩が頷いて。 真弘先輩が恥ずかしそうに視線を背けるのを、少し不思議に思いながら巾着のリボンを解いて中身を取りだした。 古ぼけたバイクのキーホルダーと、鍵がふたつ……? 「真弘先輩……」 「文句は言うなよっ! そのキーホルダーは、俺様がずっと使っていたお気に入りだ!」 うん、知ってる。 真弘先輩の家の鍵についていた……、真弘先輩が大事にしていたキーホルダー。 「これ、真弘先輩のいちばんのお気に入りの……いいんですか?」 「ダメだったらやらねぇよ。それに、俺にはお前がくれたやつがあるしな」 そう言って真弘先輩がはにかむように笑う。 バレンタインディにあげたバイクのキーホルダーのことを、真弘先輩は言っているんだ。 「うん、じゃあ、遠慮なくいただきます」 塗装の剥げかけたキーホルダーを指先で撫でながら、 「それで、この鍵はなんの鍵ですか?」 そう問いかけると、真弘先輩が息を詰めた。 少し緊張した面持ちでわたしを見て、ぼそりと言った。 「家の…………俺の家の、鍵…………と、あと、バイクの鍵」 へぇ、真弘先輩の家の鍵ですか、って頷きそうになって、けれどその意味に思い至った瞬間、わたしは耳まで真っ赤になってしまった。 「え…………と、あの…………」 どう言えばいいのか判らなくて、俯き加減にぼそぼそと口を開くわたしに、真弘先輩が早口に言った。 「ちゃんと、親の了承は得た! これで鍵がかかっていても家に入って俺を待てるだろ! わざわざ電話で確認なんてする必要もねぇし!」 そうかもしれませんが……それって、一人暮らししている彼氏の家に入るより、ずっと、とても恥ずかしいです、真弘先輩。 使う日が来るのかなぁ、なんて思いながらも頷いて、もうひとつの鍵のことを思い出す。 バイクの鍵って、真弘先輩は言った。 「真弘先輩、バイク、買ってもらったんですか?」 「おう、約束だったからな。まあ、中古の小型だけど。実はもう、教習所に通ってる」 真弘先輩はそう言って、悪戯っぽく笑った。 「真弘先輩」 「ん?」 「免許を取ったら、バイクに乗せてくださいね」 「お前を乗せても大丈夫だってくらいに乗り込んでから、な。いくらでも乗せてやるよ」 慎重な返事を返してくれた真弘先輩に、「楽しみにしていますからね」と念を押して、わたしは先輩からもらったホワイトディのお返しを、ポケットにしまいこんだ。 END |
ちょっとだけ甘い仕上がりになるように!!とか思いつつ、しっかり甘々なできあがり(笑)。
最初は真弘先輩にはすっかりしっかりWDの存在を忘れていただくつもりでしたが、きっと、慎司
あたりが「お返しはどうするんですか?」とぽろりと言っちゃう気がして(笑)。