年下の彼 街の中では見ることもかなわない、一面の花畑。 優しく頬を撫でていくそよ風に揺れる、名前も知らない白い花。 咲いている花を潰してしまわないようにと、服が汚れるのも構わずに土の上にころりと寝転んだ恋人に、きっと慌てながらも真っ赤になって断られるだろうと予想しながら申し出た膝枕。 予想通りに「大丈夫ですよ!」と、ぱたぱたと両手を振りつつ断られて、やっぱり断られちゃったなぁ、なんて心の中で思いつつ、珠紀は少しだけ悲しげに、 「慎司君は、わたしの膝枕は嫌かなぁ?」 そう問いかけてみれば、さっき以上に慌てて、 「そんなことありません!」 強い口調で否定され、それから申し訳なさそうに、まるで珠紀の様子を窺うみたいな口調で、 「あの、じゃあ、膝枕をお願いしてもいいですか?」 遠慮がちに問われた。 珠紀から言い出したことなのだから、遠慮などする必要はないのに。 甘えてくれてもいい状況で、まだまだ他人行儀なところが抜けないままの恋人に苦笑しつつ、珠紀は「どうぞ」と膝を提供した。 「すみません」と申し訳なさそうな口調のまま、慎司がそっと珠紀の膝に頭を乗せる。 遠慮が目立つ仕草に、言葉に、態度に、もっと、もっと、甘えてくれたらいいのに、と、珠紀は焦れったくなる。 遠慮なんて、もう、しないで欲しいのに。 しないで欲しいじゃない。しなくていいのに。 そう言いたかったけれど、珠紀はすべての言葉を飲み込んだ。 珠紀の膝の上に頭を乗せた慎司が、気持ちよさそうに、すぐに瞼を下ろしたからだ。 最近ずっと、言蔵の家と犬飼の家を行ったり来たりして、心休まるときはなく、ずいぶん疲れが溜まっていたのだろう。 瞼が落ちると同時に、すぅすぅと穏やかな寝息が届いて、珠紀は小さく微笑んだ。 無防備に眠る慎司の額にかかっている髪を、梳く。 辛いはずなのに。 悲しいはずなのに、「大丈夫です」と微笑んでみせる強さを、羨ましく思うと同時に、悲しく思う。 大事な人たちを思いすぎて、優しくて。だから時に、自分の心を、気持ちを殺しすぎていて。 大丈夫じゃないなら、辛いなら、微笑むより本当のことを言葉にしてほしい。 辛くて、悲しくて、どうすればいいのか判らないと、混乱している気持ちを吐き出して、ぶつけてくれたらいいのに。 そうしてくれたら。珠紀にはどうすることもできないけれど、一緒に泣いて、怒って。傍にいることくらいはできるのに。 慎司の記憶、心の奥底に深く降り積もった孤独の闇を共有することはできなくても、それらに温かな気持ちを浸透させていく手伝いくらいはできるのに。 温かなもので満たしていく手伝いくらい、できる。 それなのに、慎司は何も言ってくれなくて、 「守るべき方にそんなことを言わせてしまうなんて、僕はまだまだ未熟ですね」 そう言って微笑むばかりで。 「玉依姫じゃなくて、『わたし』を必要として欲しいんだけどなぁ」 まだまだ頼りないから、無理かなぁ、と、珠紀はこっそりと溜息を零す。 悲しみを、知らない人じゃない。 苦しみを、とてもよく知っている人。 きっと、憎しみだって知っているだろう。 それなのに――それだからこそ、慎司は誰よりも、春の陽だまりのような優しさを持っているんじゃないだろうか。 いつまでも過去の悲しみに、苦しみに、憎しみに捕らわれず、前に向かって歩むために。 心から強くなるために。 無邪気な、幼い寝顔を見つめながら、珠紀はそう思うから。 「わたしは勝手に、慎司くんのことを守るから」 珠紀のすべてで、その優しさを守ってみせる。 「その心が壊れないように、傍にいさせて。わたしに慎司くんのすべてを守らせて」 孤独を抱えた心ごと、慎司を守って、抱きしめて。 優しくあろう、強くあろうと、常に自分を律しているその心に敬意を表して、伝え続けよう。 「ねぇ、慎司くん。愛してる」 穏やかに、幸せそうに眠る恋人に囁くように伝えて、珠紀はそっと、慎司の額に口づけを落とした。 END |
「二人の彼」を聴いていると、どうしても慎司のイメージになります(笑)。
リハビリ創作。
イメージはFDの予約特典のイラストで。
本音を言えば、膝枕をされているのが真弘先輩なら良かったのに、と。