七夕〜あなたに願いを 笑われてしまうだろうか。 手の中の短冊に目を落として、珠紀はそっと息を吐く。 七月七日、七夕の日。 季封村の商店街の一角に飾られた、笹。そこに飾る短冊を商店街のお店で貰って、なんだか小さい頃のことを思い出して願いを書いてみたのだけれど、考えてみたら、不特定多数の人にこの短冊が見られることになるのだということに、イベント用に用意された笹の前に立って、はじめて、珠紀はそのことに思い至った。 たくさんの願いの数だけ飾られている短冊を前に、珠紀が呆然と立ち尽くして早数分。 無邪気に、そして楽しそうにきゃあきゃあと笑いながら、傍らで短冊を笹に飾っている子供たち。 飾られた短冊をそっと盗み見ると、『まぁくんのおよめさんになれますように』とか、『ゆうたくんのおよめさんになれますように』とか、子供らしく可愛い字で書かれた、微笑ましい願いごと。 その願いごとのほかにも、同じような願いごとがたくさん書かれて、飾られていて、七夕だなぁと実感する――のだけれど。 「笑われちゃう……かなぁ」 もう一度、珠紀は短冊に目を落とした。 明るい緑色の短冊に珠紀が書いた願いごとは、やっぱり飾られた短冊と同じ願いごとだ。 『真弘先輩の奥さんになって、ずっと一緒にいられますように』 自分でもちょっと呆れてしまう程度には単純で、子供っぽい願いごとだと思う。 知り合いや友人たちに見られたら、きっと、延々、延々、それこそ一生冷やかされてしまう内容のそれ。 下手をすれば珠紀からプロポーズをしたと勘違いされてしまいそうな、願いごと。 守護者の一部の人間に知られたら、その場で爆笑されて、呆れられて、「馬鹿なことを書いて」と言われそうな短冊を、果たして、飾っていいのだろうか。誰が見るかも判らない、商店街の笹に。 「……やっぱりやめよう!」 珠紀が、もしもこれを誰かに見られて、冷やかしやからかいのネタにされてしまったらと、予想できる展開に怖気づいて、くるりと踵を返そうとしたところで、 「なにをやめるって?」 好奇心を隠さない真弘の声が聞こえると同時に、手の中の短冊がするりと抜かれた。 「ま……、ままままままま、真弘先輩っ!?」 突然の登場に動揺して、それから抜き取られた短冊に気づいて、さらに動揺して、珠紀は見事にどもった声を上げた。 真弘が感心したように珠紀を見つめ、言う。 「おー、すげぇな。良く舌を噛まなかった。そこは褒めてやろう。けどな、珠紀。驚きすぎだ。相変わらず失礼なやつだな」 褒められているというより、馬鹿にされている。そう感じられる真弘の言葉に、しかし、珠紀は抗議を返すことすらできないほどうろたえていた。 うろたえすぎて、自分がどんなアクションを起こせば良いのか、判らないほど、動揺は深かった。 対して真弘はといえば、珠紀の動揺などどこ吹く風。 実に自然な動作で、珠紀の手から抜き取った短冊に素早く目を走らせていた。 その一連の動作を呆然と見つめていた珠紀は、真弘がすべてを読んでしまったであろう瞬間に、やっと、自分が取るべき行動を思いだして、短冊を奪い返そうと手を伸ばしたのだけれど、すべては遅すぎた。 「珠紀、お前な……」 どう言葉を続けて良いのか判らないというように、真弘が言葉を切った。 なにを言われるのだろう。どう思われただろう。 真弘の言葉の続きを聞きたい気持ち、四割。聞きたくない気持ち、六割。居心地の悪い思いを抱えながら、珠紀は真弘の視線から逃れるように、目を足元に落とした。 その瞬間に落とされる、溜息。 タイミングの良さに、珠紀の体が自然と硬くなった。 視線を落とした先で、真弘の履いている靴の爪先が動いた。 一歩、二歩と動いた真弘の靴が珠紀の隣で止まって、かさりと笹の葉を引き寄せる音。 「?」 なにをしているのかと不思議に思いながら視線を戻すと、真弘が短冊を笹に飾り付けていた。 「真弘先輩?」 なにをしているんですか、と、問いかけようと開いた唇を、珠紀は閉じる。 短冊を飾り終えた真弘が、苦笑を滲ませた表情で珠紀を振り返るなり、 「馬鹿か」 一言そう言ったからだ。 「なっ……、なんですか、もう! 口が悪いですよ」 真弘の言葉にむっと頬を歪めて、抗議の声を上げたけれど、真弘は気にした様子も見せない。 冷ややかとも思える眼差しで珠紀を見つめ、もう一度、今度はとても深い溜息を零された。 ぴくり、と、珠紀の肩が揺れた。 珠紀の書いた願いごとは、もしかして、真弘には迷惑だったのだろうか。 ふとそんな不安が頭を過ぎった。 「馬鹿」 今度は柔らかな声音でくり返された言葉が届くと同時に、珠紀の頭が真弘の手に引き寄せられて、こつんと額が合わされた。 間近に真弘の顔があって、真弘が出現したとき以上に驚いて、うろたえた珠紀だったが、 「短冊に書く願いごとじゃねぇだろう、そういうのはよ。俺様に直接言えばいいだろーが」 早口で告げられたそれに目を見開いて、真弘の手から体を離すだとか、驚いた声を上げるだとか、そういったリアクションも返せない。 軽く混乱した頭で、けれど、珠紀の書いた願いは迷惑ではなく、それどころか真弘も同じように願ってくれていたんだと、それだけは理解できた。 言い終えると同時に真弘は素早く身を引いて、珠紀と距離を取ってしまった。 二歩分離れた真弘のほんのりと赤くなった顔を、珠紀は凝視するように見つめて、自分で思っている以上に赤くなっているだろう顔を隠すように俯けて、こくりと頷いた。 「……はい」 聞こえるだろうか。そんな心配をしてしまうほどか細かった声は、けれど、ちゃんと真弘に届いたようで、 「よし!」 満足そうに弾んだ真弘の声に、珠紀はいっそう頬を紅潮させた。 終 |
久しぶりにオンで真珠をUPしました。
季節ネタなのに、大遅刻☆ダメダメ感が一杯(笑)。
そして相変わらず下手ですみません(土下座)。
で、こんなできあがりの話を、こっそりひっそり、き/み/が/す/きの彩様に
捧げさせていただきたいんですけど。
ここをご覧になっているかどうか、不明ですけれども……。