幸せの鏡

「まかせてください!」
 意気揚々と、声も高らかに。
 ぴんと背筋を伸ばして、胸を張って、どこか誇らしそうに珠紀は言った。
 その自信はいったいどこからくるんだ、と、思わず呆れ顔で言いたくなったけど、それをぐっと堪えて、俺は、
「頼りにしてる」
 苦笑気味の顔でそう言った。
 嬉しそうに珠紀が顔を緩める。
「ええ、まかせてくださいって! わたし、絶対に、真弘先輩が生まれてきて幸せだった、わたしを選んで間違っていなかった、楽しかった、最高だったって、ちゃんと言わせますから!」
 今でも十分そう思えてるけどな、とは心の中で呟いて、俺は珠紀曰く悪役のような顔でにやりと笑う。
「俺を後悔させんな?」
「させませんよ」
 俺に負けず劣らず不敵な笑顔を浮かべて、珠紀が即答する。
 出会った頃は、まだまだ遠慮がちで、オロオロとしてばかりだったけれど、俺に振り回されているうちに度胸をつけた珠紀は、玉依姫という役目を担っているということを差し引いても、しっかりとした、強い眼差しをするようになったと思う。
 時々、珠紀の表情を見ていると、鏡を見ているんじゃないかと思うことすらある。
 俺が笑うと、珠紀は笑う。
 俺が怒れば、やっぱり珠紀は怒った顔をしたし、悲しめば悲しい顔をする。
 珠紀を笑顔にしようと思えば、俺が笑うしかねぇなと気づいてからは、くだらない不安なんてものを考えることをやめた。
 幸せな未来を。
 珠紀とふたりで笑っている未来を。
 珠紀と、俺と、守護者の仲間たちと笑っている未来のことだけを、考えるようにした。
 幸せなこと、自分でも呆れるくらい、たくさん考えるようになった。
 こいつは本当にイイ女になったな、と、珠紀の自信に満ちた顔を見つめながら思う。
 こんなイイ女が傍らにいる俺は、なんて僥倖な人生を送っているんだろう。
 あの命を懸けた――生死を分けた時間の中、生きること、未来を諦めなくて良かった。珠紀に出会えて、珠紀を信じて、すべてを預けて良かったと、本気で思う。
 今はまだ絶対、言えやしねぇけどよ。
 いや、言えないこともねぇけど、まだ言うときじゃねぇと、なんとなく思うから。
「真弘先輩?」
 黙りこんでいる俺を、珠紀が不思議そうに見つめているのに気づいて、俺はゆっくりと瞬きをした。
「どうかしたんですか?」
 少しだけ心配そうに表情を曇らせる珠紀に、俺はからりと笑った。
「んな心配そうな顔、すんな! 大丈夫だ。何でもねぇよ。ちょっと色々思い出してただけだ」
「色々?」
 ことりと首を傾げる仕草に、さて、本当のことはまだ言えねぇぞと思いながら、俺はちょっとだけ考えて口を開く。
「鬼斬丸に縛られて生きていた頃に比べたら、随分マシな人生送ってんなぁ、とか」
 そういうことを考えてた、といえば、珠紀は少しだけ複雑そうな顔をした。けれどすぐに笑顔を浮かべると、
「これからもっと素敵で幸せな人生が待ってますよ! だってわたしが一緒なんですから!!」
「だなぁ」
「そうです!」
 やっぱり誇らしげに胸を張って、珠紀は力強く頷いた。
 珠紀の表情に、頼もしいな、と、思わず思ってしまう。
 あんなに怖がってたくせに。怯えていたくせに。――でも、珠紀は、ここぞというときの度胸は俺たち守護者の誰よりもあった。
 季封村ではただの綺麗事だとしか思えない、世間一般の正論を覆すことはなかったし、頑固なぐらい未来を諦めなかった。
 まだちゃんとなにも知らなかった頃から、こいつは俺を怒鳴りつけて、叱りつけていた。
 怖かっただろうに……。
 きっと、たぶん、俺には勿体ないくらいの女なんだろうな、と思う。
 真の部分で、俺は珠紀に守られてばかりで、守ってやれることなんて少ないだろうから。
 でも他の誰かに譲るなんて気持ちは、欠片だって持ち合わせていない。
 執着や独占欲と言われてもいい。
 俺には珠紀以外の女なんて考えられないから。
「で?」
 そんなことを考えながら、俺は笑顔で胸を張ったままの珠紀に促すような声をかけた。
「え?」
 きょとん、と、珠紀が俺を見返す仕草はどこかまだ幼く感じさせるものだった。
 最初の会話のことをすっかり忘れているらしい仕草に、俺は嘆息しつつ言った。
「それがお前の返事だって解釈するぞ、俺は」
「え、え? えっと?」
 クエスチョンマークを周囲に飛ばしているような顔に、俺は呆れながら言った。
 まさか何回も言う羽目になるとは思わなかった言葉を。
「まかせてくださいって、言ったよな? お前が一緒にいるんだから、もっと素敵な人生が待ってるって、そう言ったよな? つまりそれはお前が、この真弘様のプロポーズを承諾したってことだよな」
「あ……」
 俺の言葉に、珠紀がやっと会話の切欠を思い出したような顔をした。
 だんだんと珠紀の白い顔が薄ピンクに染まって、最終的に真っ赤になる。
 見事な赤だった。
「はい」
 か細く、けれどはっきりと珠紀が頷いて、俺はやっと、安堵の溜息を零すことが出来た。
 季節の変化を告げる心地好い風が、宇賀谷の居間の中をそっと通り過ぎていった。


                                  終

10万Hit小説第二弾、真珠。
甘い話を書こうと思ったんです。
タイトルは華子さんの曲から。
あれって結婚の歌だと思ったんだけど……。