Sweet 拓磨お気に入りの、学校の裏の、山道を登った林の中で、その人は拓磨を待ち構えていた。 「あんたは、こんな日くらい、大人しくしててくれませんかね」 恨み節たっぷりの拓磨の声に答えたのは、相変わらず、俺様な言葉。 天上天下唯我独尊の先輩様曰く、 「お前はこの鴉取真弘様を唯一見つけられる奴なんだから、優越を感じときゃいいんだよ。それに俺を探す時間は楽しくて、見つけたときの喜びは、普通に逢うときの何百倍も感じられるだろ」 言い終わると同時に、真弘は悪びれる様子もなく、からからと笑う。 いつもと同じ放課後。いつもと違う場所での逢瀬。秘密と言うには、些か重労働を伴って、色気もないけれど。 「時に拓磨よ」 「なんすか」 「先輩様に向かってあんたとは、また偉くなったもんだな?」 「……すみませんでした」 無駄に体力を使わされた身としては、文句のひとつも言ってやりたかった。けれど、ひとつの文句に百や二百くらいの反論が返されそうで、なにも苦労した後にさらに苦労することもないと、拓磨は素直に頭を下げた。 その様子に満足そうに、真弘が笑う。 ガキ大将そのものの無邪気な笑顔で笑うものだから、拓磨はこっそり溜息を零す。 まったく、真弘の笑顔には敵わない。 なにもかもが、無効化されてしまう。 惚れた弱みというよりは、邪気のなさに気力が萎えてしまうのだ。 真弘は昔から、変わらない。 いつも、いつも年上風を吹かして、拓磨には遠慮も容赦もない。 幼い頃は、本気で嫌われているのだと悲しく思ったほどだった。 最近――真弘と確かな想いを交し合ってからは、嫌われているわけではないと思えるようになったけれど、好きな相手に取る態度ではないよな、とも思ってしまう。……もっとも、素直に甘えてくるとか、好意を隠さない真弘など、想像もつかないが。 「真弘先輩を探す時間が、無駄に思えるんすけど」 いつも一緒につるんでいるんだから、一緒に帰ろうが、なにをしていようが誰も気にしないだろうと、無駄な労力に対する不満を一応、口にした。すると真弘は僅かに顔を顰めて、拓磨を睨みつける。 「馬鹿か。いつもと一緒じゃ、意味がねぇんだって、解れ」 言い放つ真弘の目元が、薄っすらと染まっていく。 「……言い分は解りますけどね」 イベントごとに姿をくらまされては、探す手間が増える。もちろん、真弘のいそうな場所はすぐに判る。判るのだが、探している時間を省略して、一緒にいたいと思うのは、おかしいことだろうか? 拓磨の口調から不満を上手く掬い上げた真弘が、 「だからっ! ばれているにしても、ばれてねぇにしても、こんなイベントの日にあいつらの前でお前と一緒にいて、平静でいられねぇんだって! 本当に、解れって!」 叫ぶように告げられた言葉に、拓磨は呆然となった。 なんだ、この人の可愛さは、と、ドロドロに溶けた思考で思う。 犯罪的だ。 真っ赤になった顔が、本気で、反則だ。 「……真弘先輩、あんた、何回俺に惚れ直させる気ですが。勘弁してくれ」 ダメだ、と、思う。 どうしてくれよう、と思う。 ダメになるくらい甘やかして、どこかに閉じ込めてしまいたくなる。……そんなこと、実際には実行できないのだけれど。 「おま……っ! なんつーこといいやがんだっ」 拓磨のストレートな言葉に、真弘の顔が真っ赤に熟れて、動揺する様が拓磨から余裕を奪っていく。 本気で、どこかに閉じ込めてしまいたい。この腕の中に囲い込んで、誰にも触れさせたくなくなる。 真弘の瞳の中に、自分の姿だけ映しておきたくなる。 無理だと、判っている。真弘を繋ぎとめておくことなど、できやしない。そんなことをすれば、真弘は真弘ではなくなるだろう。 今、拓磨の目の前にいる、それはそれは俺様、唯我独尊、我儘大王の真弘でなければ意味がないのだ。――けれど、今だけは、それを許される。 ひとときの間だけは。 まるで言い訳のように自分に言い聞かせて、拓磨は腕を伸ばした。 警戒される前に、真弘との間のわずかな距離をさっさと埋めて、攫うように抱き締めた。 「拓磨!」 突然の抱擁に抗議の声を上げる真弘の唇を、拓磨は荒々しくならぬよう気をつけながら、けれど、深く奪った。 温かく拓磨の舌を受け入れる口腔内を、好き勝手に蹂躙する。 呼吸すら奪うように口づけ、強く抱き締めて、今だけは独占させてくれ、と思う。 真弘自身にすら、真弘を渡したくないと、訳のわからないことを思う。 どん、と、拓磨の背中に回された真弘の手が、苦しさを訴える。 何回も交わしたキスなのに、いまだに、呼吸のタイミングが計れない不器用さも愛しい。 慣れて欲しいと思いながら、ずっと慣れないで、その初々しさをなくさないで欲しいとも思う。 どん、どん、と強く叩かれて、仕方無しに真弘を解放した。 「……っ、はぁっ……」 解放した真弘の唇から、艶やかな吐息が零れた。 せっかく解放したのに、また、触れたくなる欲望が拓磨を支配する。 息苦しさに涙目になった真弘の瞳が、夕陽を受けて、綺麗だった。 その瞳に誘われるように、もう一度口づけようとした。が、真弘の手に阻まれる。 怒った声で、 「外で盛ってんじゃねぇっ!」 怒鳴られた。 ばしり、と、頭を叩かれて、拓磨は「すんません」と素直に頭を下げた。 頭を冷やさないといけない。 冷静になれ、と、自分に強く言い聞かせる。 「馬鹿が」 毒つきながら、真弘が唇を拭う。その仕草が挑発的だと思える自分は、箍が外れすぎなのだろう。 「がっつくほど、我慢させたつもりはねぇんだけどな」 ぶつぶつと呟く真弘の言葉に、四六時中触れていたいのだといったら、きっと、手ひどく殴られるのだろうと思う。 「まぁ、いっか」 ひとしきり文句を言っていた真弘は、言いたいだけ言うとすっきりしたのか、あっけらかんとそう言った。 そして、いつものように命令する。 「よし、拓磨、ちょっと目を瞑れ!」 「いやっす」 目を瞑ったら真弘が見れない。そんなことは嫌だと拒絶すると、真弘がぽかんと口を開いた。 「はぁ? 嫌? ……いや、訳わかんねぇこと言わずに、目を瞑れ!」 「だから、いやだって言ってるじゃないっすか」 「真弘様命令だ!」 「きけませんって」 「きけ! そして目を瞑れ! でなきゃ、……お前の欲しいものは、お前の大嫌いな狗谷にくれてやる!」 「なんですか、その脅しは!?」 むちゃくちゃな脅しにぎょっとしながら叫ぶと、 「嫌だっていうなら、さっさと言うことをききやがれっ!」 ばしり、と、本日二度目。頭を叩かれる。 言うことをきかないと本気で実行しそうな勢いに、拓磨はしぶしぶ目を瞑る。 視界が閉ざされて、真弘の姿が見えなくて、不満が募る。 「ほらっ、目、瞑りましたよ」 拗ねながら言うと、苦笑する気配。 「拗ねてんじゃねぇぞ」 宥めるように、真弘の甘い声が耳に届く。 それから、鼻腔を擽った甘い香り。 なんだ、と不思議に思うのと同時に、唇に触れた硬い感触。すぐ後に感じたのは、真弘の唇の感触だった。 「え?」 驚くと同時に、口腔内に押し込まれる甘い味。 「俺様からの、バレンタインだ。ありがたく思え」 ちゅ、と、可愛らしいリップ音と照れ臭そうな声が聞こえて、あぁ、口移しでチョコレートを食べさせてくれたのか、と、にやける前に、さらなるサプライズが拓磨を襲った。 「サービスな」 飛び切り甘い声が耳朶に吹き込まれて、耳を甘噛みされて、離れていく温もり。 こんな煽り方、反則だろう、と真弘の挑発に完全に振り回されながら、拓磨は慌てて目を開いて、もう一度、真弘を攫うように抱き締めた。 「拓……っ、んぅ」 真弘が食べさせてくれたチョコレートを分け合うように、舌を絡ませる。 真弘の背後に木の幹に、真弘の体を預けさせる。 背中に縋りつく手が、拓磨を引き寄せるように強くなる。 布越しに、互いの体温が上がっていくのを感じた。 「ば……か、やろう。外で、盛るな」 キスの合間、蕩けた声が悪態をつく。 「声が、濡れてるっすよ。あんまり挑発しないでくれますかね」 「してねぇ。お前がひとりでがっついてるだけだろうが」 「真弘先輩を前にして、俺が冷静でいられるって思ってるんだったら、俺を甘く見すぎなんですよ」 噛み付くように真弘の項に口づけを落とす。 かすかな体臭が、甘い。 「ここで欲しいって言ったら、やっぱり、怒りますか?」 「当たり前だっ!」 ばかやろう、と、本気で泣きそうな顔で怒鳴られる。 「じゃあ、どこでなら乱れてくれるんっすか?」 「乱……!? 調子に乗ってんじゃねぇっ!」 がつ、と本気で殴られる。 「痛っ」 同じところを三度殴られて、さすがに拓磨の機嫌も下降線を辿りだす。 人を散々挑発しておいて、この仕打ちはなんだと問い詰めかけようとしたところで、 「今夜! お前の家の離れっ! 行ってやるよ! それまで我慢しろっ!」 早口にまくし立てた真弘は、拓磨の顔を見ないまま、クルリと踵を返して走り去った。 あっという間に消えてなくなった背中を、拓磨は呆然と見送った。 終 |
反動で甘くなった(笑)
拓真スキーなみなさまへv