七夕夜話

 窓の外に広がる宇宙。
 遠い星の。
 何百光年、何万、何億光年離れた時間の先の輝きを、展望スペースとなっているその場所から眺めていると、
「キラ」
 躊躇いがちに名前を呼ばれた。
 ゆっくりと振り返り、キラは柔らかく微笑む。
「どうしたの、フレイ」
「ううん、なにもない。キラが部屋にいないから、どこにいるのかと思って探していただけよ。――星を見ていたの?」
 問いかけながらフレイはキラと肩を並べ、強化硝子越しに宇宙を眺めた。
 キラはフレイの穏やかな横顔を見つめる。
「きれいね」
 ぽつりと落とされた言葉に、キラは「うん」と頷く。
「ここから見ていると、どの星がどれかなんてわからないね」
 キラはフレイの横顔から視線を外して言った。
「どういう意味?」
 キラの言葉にフレイは首を傾げ、キラを見る。
 少年っぽさの残る横顔を見つめていると、フレイを見ないままでキラが口を開いた。
「うん……星座とか習ったけど、どの星がどれだか判らないとダメだなって。それに宇宙で星と星を線で繋いでも、夢のない話になっちゃうけど、星座にはならないし」
「……そんなこと、考えつきもしなかったわ」
 キラの言葉にフレイは苦笑を浮かべてそう言った。
「でも、本当にそうね。キラの言うとおりだと思う。こんなにたくさん星があって、地球から見た星空とは全然違うから、どれがどの星座なのかなんて、判らないわね。……ちょっと残念」
「残念?」
「うん、残念」
「どうして?」
 フレイの言葉にキラは首を傾げる。
 キラにはフレイが何を残念がっているのかが、わからない。
 星座がわからないことが残念なのだろうか。
 そう取れる言葉だったようだけれど、少しだけニュアンスが違うようにキラには思えた。
 キラの問いかけに、フレイは悪戯っぽく「ふふ」と笑って言った。
「さっき日付を確認したらね」
「日付?」
「そう、日付よ。……地球時間で、今日は七月七日だったの。キラ、解る?」
「七月七日? ……えっと……、あ、七夕だっけ?」
「そう、七夕よ」
 オーブの記録に残されていた、昔々の国の文化だ。
「なんだっけ……短冊に願い事を書いて、笹の葉に吊るすんだったっけ?」
「そうよ。それから、彦星と織姫が、天の川で一年に一度の再会を許される日、よ」
 フレイの言葉にキラは「そうだったっけ?」と首を傾げる。
 ちらりと聞きかじっただけの話で、興味もなかったキラは、七夕の話をよく覚えていないし、知りもしない。
 覚えているのはさっき口にした、短冊と願い事の話くらいだ。
 首を傾げるキラに、フレイは「そうなの」と笑いながら言う。
「ロマンティックよね、一年に一度、天の川を渡ってのデートって」
 硝子越しの宇宙を眺めながらのフレイの言葉に、キラは、また首を傾げた。
「一年に一度しか会えないのって、嫌じゃないのかな?」
 スキンシップを好み、常に人の輪の中にいたがるフレイらしくもない言葉に、キラが疑問を抱きながらそう言うと、くすくすと悪戯っぽくフレイが笑った。
「誰だって嫌だと思うわ。好きな人と一年に一度しか会えないなんて、わたしなら、絶対に嫌。暢気に「ロマンティックね」なんて言って浸っていられるのは、所詮、他人事だからよ。わたしは、一年に一度しか会えないような、そんな馬鹿なことにならないように気をつけるわ。そしてずっとキラと一緒にいるの」
「え?」
「ずっと一緒にいられる彦星と織姫がいてもいいと、思うんだけど」
 意味深にキラの瞳を覗き込むフレイから、「まさか嫌なんて言わないわよね?」という無言の圧力と、拒絶されたらどうしようと言うわずかな不安を、キラは感じ取る。
 ずっと一緒にいると言ったフレイは、キラの大きな瞳を息を詰めて凝視した。
 返されない答えに、フレイの胸のうちに不安が募る。
 キラが答えを返さずにいると、心細そうにフレイの瞳が揺れて、キラはやっと、そこで口を開いた。
 答えるまでに間を空けすぎたのは、少し意地悪だったかと思いながら。
「うん、そうだね。ずっと一緒にいられる彦星と織姫がいても、いいと思う」
 言いながら笑って、キラはフレイの額に自分の額をくっつけた。
 お互いの前髪越しに触れ合った額。
 そこからじんわりと伝わる、温かな体温。
 間近にあるフレイの顔が、くすぐったそうに微笑んだ。
「約束よ、キラ。今度こそ――また間違うことがあっても、ふたりで一緒にいましょうね」
「うん。今度こそ」
 無邪気に抱きついてくる華奢な体を抱き返しながら、キラは確りと頷いた。
 この腕の中の温もりと、もう二度と離れない。
 強く誓いながら。

                              END