「兄さーん?」
鎧の中にこもった、まだ少しだけ幼い、声変わりもまだの音。
最上の、音楽。
もちろん、オレにとって、のだけど……。
その音が、訝しそうにオレを呼ぶ。オレが寝てしまっているんじゃないかと、確信と心配を隠さない声音で。
その声に返事を返さないまま、アルの背中にさらに体を預けて目を閉じた。
布越しに冷たい鎧の感触が伝わった。
それが、すごく、気持ちよく感じられる。
資料室内のひんやりとした空気くらいじゃ冷めない、上昇した体温を下げてくれる。
少しだけ、落ち着かせてくれる。
心に灯った、激しい気持ちを。その熱を。
「もう、兄さん、こんなところで寝たらダメだよ! 風邪引いちゃうよっ!?」
聞いてる? と、少しだけ怒った声が聞こえるけど、そんなの無視、無視。
目を閉じたまま、オレは口元だけで笑う。
もっと、オレを呼んでくれよ、アル。
優しい感情が滲んでいる、その、声で。
――――もっと、オレを……オレだけを、呼んで。
「……眠い……」
小言を言うアルの声をしばらく聞いていたら、本当に気持ちよくなってきて、オレはぽそりと呟いた。
がしゃん、と、小さな音を立てて、アルが鎧の体を動かした。
「起きてたの、兄さん?」
「うん、……けど、…………眠くなってきた」
ふぁぁー、と欠伸をして、オレは睡魔の誘いに乗って意識を手放そうとした。
「あぁぁっ、ダメだって! 何度も言ってるだろ、風邪を引いちゃうてば! もう、兄さんっ!」
「判ってるけど、本当、もう、…………無理」
意識の半分を飛ばしながら言うと、また、アルの小言が始まった。
「まったく、夕べも徹夜に近かったんだろ? 体を壊すよ! 寝られるときはちゃんと寝てよね。心配するボクの身にもなってよ」
「……夕べは、ちゃんと、寝た」
「嘘ばっかり。だったらどうして、眠いんだよ」
「嘘じゃないって。十分、睡眠は取ったんだけど……さぁ……」
「取ったんだけど?」
なに? と低くした声が続きを促す。
眠りたいんだけどなぁ。最近、本当に、兄としての威厳ってやつが失われてるよな。
アル、お前、オレが兄貴だって覚えてるか? 判ってるか?
聞こうとして、やめる。本当に、これ以上は一秒だって無理かもしれない。
「アルの声を聴いてたら、気持ちよくなって……眠くなってきた」
「…………!」
アルが驚いたように身じろいで、鎧の肩越しにオレを振り返ったみたいだった。
「……兄さんは、無防備だ」
責めるみたいな声で紡がれた言葉に、オレは何とか言い返す。
本当は、意識は半分以上眠ってるけど、アルの声だけは特別。
「無防備なんじゃない。アルだからだ。気が緩んじゃうのも、こうして背中を預けていられるのも」
お前が傍にいるからだ、って言うと、かしゃんと、小さく音がして、冷たい鎧の腕に抱きこまれた気がした。
「知ってるよ」
小さく、小さく囁いたお前の声も、最上の音。
目が覚めたら、一番に、俺を呼ぶ優しい音が聴こえるだろう。 |