永遠の楽園

 その声は、静かな夜に溶け込むような密やかさで、響いていた。
 甘く鼻にかかった声は、アルフォンスの理性を簡単に奪い去り、押さえ切れない快感を齎すアルフォンスの腕の中で、エドワードは喘いでいた。
「ん、ぁ……ふ、ああ、……!」
 体中を支配する熱が、ふたりの思考を完全に溶かす。
 くちゅり。淫靡な音がほのかな光が灯った部屋の中に響くと 同時にエドワードの肢体が敏感に跳ね上がり、その背をしならせた。
 ぎしり、と二人分の体重を受け止めているベッドが、乾いた音を立てた。
「アルフォンス……ぃや…ぁ」
 耳朶を侵す水音に、束の間の羞恥を取り戻したらしいエドワードが、恥ずかしそうに首を振る。
 シーツの上で乱れていた髪が乾いた音を立て、エドワードの顔を隠すように頬にかかった。
 アルフォンスはそれをそっと払いのける。
 そして薄っすらと上気したエドワードの面に、微笑を浮べて口づけた。
「ねぇ、エドワードさん、僕をリードするって言っていませんでした?」
 揶揄を含んだその言葉に、エドワードの潤んだ瞳が強気な光をたたえる。
 キッと睨みあげられて、アルフォンスは苦笑した。
 ベッドの中。それも情交の最中に潤んだ瞳で睨まれても、迫力なんて全くなくて、むしろ誘惑のほうが勝っていると、果たしてこの人は理解しているんだろうか?
「お前こそっ、……嘘つき」
「嘘なんて言っていませんよ。慣れていないって言っただけで、抱いたことがないなんて一言だって口にしてません」
「嘘つけ。……手馴れてるじゃないか」
 甘さの欠片もない言葉の応酬の合間にも、アルフォンスはエドワードの体の弱い部分を攻め続ける。
 指先と、エドワードの中に入り込んだアルフォンス自身が齎す感覚に、エドワードの吐息は甘く乱されてばかりだ。
「手馴れて……るかな?」
 比べられたことがないから判らないんですけど。首を傾げて嘯く青年に、エドワードは咄嗟に言葉もでない。
 それは、聞きようによってはずいぶんな言い方じゃないかと、エドワードは思う。
 つまり、アルフォンスの言葉を信じるなら、言葉どおり、誰かと比べられるほどベッドを共にした相手が少ないということ。穿った捉えかたをするなら、誰かと比べることができないほど、手練手管に長けていて、抱いた相手を乱れさせてきた、ということだ。
 エドワードを乱れさすばかりの愛撫の巧さは、どう考えても後者だとしか思えない。
 けれど、もし、アルフォンスの言葉が真実なら。
「天然の床上手なんて、性質悪ぃ……う、ぁ……はっ」
「だったら、言わせてもらいますけど」
 悪態をつかれてばかりで些かムッとしたアルフォンスは、エドワードの耳元に囁きかける。
「エドワードさんだって、天性の淫乱っぽいですよ?」
 悪戯めいた仕草でリードをすると言ったエドワードの言葉を、アルフォンスは一歳だけとはいえ年上としての言葉だと、額面どおりに受け取っていた。
 けれど、いざ事を始めてしまえば、リードを取ってもらうどころか、エドワードはアルフォンスの愛撫に敏感に喘ぐばかりだった。
 指先に、口づけに、恥じらいを含んで感じる姿に気を取られていたけれど、もしかしたら……。
 もしかしたら、と、アルフォンスは確信に近い疑問を抱く。
「あ……、やっ、違……」
 案の定、貶めるような言葉にふるふると首を振って、エドワードが否定した。
 とたんにアルフォンスは渋面になる。
 嫌な予感が当たるのは、この世の常だ。
 断定を大前提とした疑問を、アルフォンスは口にした。
「もしかして、……そういう体にしたのは弟さん?」
 困ったように眉根を寄せて、エドワードがこくりと頷いた。
 アルフォンスがそっと溜息をつく。
「アル…フォンス……?」
 そっと名を呼んで、エドワードはアルフォンスを心配そうに見上げた。
「仕方ないことだって、判っているんですけど……やっぱり、妬ける」
 言って、感情を押し殺すようにアルフォンスが目を閉じた。
 瞼に隠されてしまった瞳を、エドワードは残念に思う。
 綺麗な瞳に見つめられたくて、アルフォンスを呼ぶ。
「拗ねるなよ?」
「拗ねてなんて……」
「嘘つけ。顔がつまらなさそうに歪んでる」
 くすっと笑うとアルフォンスの表情が、子供っぽく歪む。
 それがとても愛しく思えて、エドワードはアルフォンスを抱き寄せた。
 その際に受けた中からの衝撃を、一瞬息を詰めてやり過ごし、理性を手放したくなるような快感の余韻がおさまるのを待って、エドワードは口を開いた。
 耳朶に寄せた唇で、囁くように言う。
「名前を……」
「はい?」
「アルフォンス、オレの名前を呼んでくれよ」
「エドワードさん?」
「敬称はいらない。さっき呼んだように、呼べよ」
「エドワード?」
「アルは、絶対に、オレの名前を呼ばない」
 エドワードがそう言うと、アルフォンスが軽く目を見張った。
 ゆっくりと、空色の瞳に広がる微笑。
「僕だけの特権、ですか?」
 無邪気な子供のような問いかけに、エドワードは頷いた。
「そう、お前だけの特権だよ」
「エドワード」
 大切な言葉を唇に乗せるように、アルフォンスはエドワードの名を口にする。
「エドワード」
 もう一度呼ぶと、エドワードが僅かに身じろいだ気がした。
 切なげに寄せられた眉根と、思わず閉じたと思わしき瞼に気づいて、アルフォンスはそっと笑みを零した。
 アルフォンスがエドワードを呼ぶ声にまで、刺激を受けているらしい様が、嬉しかった。
 弟に、じゃなく、アルフォンスに感じているエドワードが、とても愛しくて、可愛い。
 ちゅ、と形の良い耳に口づけ、そのまま舌でエドワードの貌の輪郭を辿ると、快楽を思い出した肢体が震えた。
「ア…ル…フォン…ス、なぁ、……も、早く」
 動いて。甘い吐息が囁いた。
 取り戻したはずの理性が、弾け飛ぶ。
 途切れ途切れの淫らな喘ぎが、アルフォンスの思考を攫った。
 求められるままにエドワードの最奥を突き上げ、上がる嬌声に果てのない欲望が反応する。
 アルフォンスを包み込む熱。襞の蠢動が齎す言いようのない快感。心地好さ。
 毒や麻薬よりも、よほど性質の悪いこの快楽。
 内側から焼かれるような熱さに、エドワードの思考はドロドロに解かされてしまっていた。
 エドワードの一番弱いところを、強弱をつけてさすり上げるものに、喘がされて乱されて。……乱れて、もう、なにも判らない。
 気持ちが良いと、掠れ始めた声で訴え、喘いで鳴いて。快楽だけを追いかけて、高みに上り詰めた。
 解放と同時に、最奥に感じた飛沫の熱。
 意識を飛ばす、その寸前。空色の瞳が、とても優しくエドワードを見つめ、微笑んだように思った