〜やわらかく、あたたかな温もりを 腕の中の温もりを、アルフォンスはそっと抱き寄せた。 アルフォンスのために生まれてきたことを証明するように、抱き寄せた人は、アルフォンスの腕の中にぴったりとおさまる。 腕の中で眠る人はそのことに関しては複雑な気持ちでいるらしいが、アルフォンスにしてみれば、ジャストサイズで成長を止めてくれてありがとうと言いたい気持ちでいっぱいだ。 もちろん、そんなことを言った日には、手がつけられないほど暴れられることは分かっているので、黙っているけれど。 アルフォンスの髪よりも少しだけ色味の濃い金髪が、月明かりを反射して煌いていた。 月光を弾くように、あるいは光そのものを吸い込むように煌く髪に、アルフォンスは指を絡める。 さらりとした感触が、心地好かった。 長く忘れていた感触。ずっと焦がれていた感触。 ―――やっと取り戻した感触。 ずっとこの温もりを感じたかった。 ずっと、抱きしめたかった。 誰の目にも触れさせないよう、この腕の檻の中、本当に永遠があるなら永遠に。 「兄さん」 小声で呼びかけると、聞こえたわけでもないだろうに、エドワードがアルフォンスに擦り寄るように身を寄せてきた。 穏やかな寝息の合間に、甘えるようにアルの名を呼んでくれる。 それだけでアルフォンスの頬は緩んだ。 「兄さん」 エドワードの髪からは、シャンプーと太陽の匂いがしていた。 その匂いを堪能しながらさらに深く抱きこむと、どうやらエドワードの眠りを妨げてしまったようだった。 唸るような、小さな子供がむずがっているときのような声の後に、眠たげな眼がゆっくりと開かれる。 「アル?」 舌足らずに問いかける声。 少年の域を過ぎ、青年と呼んで差し支えない年齢になったというのに、アルフォンスの前では、エドワードは歳を取ることを止めてしまったみたいに、幼い仕草や態度をとる。 それがエドワードの甘え方だと、アルフォンスは知っている。 アルフォンスにだけ向けられるものの、ひとつ。 「ごめん、兄さん、起こしちゃったね」 「……ん、いい。それより、どうした、アル? 眠れないのか?」 エドワードの大きな瞳が、不安そうにアルフォンスを見上げた。 アルフォンスたちが元の体を取り戻してからずいぶんと経つというのに、エドワードの不安はなかなか消えないらしい。 アルフォンスの様子が普段と少しでも違えば、神経質なほどの反応を返す。 怖いのだろうな、と、アルフォンスは内心で嘆息した。 また失うかもしれないことが、怖いのだ。 大丈夫だと思っていても、心の奥底に積もった不安は消せない。消えない。――裏返せば、不安があるから大丈夫だと言い聞かせるのだ。自分自身に、なんども、なんども。 その気持ちを、アルフォンスは理解できる。 凝り固まった不安。 また、持って行かれたら? アルフォンス自身の「なにか」ではなく、エドワードの「なにか」を、奪われてしまったら。 付きまとう不安。紛らわすことはできても、完全に消し去ることのできない不安が、確かにある。 エドワードの中に。 アルフォンスの中に。 それを、言葉には絶対にしない。けれど、いつでもふたり、同じものを抱え込んで生きている。 生きて行く。なにもかもを分け合って、ずっと一緒に。 最上の、幸福。 「アル?」 泣き出す寸前のように顔を歪めてしまったエドワードの額に、アルフォンスは口づけを落とした。 宥めるように、何度もキスをくりかえしているうちに、エドワードの表情が穏やかなものへと変わった。 擽ったそうに首を竦める様子に安心して、アルフォンスはキスを止めた。 少し物足りなさそうな、不満そうなエドワードの顔に気づいたけれど、今はそれに気づかない振りをして、アルフォンスは言った。 「ごめんね、兄さん、なんでもないんだよ」 「え? ……あぁ、うん……って、本当になんでもないのか?」 一端は頷いたものの、エドワードは納得がいかなかったらしく、怪訝そうにそう問いかけてきた。 誤魔化されたと誤解したのかもしれない。 本当に、エドワードが不安になるようなことがあるわけではなかったから、アルフォンスは安心させるように笑いかけた。 「うん、本当に、なんでもないんだ。不安にさせてごめん」 「なんでもないなら、いい」 ほっと安堵の吐息をついて、エドワードが綺麗に笑う。笑って、エドワードがアルフォンスを抱き寄せた。 優しい手の動きが、アルフォンスの髪を梳く。その感触の気持ち良さに、アルフォンスはうっとりと瞳を閉じた。 そっと声を潜めて、アルフォンスはエドワードに呼びかけた。 どうしても言わなくてはいけない言葉じゃない。とても他愛ないこと。けれど、どうしても、言いたかった。 なんども、なんども言った言葉だけれど、言い足りない気がしている。 そのうち、本気でエドワードに呆れられてしまいそうだ。 「ねぇ、兄さん」 「ん? どうした、アル?」 「温かいね……」 「……ああ」 深い溜息をつくように頷いたエドワードが、両腕に力を込めた。 隙間なく寄り添う。 「アル」 「なに?」 「お前も、あったかいぞ」 「うん、兄さんと同じだよ」 「同じだな」 「そうだよ」 「そっか、同じだよな……」 へへ、と照れくさそうに笑って、エドワードが瞳を閉じた。 そして、やっと、それを実感したと言うように呟いた。 「ずっと、……もう、絶対に、失うことはないんだよな。お前の、この温もりを」 求めて、求めて、ただ望んだ、互いの温もり。 禁忌を犯した後から、ずっと、唯一、欲しかったもの。 「そうだよ、兄さん。もう、もう二度とボクたちは失わないよ」 「この命が終わるときも一緒だし?」 「そんなの、当たり前だよ」 いまさらだよ、と呆れて言うと、そうだよな、とエドワードが頷く。 「兄さん」 「ん?」 「好きだよ」 アルフォンスが言うと、ぱっちりとエドワードの瞳が開かれた。 大きな瞳が、数回、瞬きを繰り返した。 「本当に、誰よりも好きだよ」 くりかえす、想いの言葉。 ゆっくりと、エドワードの面に広がる微笑。 深い、深い、笑み。 「オレも、アルが好きだ」 エドワードの言葉に、アルフォンスは嬉しさを隠すことなく微笑った。 隙間なく抱きしめあった温もりを感じながら、アルフォンスは、そっと瞼を閉じた。 END |