〜メッセージ 言葉で、約束を交わしたわけじゃなかった。 それでも、確かな約束があった。 ふたりだけの、約束。 ふたりにしかわからない、約束。 ――――必ず、会おう……。 あの、約束の場所で。 「兄さん!」 声を限りに、叫んだ。 叫ばずにいられなかった。 だって、やっと会えたんだ。ずっと、ずっと、望んでいた人に会えたのに……! 「兄さんっ……!!」 ボクを押さえつける手の力が、増す。 それを振りほどこうと身を捩って、精一杯抵抗するけれども、成人男性の力に敵うわけがないことを思い知るばかりだ。 「放してください! 兄さんを一人でなんて行かせられない!」 また会えなくなったら。 もう二度と、二つの世界が交わることがなかったら。 そんなことになったら、もう、二度と会えなくなるかもしれない。 考えただけで血の気が引いた。 「兄さん!」 何度目かのボクの声に、兄さんが深く笑った。 ボクを安心させるように、義手の右手を掲げて見せる。 何度も見たことがある顔だった。 大切なことを決めたとき、ボクを安心させるときに浮べる笑顔。 母さんの優しい笑顔に、それは似ていた。 好きだけど、嫌いな笑顔。 だって、兄さんがその笑顔を浮かべるときは決まってボクは置いて行かれるんだ。 一緒には行かせてもらえない。 理由は簡単。 ボクに何かあったらいけないから。 「兄さん……!」 嫌だ、と首を振ったけれど、兄さんの決心を覆すことは出来なかった。 解っていたけれど、それが、悔しくて、悲しかった。 いつだってボクは、肝心なときに兄さんを止められない。 絶句したボクを見て、兄さんがもう一度微笑んだ。 ボクの知らない、大人の表情だった。 深く息を吸い込んで、吐き出して。 固い決意と覚悟を決めた顔で、兄さんが背中を向けた。 凛とした後姿だった。 真っ直ぐに伸びた背筋。 見慣れていたはずの背中なのに、まるで知らない人のような背中だと思った。綺麗な背中だと思った。 その背中に向かって、「兄さん」と呼ぼうとして、けれど、言葉になったのは違う呼び方だった。 口の中でぽつりとボクが呟いたのは、兄さんの名前だった。 「エドワード……」 初めて呼んだ名前が聞こえたのか、ただの偶然か、兄さんの未練だったのか。 ボクの小さな小さな呟きが空気に溶けて消えたタイミングで、兄さんが振り返った。 綺麗な金色の瞳が、少し、潤んでいるように見えた。 「アルフォンス」 静かに呼ばれた名前。 ボクの名を、兄さんもあまり呼ぶことがなかった。いつも兄さんはボクを「アル」って呼んでばかりだった。 だから、そう呼ばれるのは、新鮮で――――哀しい気がした。 「アルフォンス、大丈夫だから」 ボクに、自分に言い聞かせるみたいに兄さんが言った。 「大丈夫だから、待ってろよ」 「…………うん」 兄さんの言葉に、ボクは頷いた。 確証も、根拠もない言葉だと判っていた。それでも、頷くしかなかった。 兄さんが「大丈夫」って言うなら。 「待っていろ」って言うなら、ボクは、それを信じる。信じて、待つ。 兄さんに会えるときまで。 ボクの傍らに、兄さんが戻ってきてくれるまで。 「兄さん、……待っているからね!」 忘れないで。兄さん、忘れないで。 ボクが帰る場所はいつだって兄さんの隣で、兄さんが帰る場所はいつだって、ボクの隣だってこと。 「わかってるよ、アル」 力強く頷いた兄さんの唇が、ゆっくりと動いた。 声にされなかった言葉を、ボクは、信じられない思いで受け止めた。 「ボクもだよ!」 もうボクを振り返らない背中に、叫んだ。 ひらり、と、右手が掲げられて、それを機に兄さんが駆け出した。 ――――アイシテル 兄さんがくれた最強の呪縛の言葉を胸に、ボクは、待ち続ける。 いつか、あの優しい金色の光が、優しい記憶の眠る約束の場所に、笑顔で帰ってくることを信じて。 END |