はじまりの世界 乗合馬車の荷台から見上げた空は、抜けるような青。 空にぽっかりと浮かんだ白い雲が、なんだかメルヘンチックに思えて、アルフォンスは小さく笑った。 ついこの間まで、どんなに空の色がきれいでも、景色がきれいでも、心が動くことはなかったのに。 アルフォンスの隣にエドワードがいる。その事実だけで、世界はこんなにも鮮やかに、きれいになる。 「アル、どうした?」 小さな笑いを目敏く見咎めたエドワードが、怪訝そうにアルフォンスを見つめて問いかけた。 アルフォンスはエドワードを見つめ返して、にこりと笑う。 ついこの間まで、どれだけ望んでも、願っても、触れられなかった人。 門の中。 こんな遠い場所にいたなんて、思いもしなかった。 一番淋しがり屋のエドワードが、たった一人で。エドワードの寂しさを理解してくれる人のいない世界で。 どれだけ似た人がいても、所詮は、エドワードのことを知らない人間ばかりだ。 本当のエドワードを知らない人たちの中で。けれど、顔や名前だけは同じ人間のいる世界で生きていくことは、どれだけ苦痛だっただろう。 その孤独を思うと、アルフォンスの胸の中に後悔が沸き起こった。 仕方がなかった。 けれど、どうしてエドワードをひとりにしないですむ方法を、少しでも思いつくだけの冷静さが残っていなかったのか。 アルフォンスがいなくなれば、エドワードがどういう行動に出るのかなど、判りきっていたことだったのに。 気が動転していたとはいえ、本当に浅はかだった。自分を犠牲にするなど。 ああ、でも、もう間違うようなことはしない。 一番欲しい人を、取り戻したのだ。この手の中に。 もう二度と、失わない。間違えたりするものか。 「兄さん」 「うん?」 「兄さん、絶対にひとりにはしないから」 記憶の中よりも伸びているエドワードの髪に指を絡めながら、アルフォンスは言った。 エドワードが軽く目を見張る。 指先に絡めた髪が、するりと指の隙間から零れ落ちた。 アルフォンスの言葉を受けたエドワードのきれいな顔に、ゆっくりと笑みが広がる。 「ああ」 頷いたエドワードは、アルフォンスの顔を覗き込んだ。 すっかり短くなったアルフォンスの髪を、エドワードの指が優しく撫で、アルフォンスはそのくすぐったさを呼び起こす仕草に目を細めた。 「アル、オレたちは、もう二度と離れ離れにはならない」 「うん」 「オレはお前を手放さないし、お前はオレを手放すな。もう二度と、絶対に」 「わかってる」 「アルがいない世界で生きて行くのは、もう嫌だ。世界中が色褪せて、生きてる感じがしなかった。――二度と離れるな」 「うん、わかってるよ、兄さん」 エドワードの言葉に頷いて、アルフォンスは温かな左手を握り締めた。 ずっと、ずっと、待ち望んだ体温。 愛しい。 湧き上がって、溢れて、ただ一人に人にだけ向かう感情。 そっと握り返された手に、思わず顔が綻んだ。 エドワードの手を握り締めたまま、アルフォンスはもう一度空を見上げた。 どこまでも続く、青。 鮮やかなブルー。 エドワードの体温を、存在を、いつでも隣に感じられることを、やっと、実感できた気がした。 これは夢なんかじゃない。 ちゃんとした現実。 アルフォンスは新鮮な空気を、胸にいっぱい吸い込んだ。 止まっていた時間が流れ出し、新しく生まれた世界がはじまりの産声を上げた。そんな気がした。 END |
CONTRAILの杜りんさまへのお見舞い用携帯SSの加筆版。
これは、杜りんさまへ。返品可。
水城が書いた駄文に、実は、杜りん様が素敵な素敵な続きを錬成してくださったんだけど、独り占め中(笑)。
転載許可が出たら、そのうちUPしたい気も。でもそうするとわたしの駄文もおまけにつけないとダメなんだよね……。
それは嫌だな。