〜抱きしめたい 「アル」 語尾を弾ませて、まるで歌うように無邪気に呼びかけるエドワードの声に、アルフォンスは読んでいた本から顔を上げた。 なにか嬉しいことでもあったのか、にこにこと笑っているエドワードを見つめ返しながら、アルフォンスは首を傾げた。 「どうしたの、兄さん」 アルフォンスより明るい金色をした瞳を、覗きこむ。 鎧の姿だったときは見下ろしていたそれ。 ああ、そう言えば、母さんを錬成する前も少しだけ見下ろしていたんだっけ、と、エドワードにばれたら暴れられそうなことを思い出しながら、アルフォンスは機嫌の良い顔を見つめた。 「なにか良いことでもあったの、兄さん?」 笑顔のままアルフォンスを見つめ返すエドワードに、もう一度問いかけると、エドワードの笑顔がさらに深まった。 嬉しくて仕方がない。そんな笑顔でエドワードはアルフォンスを見つめて、そして、そうっと差し伸ばされた腕に抱き寄せられる。 「アル」 耳元で囁くように呼ばれて、アルフォンスは苦笑を零した。 アルフォンスがエドワードを追いかけて、門の中、アルフォンスたちが生きてきた世界と異なる世界に来てから、日に一度は、こうしたスキンシップを求められる。 まるで、アルフォンスが隣にいることが夢じゃないと確かめるように。 この時間が、現実だと確かめるようにくりかえされる抱擁。 でも、エドワードのくれる抱擁を、嫌だとは思わない。むしろ嬉しい。 アルフォンスを甘やかすような、甘えてくれているような、少しくすぐったくて、けれど、いちばん好きな瞬間だ。 「もう、兄さん、ボクはちゃんと兄さんの傍にいるよ?」 呆れた声を装いつつ、アルフォンスはエドワードの背中に腕を回して抱きしめ返す。 布越しに伝わる、体温。 エドワードが、確かに隣にいるんだと実感できる瞬間。 「それはわかってるけど……触れたいんだ。お前に」 気恥ずかしそうに告げられたその言葉に、アルフォンスの双眸は自然と細められた。 「もう、兄さんは昔から甘えん坊なんだから」 変わってないよね、と、揶揄をこめて呟くと、体を離したエドワードに軽く睨みつけられた。 けれど、きつく細められた双眸は、すぐに柔らかく解かれる。 そして、子供っぽい仕草で視線を外したエドワードが、早口に言った。 「オレが甘えるのは、昔もいまも、これからも、ずっとアルだけだ」 目を見張って、アルフォンスはエドワードの顔を凝視する。 ゆっくりと浸透したエドワードの言葉に、アルフォンスの表情は自然と笑顔になった。 満面の笑顔でエドワードを見つめ、アルフォンスはエドワードをもう一度抱きしめる。 「うん、知ってるよ。ボクも兄さんに触れたい。いつだって、触れていたいから……抱きしめるのも、抱きしめられるのも嫌じゃない。揶揄ってごめんね」 謝罪の言葉のあとに、エドワードの頬に唇を押し当てる。 見る見る朱色に染まる頬を隠すように顔が、伏せられた。 蚊の泣くような声で、エドワードが言った。 「ばかアル。謝らなくていい」 「そう?」 伏せられた顔を、アルフォンスは覗き込む。 逃げるように背けられる顔。赤く染まった両頬を、アルフォンスは両手で包んだ。 恥ずかしそうに逸らされた視線はそのままに、少し唐突かもしれないと思いつつ、アルフォンスは甘くねだった。 「ねえ、兄さん、キスが欲しい」 「え?」 驚いた顔でエドワードがアルフォンスを見つめ、アルフォンスの言葉を理解したとたん耳まで真っ赤にして、ぱくぱくと口を開閉した。 なにか言いたいらしいけれど、言葉にできないようだ。 「ね、ダメかな?」 問いかけるように首を傾げてエドワードを見つめると、仕方なさそうに吐息を零して。 「アル」 甘く、誘うようにアルフォンスの名前を呼んで、近づいてくる瞳。 魅入られたようにその瞳を見返していたアルフォンスは、金色の瞳が瞼に隠されるのを見届けると、そっと瞳を閉じた。 ためらいがちに触れる唇。 拙く、ぎこちないキス。 それでも、充分心は満たされる。 触れてもらえて、触れられる距離にいられる。 抱きしめられる距離。 そっと離れてしまった柔らかな感触を、少しだけ残念に思いながらアルフォンスはエドワードの額に、自分のそれをくっつけた。 「兄さん、好きだよ」 言葉の代わりに返された頬への口づけ。 エドワードを抱きしめる腕に、アルフォンスは少しだけ力をこめた。 END |