ホワイトデー 難しい表情を浮かべて、腕を組んだ姿勢のまま、エドワードは目の前の物体を睨みつけていた。 古いテーブルの上に乗っている箱。 その箱に巻きつけたリボンの形。それが、どうも気に入らない。 箱の中身の仕上がりは、自分でも感心するくらいに上々で、これなら弟も喜んでくれると確信を持っているのだけれど、ラッピングのためにと巻きつけたリボンの形が、どうしても、何度やり直してもいびつになってしまうのだ。 もともと、細かな作業が苦手なエドワードは、機械鎧の指先の不器用さに舌打ちしたい気分だった。 どうせ渡すのならば、中身だけでなく、見た目もきれいなほうがいい。 アルフォンスは優しいから、気持ちが嬉しいというだろうけれど。 見た目とか、中身とか、金額とか。 そんな付随物は関係ないよと、そう言ってくれることはわかっているけれど、どうせなら、と思ってしまうのは、見栄とかじゃなく、ただ純粋にアルフォンスに――最愛の弟に、ちゃんとしたものを渡して、喜んで欲しいと思うからだ。 だから、一生懸命リボンと格闘しているのだけれど……。 「なかなか上手く結べねぇな」 溜息をついてしまった。 まさか、アルフォンスにリボンを結んでくれとは言えないし。だからと言って、いびつな結び方をしたリボンは嫌だし。 何回もやり直したせいで、リボンも少しよれている。 ああ、もう、本当にどうしようと頭を抱えたところで、足音がした。 最近、やっと聞きなれてきた弟の足音だ。 鎧の、あの硬質な足音ではなく、靴底の音。 ああ、もう帰ってきてしまった。今日くらい、もっと遅く帰ってきても良かったのに。 情けなさで、ちょっと、泣きたい気分だ。 そんなことを考えながら、エドワードはいびつなままのリボンを指で弾いた。 「ただいま、兄さん!」 元気な声と共に開かれた扉の向こうに、最近、幼さが抜けてきた顔つきの弟がいた。 「おかえり、アル」 身を捩って振り返り、エドワードは笑顔でアルフォンスを迎える。 すると、アルフォンスも満面の笑みを浮かべた。 ドアを閉め、ゆっくりとした足取りでエドワードの傍らに近づく。 もともとエドワードより発育が良かった弟は、五歳年上となったエドワードの身長を、すっかり追い抜いてしまった。 エドワードより確実に少ない歩幅で傍らに立った弟は、エドワードの前に置かれている箱を目ざとく見つけ、 「兄さん、それ、どうしたの?」 小首を傾げるようにして、問いかけてきた。 アルフォンスの視線を追うように箱を見たエドワードは、苦く笑いながらその箱を取り上げた。 「アル、手を出せ」 「え? あ、うん」 素直に差し出された掌に箱を乗せる。 「やるよ」 ただ一言そう言って渡すと、アルフォンスが驚いた顔で箱とエドワードを見つめた。 「兄さん?」 「お返し」 「お返しって……え、バレンタインデーの?」 「ああ。それ以外にないだろ」 頷いてそう言うと、アルフォンスの顔がもっと驚いたものになった。 きっと、お返しをもらえるとは思っていなかったのだろうな、と、アルフォンスの表情から推測して、エドワードはそっと肩を竦めた。 「ありがとう、兄さん! すごく、嬉しい」 渡された箱を、壊れ物を扱うように持つ弟の様子が、エドワードは照れくさい。 照れくさくて、嬉しい。 「ねぇ、兄さん、開けてもいい?」 「ああ、いいけど……その前に、アル、手を洗ってこいよ」 「あ、うん!」 エドワードが呆れたように指摘すると、アルフォンスは箱をそっとテーブルの上に乗せて、慌てて洗面所に駆け込んだ。 まったく、とエドワードはアルフォンスの慌てぶりに苦笑した。 箱が逃げるわけでも、消えるわけでもないのに、なにを慌てているんだろうと可笑しくなる。 慌てて部屋に戻ってくるだろうかと思っていると、案の定、アルフォンスが駆ける勢いで戻ってきた。 「アル、もうちょっと落ち着けって。お前にやったものなんだから、取り上げたりしないぞ?」 笑いを押し殺して言うと、「だって」とバツが悪そうにアルフォンスが呟く。 「嬉しくて……早く中身が見たいんだよ」 「そっか」 「うん」 嬉しい言葉にエドワードの表情も自然と緩む。 エドワードの向かいに腰を下ろしたアルフォンスが、いびつな結びのリボンを解く。 丁寧に、とても大事にしている扱い方を直視できなくて、エドワードはなんとなく目を逸らしてしまった。 それでも気になるから、ちらちらと見ている先で、アルフォンスは包装紙も丁寧にはがしていた。 真っ白の箱の蓋を開く指先。 それから。 「わぁ、猫だ……!」 嬉しそうに弾んだ声。 「お前、猫好きだろ」 「うん。ありがとう、兄さん。……ねぇ、兄さん」 「ん?」 「これ、もしかしなくても手作りだよね?」 「ああ。だから、早目に食べろよ」 「うん。でも、食べるの、もったいないね」 珍しくこんなに可愛く出来上がっているのに、と、呟いた弟に、エドワードは渋面を浮かべた。 珍しいは余計だ、と憮然として言うと、アルフォンスの明るい笑い声が弾けた。 END |