星祭

 見渡す限りの平原。
 薫り立つ草原に仰向けに寝転がって、エドワードは空を見つめていた。
 今にも落ちてきそうなほどの、星たち。
 数千、数億の星の輝きを瞳に映しながら寝転がっていると、遠慮がちに声がかけられた。
「もしかして寝ちゃっているの、兄さん?」
 そうっとエドワードの顔を覗き込む気配がする。
 恐る恐るエドワードの顔を覗き込むアルフォンスに、エドワードはニッと笑って言った。
「起きてるよ。どうした、アル?」
「あ……ううん、こんなところで寝たら、風邪引くよって。起こしに来ただけだよ」
「そっか。悪いな」
「ううん……うわぁ、凄い星だね」
 エドワードに倣うように夜空を見上げたアルフォンスが、感嘆の声を上げた。
「凄いだろ」
 アルフォンスの感嘆の声に答えて、エドワードは満足そうに頷きながら起き上がり、草の上に座った。
 そして、また、夜空を見上げる。
 漆黒の空を埋め尽くす、輝き。
 けれど、それは夜を遮るような強い輝きではなく、静かに、夜の闇を引き立たせる輝きだ。
「うん、すごい。吸い込まれそう……」
 エドワードの傍らに立ったまま、アルフォンスが呟くように言う。
「ね、兄さん、あの星の群れ、すごいね」
 アルフォンスが言いながら指差した先を、エドワードは見つめた。
「川みたい」
 ぽつりとアルフォンスが言った。
 アルフォンスの言葉に柔らかく笑いながら、エドワードは
「ああ、あれ、川だぞ」
 そう言った。とたんに驚いた声が上がって、エドワードを振り返る気配がする。
「え、川なの?」
「そ。天の川」
「天の川?」
「とある国では……なんだっけ? えーっと、祭みたいなのがあって、紙かなんかに願いごとを書いて飾るらしい?」
「……興味ないからって、適当に読んだね?」
「紙に願いごとを書いて叶うなら苦労はしないって、オレたちは良く判ってるだろ」
 アルフォンスの呆れた眼差しを見返し、エドワードは素っ気なく言った。
「わかってるよ。でもね、兄さん、そこはロマンチックな習慣だね、って、微笑ましく思うところだよ? まったく、夢がないなぁ」
「オレは充分、ロマンチストだぞ」
「どこが?」
 憮然と言い返すと、即座に聞き返される。
 胡乱な眼差しを向けるアルフォンスに、エドワードは堂々と言った。
「オレたち錬金術師は科学者だ。ロマンチストじゃなきゃ、なれねぇよ」
「なんでもすぐに、科学的に証明したがるけどね」
 ひょい、と、おどけたようにアルフォンスが肩をすくめて、視線を夜空に向けた。
 エドワードはその視線を追いかけるように、夜空に視線を戻す。
 夜の微風が、そっと頬を撫でていく。
 澄んだ星空に輝く星の群れを、エドワードはしばらく黙って見ていた。
 こんなふうに、穏やかな気持ちで星空を見たのは、いったい、どれくらいぶりだろう。
 エドワードは思い出してみる。
 思い出して、失笑した。
 アメストリス国にいた以来だ。
 それも、賢者の石を探している真っ最中。手がかりという手がかりを、虱潰しに探している時期のことだ。
 そのとき隣にいたのは、鎧姿だったアルフォンス……。
 ちらりと横目で見ると、いつの間にエドワードを見ていたのか、アルフォンスと目が合った。
 にこりと、優しい笑顔が向けられる。
「兄さん」
 まだ少しだけ高い音の、声。
 呼びかける音は、鎧のときの声より、もっと柔らかくエドワードの耳に届く。
「ねぇ、兄さん。キスをしてもいい?」
「はぁっ!? い、いきなり、なにを聞くんだ、おまえは!」
「んー、だって、ほら。こんなに星が綺麗で、ロマンチックな夜なんだよ。お約束じゃない?」
 にこりと向けられる笑顔。
 アルフォンスの笑顔に、ああ、これは「うん」と頷くまで引く気はないな、と、エドワードは小さく息をついて、言った。
「聞くな、そういうこと」
「いきなりキスするなって、前に怒ったの、兄さんだよ」
 くすくすと笑うアルフォンスの顔が、近づいてきた。
 そっと、触れるようなキスを、くり返される。
 与えられるキスが物足りなくて、エドワードからフレンチキスを仕掛けると、意地悪く笑われて、
「珍しく積極的だね、兄さん?」
 揶揄を含んだ声に言われる。
 今が夜でよかった。自分の頬の異常なほどの熱を感じながら、エドワードは心の底からそう思った。

                                 END