約束の未来へ


 ぱぁー…ん。
 校門を出るなり鳴らされたクラクションに反応して、うさぎは音の出所を見た。
 はるかの愛車のボディが、柔らかな日差しを受け止めて輝いていて、運転席では車の持ち主が甘く微笑んでいる。
「はるかさん!?」
「遅いよ、おだんご」
 いかにも待ちくたびれましたといいたげな仕草で、はるかがハンドルに凭れて、うさぎを出迎える。
 気だるげな表情と仕草に呆れつつ、それでも、そんな仕草すら似合うなぁなんて考えながら、うさぎは小首を傾げた。
「こんにちは、はるかさん。でも、あれ? 約束してた?」
 会う約束をした覚えはない……よね? それとも、わたしってばうっかり忘れちゃってた!? とうさぎが内心慌てていると、はるかはゆっくりと上体を起こし、にこりと魅惑的に笑って言った。
「おだんごに会いたくなったから、会いに来たんだけど。約束してなきゃ会いに来ちゃいけなかったかな?」
 さらりとそんな科白を言いつつ、はるかは車から降りた。
 無駄のない歩き方でうさぎの傍まで来ると、やっぱり無駄のない動きで助手席のドアを開いて、スマートにうさぎを促した。
 助手席とはるかを交互に見つめ、うさぎはほんのりと目元を染める。
 くすぐったくて、恥ずかしくて、嬉しい。
 はるかに大事に扱われるのは、本当に嬉しい。
 甘えすぎちゃいけないと思いつつも、当たり前のように差し出される手に甘えてしまう。
 全部を委ねてしまう勢いで。
 ダメだなぁと思いつつも、はるかの隣は居心地が良すぎて。
「どうぞ、お姫様」
 にっこりと極上の笑顔で再度促されるままに、うさぎは助手席におさまった。
 うさぎがシートベルトを締めるのと同時に、はるかも運転席に戻って、慣れた動作でキーを回してエンジンをかけた。
 滑らかに車が走り出す。
「今日はひとりだったの?」
「え?」
「キミの大事なお友達が、ひとりも傍にいなかったから」
「うん。亜美ちゃんは塾、美奈子ちゃんとまこちゃんは、用事があるからって先に帰っちゃったし、レイちゃんとも約束してないから、今日はひとりだよ」
「ふぅん」
 自分から聞いておきながら、はるかは興味なさそうに相槌を打った。
 そんなはるかの横顔を眺めながら、うさぎは
「はるかさんは?」
 と聞いてみる。
「なに?」
「はるかさんこそ、今日はみちるさんと一緒じゃないなぁって」
「みちる?」
 はるかはどうしてか、苦々しく相棒の名前を反芻した。
「どうかしたの、はるかさん?」
 不思議に思って問いかけると、今度ははるかの眉間に皺が刻まれた。
「家を、叩き出されたんだよ」
「えぇ!? どうして?」
 驚いて声を上げたうさぎに、はるかが自嘲気味に笑いかけた。
「ここ最近ずっと忙しくて、おだんごに会いにこられなかっただろう?」
「……うん」
 淋しいと思っていた気持ちを思い出して、うさぎはか細い声で頷いた。
「いいかげん、そろそろおだんごに会いたい。そう言ったら、みちるが「そんなに会いたいのだったら、さっさと会いに行って来たらいいでしょう?」って、車のキーを僕に押し付けて、僕を家から押し出して、にっこり笑顔で手を振って、「ちゃんとうさぎをエスコートしてくるまで、帰ってこないで」って……ね」
「…………さすが、みちるさん。強いね」
 はるかさんに口で勝てるのって、みちるさんしかいないと思う。率直な意見を述べると、はるかが肩を竦めて頷いた。
「僕もそう思うよ」
 あの親友兼相棒には敵わない。
 そう言って、はるかが笑った。
 うさぎもくすくすと笑いながら、「でも」と言った。
「みちるさんがはるかさんより強い人でよかった」
「僕はちょっと情けない気分だ」
「情けなくなんてないよ」
 不満いっぱいに呟いたはるかに、うさぎは首を振った。そして、続ける。
「みちるさんがはるかさんを追い出してくれなかったら、わたしとはるかさんは会えないままだったんだから」
「僕を追い出したその当人に、こき使われていたんだけどね」
 疲れたように溜息を吐いて、はるかは指示器を出した。
 混みはじめる時間帯の前だからか、車はスムーズに車線変更して、首都圏を離れる道路へと乗った。
「はるかさん?」
 どこへ行くの、と、きょとんとして問いかけると、はるかは悪戯っぽく笑った。
「そうだね、どこへ行こうか? おだんごの行きたいところでもいい。どこがいい? ああ、でも誰の手も届かない、遠いところでもいいな」
「はるかさん?」
 嬉しいけれど、不穏な発言にうさぎは驚いて、はるかの横顔をじっと見つめた。
 少し、顔色が悪いように思えた。
「もしかして、かなり疲れてる?」
 気遣うように声をかけると、はるかの頬が自嘲に歪む。
「疲れてる……かな。――そうだね、うさぎが足りなくて、うさぎに甘えたくて。うさぎを甘やかしたくてしかたがないくらい、疲れきっているかな」
 滅多に呼ばない名前を呼びながら、さらりと、そんなことを言わないで欲しいと思う。
 跳ね上がった鼓動は、そのまま早鐘を打って、心臓が壊れてしまいそうなほどだ。
 そして、うさぎも自覚する。
 はるかに会いたかった。甘えたかった。甘やかされたかった自分を。
 車はやがて海沿いの道に出た。
 対岸には、有名なテーマパーク。
 風に乗って、ときおり届く楽しげな音楽の断片。いま、どんなイベントを開催していたっけ? と頭の隅を横切った疑問を察したらしい。はるかに「行ってみる?」と問いかけられたけれど、うさぎは首を振った。
 いまはそんな気分じゃない。
 静かに。寄り添うような静かさで、はるかと一緒にいたかった。
 一緒にいるんだということを、もっと強く感じられるように。
 少しずつ、ゆっくりと、胸を空洞にした寂しさを、埋めるように。満たしてしまうように。
「はるかさん」
「なに?」
「ゆっくり海を見たいな。はるかさんと一緒に」
「いいよ」
 頷いて、はるかは車を駐車場に入れた。
 車を降りて、うさぎとはるかは砂浜に下りる。
 靴の裏に、砂の感触。
 少し歩きにくいかな、なんて考えていると、うさぎの手をはるかが握ってくれた。
 うさぎははるかを少しだけ見上げるように見つめた。
 返される、優しい微笑み。
 その微笑に、うさぎも自然と笑い返す。
「ねーぇ、はるかさん」
「うん?」
 海を横目に歩きながら、うさぎは言った。
「わたしね、はるかさんと、もっと、ずっと、一緒にいたいな」
 いますぐは無理でも、いつか。
 そう言うと、はるかが少しだけ驚いて目を見張った。けれど、すぐにきれいに笑って、
「いいよ。じゃあ、うさぎが高校を卒業したら、一緒に暮らそう」
 そう言って、約束のキスを額にくれた。

                                 END



5000Hitリクを代理で引き受けてくれた、相野ゆうと様へvv
水城の書く「はるうさ」で、ラブラブ幸せをリクしていただきました。
激しく、色々、間違っているような気がしますが……。
ゆうと様が後悔していらっしゃいませんように!!

リクエストに沿うのって、なかなか大変ですが、楽しかったですv
いろいろ勉強になりました。ありがとうございました!!