天使の枕 「おだんご?」 「……ん、なぁに、はるかさん」 はるかの呼びかけに応じたうさぎの声は、舌足らずな幼子を連想させるものだった。 うとうととまどろみはじめたのか、小さな頭が前後左右に、ゆらりと揺れる。 「眠い?」 途方に暮れたような声ではるかが訊くと、「んーん」と、肯定しているのか否定しているのか、いまいち判別しにくい返事が返されて、さらにはるかを途方に暮れさせた。 思わず天井を仰ぎ見たはるかは、 「あのねぇ、なぁんかねー、キモチイイ気分なのー」 甘えた口調で言い放たれたそれに、視線を戻した。 はるかの視線の先、にっこりと幸せそうに微笑んでいるうさぎの頬は、その幸せ具合を表しているように、淡紅色に染まっている。 その淡紅色を見つめたはるかは、軽い後悔に襲われながら、 「そう、気持ちいいんだ?」 できれば聞きたくなかったなと思いながら、訊いた。 うさぎははるかの後悔になど気づきもしないで、「なんかねー、ふわふわするー。空を飛んでるみたい」と、実に呑気なことを返してくれる。 ……頭が痛い。 はるかはとっさにそう思った。 もちろん、うさぎに対してそう思ったわけじゃない。見通しが甘かった自分に対して、そう思ったのだ。 「そうだよな……真面目な王子様が、大切な大切なお姫様に酒の味を覚えさせるなんてこと、あるわけないよな……」 真面目を通り越して、堅物と言い切ってしまえる人物の顔を思いだして、はるかは溜息をついた。 そして、顔を顰める。 うさぎと一緒のときにこそ、思い出したい相手じゃない。 うっかり思い浮かべた相手を消すように、はるかは軽く頭を振った。 そして実に気持ち良さそうに酔っ払っているお姫様に、視線を戻す。 傍らのうさぎの様子を見つめていたはるかは、横目でちらりとテーブルの上のシャンパングラスを盗み見た。 グラスの中身はまだ半分残っている。 アルコール度数もたいして高くないシャンパンで酔っ払うほどお酒に免疫のないことが、こんなにも一緒に居る人間を困惑させて、恐怖に陥れるものなのかと、目の当たりにした。 うさぎにお酒を飲ませるときは、注意しようと心に固く誓いながら、はるかはうさぎに声をかけた。 はるかの片方の肩にかかる重みが、愛しい。 「おだんご、寝るなら、ベッドを提供するよ?」 「……ん。や。このままがいい」 はるかの提案を、夢現の声が一蹴する。 うさぎの言葉を、はるかは呆然として聞いた。 「このままって……首が痛くなるよ? ちゃんと寝られないし」 「やだ」 「じゃあ、ちゃんとベッドで寝ないと」 「いーやー」 「……おだんご……」 半分眠りかけているくせに、しっかり駄々をこねる少女に振り回される。 舌足らずで、甘えた口調で、なにを言っても、宥めすかしても「いや」を繰り返す少女に途方に暮れていると、ふと少女が口を噤んだ。 睡魔に勝てずに寝入ってしまったのかとはるかが窺うように見ると、とろんと眠たげな眼差しが、上目遣いにはるかを見つめていた。 「はるかさぁん」 「なに?」 うさぎの声音から感じられる、嫌な―とは一概に言い切れないけれど―予感。 知らず身構えたはるかの耳に、さらに途方にくれるお願いが届いた。 「あのね、ちゃんとねるから、そのまえにひざまくらして?」 思わず絶句した。 言葉もなくうさぎを見つめていると、はるかの大切なお姫様は、本当に酔っ払っているのかと疑いたくなるほど、しっかりした要求を突きつけてきた。 「ひざまくらー。まえはわたしがはるかさんにしてあげたもの。こんどはわたしのばん!」 そう言ってくすくすと笑ううさぎは、はるかの返事を聞く前に、わずかに体を起こして、寝転びやすい体制へと体を動かした。 「えへへー」 ぽすん、と。躊躇いもなくはるかの膝の上に頭を乗せて、うさぎが笑った。 「……服に皺が寄るよ」 「いいの。へいきだもん」 「平気って……」 そう言い切る根拠はどこからでてきたのかとはるかが問うより早く、うさぎが言葉を重ねた。 「はるかさんのふくをかりてかえるから、いいの」 「………………服くらい、いくらでも好きなだけプレゼントするけどさ」 そう言いながら、自分の服を着ているうさぎもいいな、と、はるかは思う。 そして当たり前に、自然に、うさぎがはるかの服を借りるのだと言ってくれることが嬉しかった。 「はるかさんのふくがいいの。だから、きてかえるの」 とろりと甘い声が断固とした意志を紡いだ。そのすぐあとに、今すぐにでも眠りの中に落ちていきそうな声で、うさぎがぽつりと言った。 「ひざまくらって、きもちいいね。ね、はるかさん」 聞き取るのがやっとという小さな声が紡いだ言葉に、はるかの表情が綻ぶ。 自然に浮かんだ優しい表情で、はるかは囁くように言った。 「そう? それは良かった。おだんごにそう言ってもらえると、膝を提供した甲斐があるね……おだんご?」 けれど、はるかの言葉の途中で、すうすうと気持ち良さそうな寝息が届いて、お姫様が眠りの世界にいってしまったことを知る。 可愛らしい酔っ払いの姫君も、睡魔には勝てなかったようだ。 はるかはそっと吐息をつくと、うさぎの額にかかっている髪を、指で払った。 丁寧に結わえられたおだんごもそっと解いて、丁寧に指で梳く。 「おやすみ、僕のお姫様」 やすらかな寝顔を、無防備に晒しているうさぎの額に口づけをひとつ落として、はるかは愛しげにうさぎの髪を梳き続けた。 END |
自爆というか、19000の数字を踏み抜いたよーと日記に書いたら、「なにか書いて」と
ゆうとさんが仰ってくださったので、調子に乗ってリクを受け付けたところ、はるうさで膝枕
という、なんだかとっても幸せいっぱいのお題いただいたので、挑戦です。
ゆうとさんにはお気に召していただけたので、良かったvv
今回も書かせてくださって、ありがとうございました!