それは優しい愛の続きのような 「好き」だと思う理由を言って欲しいと言われたら、どう答えるだろう。 うさぎはアイスココアをストローで掻き回しながら、そんなことを考えている。 約束の時間まで、あと、十五分。 いつもぎりぎりにしか約束の場所に着けないうさぎにしては珍しく、三十分も前に待ち合わせ場所に到着した。到着したというより、到着できた。 もちろん、それにはちゃんとした理由がある。 うっかり者らしく、うさぎが約束の時間を三十分も間違えていたためだ。 待ち合わせ場所に到着して、いつも先に来ているはずの人がいないことに気づいて、うさぎはまず、びっくりした。 はるかが来ていないなんて珍しい。そう思いながら、 「どうしたのかな、はるかさん」 体調でも悪いのだろうか、何かあったのだろうか。心配になりながら呟いたところで、うさぎは二日前の会話を、奇跡的に思い出した。 「十一時に麻布十番街ビルの正面玄関前でね、お姫様」 まるで秘密を告げるように、優しく耳元で囁かれた言葉を、思い出した。 「……あ」 耳朶にかかった吐息の熱さまでリアルに思い出しながら、うさぎはバッグの中から携帯電話を取り出そうとした手を止める。 自分の勘違いに吐息を零し、くるりと周囲を見渡す。 最初に目に付いたのは、待ち合わせているビルの隣にあるスタンド・カフェ。 たしかコーヒー以外のメニューもあったはずだし、テイクアウトもできる。 込み合うような時間ではないはずなのに、店内の席はほぼ満席に近くて、奥にあるカウンター席も埋まっているように見えた。オープンテラスの座席も、空いていない。仕方がない。座るのは諦めて、ドリンクをテイクアウトして、ここ――ビルの正面玄関で、のんびりはるかを待てばいいと思いながら、うさぎは店に足を向けた。 「いらっしゃいませ!」と明るい声に迎え入れられるままに、レジの前に立つ。 メニューの半数以上がコーヒーを占めている中から、うさぎでも飲めそうなところへ視線を動かし、 「アイスココアを、ひとつお願いします」 にこにこと立っているスタッフに告げると、 「アイスココア、ワン、お願いします!」 レジ係の女性が並列しているドリンクスタッフに、快活な声でうさぎの注文したドリンクを復唱注文し、 「お会計、三百円になります」 笑顔のまま、金額を言う。 うさぎはお財布からお金を取り出して支払うと、渡されたレシートを手にしたまま、受け取りカウンターへ進む。 うさぎより先に会計を済ませていた先客が、注文したドリンクのカップを受け取る様を、ぼんやり見つめながら順番を待つ。 「お待たせしました、アイスココアです」 レジ係の女性スタッフに負けない爽やかな声で、うさぎより年上だろう男性スタッフが渡してくれたカップを受け取り、うさぎは受け取ったカップにストローをセットしてから、店を出た。 買ったココアを手に、ビル正面に戻る。 うさぎと同じように待ち合わせをしている人や、買い物に来た人たちで、玄関口は少し慌しい様子だ。 出入りする人たちの邪魔にならないよう隅に立って、ココアを一口飲んだ。 甘くて冷たい感触が、喉を滑り落ちていく。 ココアを少しずつ飲みながら、ぼんやりと道行く人を眺めていたうさぎは、うさぎから少し離れた前に立つ、同じ歳くらいの女の子が持っている雑誌の見出しに、ふと興味を引かれた。 女性雑誌の見出しには良くある文句だ。 【相手を好きだと思う理由。あなたなら?】 好きだと思う、理由。 なんだろう? 理由? それを考えたことはなかったなぁ、と、ストローから手を放して、考えながら、くるり、と、アイスココアをかき混ぜる。 好きな理由。 はるかのことを好きだと思う、その、理由。 思い浮かばない。 強いて言えば、と考えながら、けれどやっぱり思い浮かばない。 なんだろう。はるかを好きな理由って。 考えながら、うさぎはストローに口をつけて、軽く噛んだ。 これは問題ではないだろうか。 恋人のことを好きだと思うその理由が思い浮かばないなんて、かなり大問題ではないだろうか。 みんなそうだのだろうか。それとも、うさぎだけなのだろうか。 腕を組んで歩いてる人たちに、聞きたくなる。問いかけたくなる。 恋人を好きだと思う理由を、すぐに答えられますか、と。 白い歯で噛んでいたストローに気づいて、うさぎは慌てて噛むのをやめる。 それからアイスココアを、一口。 「……はるかさんなら、躊躇いもなく答えられそうだけど」 ストローから口を離して、うさぎはぽつりと呟いた。 「僕が、なにを躊躇いなく答えるって?」 うさぎの呟きが消えてしまう前に、すぐ隣から届いた声に驚いて、うさぎははっと隣を振り仰いだ。 視線を向けた先には、きれいとしか言いようのない容貌をしている、青年。華やかな空気を持つうさぎの恋人――天王はるかが、口元に笑みを浮かべながら首を傾けて、うさぎを見つめていた。 はるかの登場に、ざわりと周囲の空気がざわめく。 あからさまに向けられる眼差し。交わされる囁き。 さまざまな感情の篭った視線は、はるかだけでなく、一緒にいるうさぎにも向けられるけれど、いいかげんその視線に慣れつつあるうさぎは、周囲の眼差しも囁きも無視して、恋人を呼んだ。 「はるかさん」 「おはよう、おだんご。今日は早いね? そんなに僕に会いたかった?」 「いつだって、どんなときだって、わたしははるかさんに会いたいよ。……いつもぎりぎりなのは、はるかさんにどうすればつりあう自分になれるか、鏡の前で研究しすぎちゃうからだけど、今日は研究してても間に合えるくらい、わたしらしいコーディネートができたかな、って」 時間を間違えていたなどとは、絶対に言えない。 言ったところで、はるかは呆れたり馬鹿にしたりしないで、「おだんごらしいね」とそう言って笑うだけだろうけれど、可愛らしく害にならない嘘くらい、許されるだろう。 そう思いながら答えたうさぎの全身に感じる、はるかの視線。 ちょっと自信過剰気味な答えだったろうか、と、内心で焦りながら、うさぎははるかの批評を待つ。 うさぎの元気なところが好きだと言い切るはるかは、けれど、いつだってどんなときだって、うさぎを完全に女の子、お姫様扱いするから、うさぎは活発的かつ可愛らしい服を着るように気をつけている。 子供っぽくなりすぎず、背伸びしすぎず。 明るい色の可愛らしいワンピースや、ふわふわのスカート。キャミソール。ラフなジーンズ姿をするときでも、どこかに女の子っぽいアクセントの入ったチュニックをあわせたり、Tシャツを着たり。 無理なく、自分らしさを出す服装を考えるのは、難しいけれど、楽しい。 はるかはどんな言葉をくれるだろう。どんなアドバイスをくれるだろう。 それを考えるだけでも、楽しい。わくわくする。 ちなみに今日は、パステルオレンジのタイトミニワンピース。スカートの裾に一輪、大柄の薔薇が白で描かれている。それにオフホワイトのレースのカーディガンを合わせた。 足元は、ポイントにオレンジの色彩を使った、ミュール。鞄もワンポイントにオレンジを使った篭バッグだ。 髪型は、いつもどおり、髪の一部をおだんごに結って、ツインテール。 うさぎとしては、なかなかに自分らしくて可愛らしいコーディネイトだと思うのだけれど。 どきどきしながらはるかの言葉を待っていると、はるかがにっこりと笑った。 「おだんごらしくて可愛いね。――髪を結わずに、下ろしても良かったかもしれないよ? 雰囲気が変わる。大人っぽいうさぎもいいと僕は思うんだけど」 いいながら、はるかの長い指が、ツインテールの髪をさらりと梳いた。 おだんごにしている髪を解いてしまいたいとでもいうような指の動きに、うさぎはどきりとする。 まだ日も高いというのに、煽るような仕草にどきどきしつつ、けれど、その手には乗らない。 第一、悪戯に髪を解かれたとしても、すっかり慣れてしまっているから、べつに髪を結いなおすことに支障はない。けれど、それに時間を費やしたくなかったし、なにより今日は髪を下ろしていると暑いのだ。 着ている服も淡いとはいえ暖色系で、きっと、見た目にも暑苦しく映るんじゃないかと思うから、いつもどおり、髪を結ったのだ。 「……髪をおろしたわたしの姿だって、はるかさん、何度もみてるでしょう? ね、それよりも、早く行こう!」 髪を弄ぶはるかの腕に、腕を絡める。 二日前に会ったばかりだけれど、うさぎははるかと今日も出かけられることが嬉しい。楽しい。 そのどきどきを、わくわくを、もっともっと楽しくしたくて、今日はどこへ行こう、なにをしようといろいろと考えながら促した――のだけれど。 「ところでおだんご」 はるかがうさぎを呼び止めた。 「さっき、僕ならなにを答えられるって思っていたの?」 少し意地悪い光を湛えた眼差しが、「さぁ、答えて」とうさぎの瞳を覗き込む。 間近に迫る恋人の顔に、うさぎはほんのりと頬を染めながら、 「えっと……」 答えようか、誤魔化そうか、はぐらかそうかと、数瞬、考える。が、はるかはそれを見逃してはくれなかった。 するりと、うさぎの腰を抱き寄せる腕。 周囲のざわめきが、大きくなる。 「素直に答えないと、ずっと、このままだよ」 悪戯っぽく、けれど、本気でそれを実行する気満々のはるかの声音が、耳朶に直接響く。 耳に触れるはるかの吐息に、うさぎはぴくりと体を跳ねさせた。 恥ずかしい。けれど、それを上回る歓喜がうさぎを支配している。 はるかの温もりに包まれるのは、安心する。 ずっと、ずっと、出会った頃から、この温もりに抱きしめられたいと思っていた。 気になって、気になって、仕方がなかった。 反発しあい、けれど、どうしても無視ができない存在。 心のどこかで。意識の端で、常にはるかの存在を意識して、探して、求めていた。 その理由を、うさぎ自身が知りたいと思うくらい、はるかの存在に惹かれていた。 うさぎを抱きしめる腕に力が込められるのを感じながら、うさぎは、そっと息を吐いてから口を開いた。 放して欲しいわけじゃないけれど、衆人観衆の目に曝されて、後日それを友人たちのからかいのネタにされるのは真っ平だ。 はるかとうさぎの共通の思い出に、大切な友人たちといえども、その存在を介入させたくなかった。 子供っぽい独占欲ではあるのだけれど。 「……さっき、ね。はるかさんが来る、少し前」 「うん?」 「わたしの前にいた女の子が持っていた雑誌の表紙に、『相手を好きだと思う理由。あなたなら?』っていう見出しがあって、わたしがはるかさんを好きだと思う理由ってなんだろうって考えていたんだけど、思い浮かばなくて」 「うん」 「はるかさんなら、きっと、わたしみたいに判らないとか思うことはなくて、簡単に答えられるんだろうなって」 「なるほどね」 うさぎを抱きしめたまま、はるかが小さく笑って頷いた。 「そうだね、僕ならすぐに答えられる。僕がおだんごを好きな理由は、たったひとつだからね」 くすくすと楽しげに笑うはるかが、うさぎを抱きしめる腕の力を抜いた。 うさぎの顔を覗き込み、はるかが言う。 「月並みで申し訳ないけれど、理由は、うさぎだからだよ。――この先何度生まれ変わっても、もう一度、キングに君を攫われるような未来が来ても、なにがあっても、僕の忠誠と敬愛と、心からの愛情は、すべてうさぎにだけ捧げるものだから。なにがあっても揺らがない。僕がまた君の心を傷つけるような事態になっても、常に、どんな瞬間だって、言葉どおり、僕のすべてをうさぎに捧げているから、君が君であるかぎり。たとえ君でなくなっても、その魂が存在する限り」 未来永劫。細胞の一つ一つまで、君のためにあるよ、と。 聞いている人間が、思わず呆気に取られてしまうようなことを、はるかは躊躇なく口にした。 うさぎはやはり躊躇いなく答えたはるかの顔を見つめながら、目を細める。 ああ、と思った。 ああ、そんなことなら。 そんなことでいいなら、理由など簡単だ。 「ありがとう、はるかさん」 うさぎははるかの腕の中に抱きこまれたまま、うっとりと呟いた。 「あのね、解ったよ。はるかさんを好きな理由」 「そう? 聞かせてくれる?」 「うん。あのね、わたしも月並みだけど、はるかさんだから」 はるかを見つめながら、うさぎはにっこりと笑った。 「はるかさんが言葉通り、いつでも『わたし』を見てくれるから。前世も未来も関係なく、捕らわれることなく、縛られることなく、『わたし自身』を見てくれるからだよ。それがね、嬉しいの。安心するの」 躊躇いなく、うさぎのやり方に反発してくれる。甘やかすばかりではなく、ただ守るばかりではなく、盲目的にではなく、冷静に、うさぎと違うやり方で、けれどうさぎを信じて、同じ未来を目指してくれる。 優しくて、厳しくて――でも誰よりもうさぎに甘い人。 大好きな人だ。 「はるかさん、大好き」 他人の目があるけれど、いいかな。 注目の的。ざわめきの元、に、なっちゃうけど。 後日、友人たちから盛大にお小言と溜息と、それから好奇心の質問攻めにあうかもしれないけれど。 はるかの知名度を考えれば、軽率なことを仕掛けてしまうのだけれど。 迷惑をかけてしまうだろうけれど。 伝える術を、他に、知らないから。 その方法以外、はるかは教えてくれていないから。 「大好き」 うさぎはもう一度はるかにそう告げて、はるかの唇に自分の唇を押し当てた。 終 |
き/み/が/す/き のあやさまへv
頂き物のお礼になっているのか、嫌がらせか、微妙なんですけれどもっ!
同士がいてくださって、嬉しいですvv
あやさまのみ、お持ち帰りOKです。