〜After light

「はーるかさんっ!」
 まるで歌っているかのような声音に呼ばれて振り向けば、まず視界に入ったのは金色のおだんご。
 はるかの愛しい子の、トレードマークだ。
 うっすらと金色の光を帯びた夕方の太陽の光を受けて、少女の髪がいつも以上にキラキラと輝く。
 はるかは思わず頬が緩むのを感じながら、さらに視線を下ろした。
 小さな顔いっぱいに広がる、笑顔。その笑顔につられて、はるかも笑顔になる。
「やぁ、仔猫ちゃん。こんにちは。今日も元気だね」
「えへへ、こんにちは。元気ですよ! はるかさんは?」
 元気じゃないですか? と問いかけるようにはるかの顔を覗きこむ愛しい少女に、はるかは
「元気だよ。きみの顔を見て、僕が元気にならないわけがない」
 そう言った。
 はるかの言葉に、くすぐったそうにうさぎが「えへへー」と笑って、それから、不思議そうにきょろきょろと周囲を見回す。
「はるかさん、今日は一人なんですか? みちるさんは?」
 いつも一緒に行動しているはるかの相棒を探して、うさぎはことりと首を傾げた。
「みちる? みちるならあそこだよ」
 言いながら、はるかは車道を挟んだ向かいの店を指差した。
「楽器店?」
「楽譜を買うんだってさ」
「楽譜……」
 尊敬いっぱいの言葉を、うさぎが吐き出す。その様子にはるかはこっそり笑いながら、先ほどのうさぎを真似るように周囲を見回した。
 それから、
「今日はひとり?」
 はるかが問いかけると、うさぎはきょとんとした顔ではるかを振り仰いだ。
「え?」
「仔猫ちゃんこそ、今日はひとりなのかな? みんなは?」
「あー」
 うさぎが憂鬱な吐息を吐き出すように、声を出した。その様子が少し淋しそうだと、はるかは思う。
「みんな、今日はスリーライツのイベントに行っちゃって。わたし、ファンクラブの会員じゃないから、置いてきぼりなんですよねぇ。だから一人です」
 つまらなーい、と、頬を膨らませて、うさぎが視線を落とした。それから足元の地面をこつんと軽く蹴る。
 うさぎの口から零れた名前に、はるかは僅かに片眉を上げたけれど、気に入らない連中のことなど無視することにして、はるかはうさぎの様子に意識を向けた。
 項垂れて、肩を落として、心細そうで。一人だということが、本当に淋しそうで、見ているはるかも切なくなってしまう。
 こんなに淋しそうなうさぎを見るのは、本当に久しぶりだ。
 思えば、うさぎの周囲はいつも賑やかだ。常に誰かが一緒に居る。
 それは彼女の暖かな光に、みんなが引き寄せられるから。そして、うさぎを放っておくことができない、と、無意識にしろ、みんなが思うからだ。
 その傾向が一番強いのは、いつもうさぎと一緒に居る親友たちだけれど……。
「あぁ、今日はあいつらの復活イベントだっけ?」
 今日は、元アイドルのスリーライツ復活イベントだとかで、芸能関係を始め、元ファンたちも大騒ぎだ。
 復活宣言からこっち、お堅いニュースでまで彼らの話題を耳にする。
 今日も朝のニュースから、復活ライブの内容だ、衣装がなんだ、で大騒ぎ。はるかは正直、うんざりしていた。
 スターライツの母星の復興もほぼ終わり、落ち着きを取り戻してきたから、今度は地球のセーラー戦士たちと親交を深めるための親善大使役として地球に来た彼らは、世を忍ぶ仮の姿として元の職業を仕事として選んだ。その復活ライブが確か今日で、共演したことのあるみちるのもとにも招待状が届いていた、と、はるかは思い出す。
「仔猫ちゃんに招待状は届かなかったの?」
 キンモク星が復興に至る経緯は、間違いなく、目の前のプリンセスの助力あってのことだろうに、ずいぶん不義理だなと、はるかは思いながら問いかけた。
 もっとも、うさぎの元に招待状が届いていたら、それはそれで腹立たしい思いを抱くのだけれど。
「え? くるわけないよ。だってわたしファンクラブに入ってたわけじゃないし」
「でも、仔猫ちゃんの頑張りのお陰で、あいつら、母星に帰れた……」
「はるかさん、それは関係ないよ。――元クラスメイトとしては、ちょーっと期待したけど」
 はるかの言葉を遮って、否定して、それから悪戯っぽく笑って、うさぎは肩を竦めた。
「今日は、だから、ひとりで時間を潰しているんです。でも、はるかさんに会えて、ちょっとラッキーかも」
 つまらない気持ち、ちょっと、なくなりました、と、笑顔を浮かべる様子にはるかは虚をつかれた。
 偶然会えた。それだけで嬉しい気持ちになったと言える少女の、その前向きな気持ちに、どうしてか、心が救われたような気がする。
「僕に会えたなんて、そんな簡単なことでも嬉しいって思ってもらえるなんて、光栄だね」
「あはは、わたし、単純だから」
「いい長所だと思うよ」
「ありがとうございます」
 きらきらの笑顔で、うさぎが笑う。
 ちょっと独り占めしたいような笑顔に、はるかは目を細めた。
「仔猫ちゃん」
「はい?」
「時間があるなら、デートをしようか」
「は? え?」
 はるかの提案に驚いて、うさぎが目を丸くした。
 ぽかんと口を開ける様が、ちょっと間抜けで、けれど可愛い。
「デートですか?」
「そう。みちるがオプションでついてくるけど」
「……や、でも、わたし邪魔なんじゃ……?」
「どうして? 邪魔なのはどちらかというとみちるかな?」
「は、はるかさんっ!?」
 ぎょっとした様子ではるかを呼んだうさぎに、はるかは笑う。笑いながら「冗談だよ」と告げると、うさぎはほっとした顔をした。
 心の中では、気を利かせてみちるが先に帰ってくれないかな、などと願っているけれど、強かな相棒のこと。それは絶対ないだろうと、こっそり溜息をついて、迷っている様子のうさぎの顔を覗きこむ。
「どうかな? 仔猫ちゃん?」
 強く言えばうさぎは首を横に振らない。それを見越しての問いかけに、案の定、うさぎはおそるおそる口を開いた。
「本当にいいんですか?」
「もちろん」
 にっこり笑顔で肯定すると、うさぎはほっとして笑う。
「嬉しい。ひとりじゃ、やっぱり淋しかったんです。はるかさん、誘ってくれて、ありがとう」
「どういたしまして。――あぁ、ちょうどみちるも出てきた。仔猫ちゃん、今日は、僕とみちるでしっかりエスコートしてあげるよ」
 言いながら、はるかはうさぎの手を握った。
 驚いて、顔を赤くして、けれど、振りほどこうとしないうさぎの手は温かく、いつかこの温もりを独り占めしようと心に決めながら、はるかは呆れた顔ではるかを見ている相棒の元へ、うさぎと手を繋いだまま歩き出した。


                                 終

パラレル設定。スリーライツが戻ってきたよ、的な(苦笑)。
そして本物の王子様の存在は、無視の方向で。
新月あまみさまへvv

賄賂的な捧げ物。