「せっかくの誕生日なのに、残念ね」
 言外に、何とかして上げられたら良いのだけれど、と、亜美が困ったように呟いた言葉に、うさぎはううん、と、緩く首を振った。
 おなじみのパーラークラウン。窓際の、大きなソファがある一角。すっかりうさぎたちの指定席と化しているその場所を、当然のように今日も陣取って、亜美はうさぎとふたりでアフタースクールを満喫中だ。
 うさぎが肩越しに振り返った窓の外では、しとしとと降り続く雨。
 自動ドアが開いて、お客さんが入ってくるたびに、雨の匂いが店内に入り込む。
 うさぎが外を見つめたまま、言った。
「わたし、雨、嫌いじゃないよ」
「そう?」
「うん。雨は優しいから、好き」
 その言葉を告げる一瞬だけ亜美と視線を合わせ、亜美ちゃんみたい、と、砂糖菓子みたいに甘い声でうさぎが言うのに、亜美は軽く目を瞠って、それから照れたように微笑んだ。
「……ありがとう」
 うさぎのためらいのない好意の言葉にも、ずいぶん慣れた。――慣れたのだけれど、不意打ちで告げられる言葉には、まだ、くすぐったさが勝ってしまう。
「ねぇ、うさぎちゃん」
 亜美は、まだ照れを残した声音で、一番の親友の名前を呼んだ。
 肩越しに外を見つめてたうさぎが、ゆっくりと振り返る。
 どこか緩慢な、心ここに在らず、な仕草。
 それでいて、無邪気な幼子のようにきょとんとした仕草が、妙に色香を匂わせている。
 このアンバランスさが、危なっかしくて、目を離せなくて、庇護欲をそそるのよね、と、内心で溜息をつきつつ、亜美は紅茶のカップを持ち上げた。
 少し冷めた紅茶を一口飲んで、喉を潤す。
「今年はまだ言っていなかったわ。お誕生日、おめでとう。生まれてきてくれて、わたしを見つけてくれて、ありがとう。わたし、うさぎちゃんが大好きよ」
「ありがとう。わたしも、亜美ちゃんが大好き。ずっと傍にいてね」
 亜美の告げた言葉に、夏の大輪の花が咲き綻ぶのと同じような笑顔が返されて、嬉しさを隠しもしない声が、パーラークラウンの一角であがる。
 雨の午後。大事な親友の誕生日。そんな日にうさぎの一番の笑顔を独り占めして、亜美も満足だ。
 今日という日に遅れてくる仲間たちや、まだ到着していないうさぎの恋人には申し訳ないけれど、役得、とは心の中で呟いて。
 ついでに、一番の親友の座も手中の収めておくべきよね、と、セーラーチームのブレーンらしく、その策略なんかもうさぎとの会話を楽しみながら、頭の片隅で巡らせたりしつつ。
 とりあえず、今日はみんなが集まってきたら、席を詰めることを理由に、うさぎちゃんの隣を陣取ってしまおうかな、と、亜美は紅茶を飲みながら考えた。


                                 終