夜うさ 無題


 いくらなんでも無防備すぎるんじゃないの。
 床に転がって眠っているクラスメイトに、夜天は呆れる。
 すよすよと幼い子供さながら気持ちよさそうに寝息を立てているのは、月野うさぎだ。夜天のクラスメイトで、星野の想い人で、今は亡き月の王国のプリンセスが転生した少女。そして夜天たちキンモクセイの恩人。
 すぎるほどに元気で、お節介で、底抜けのお人好し。夜天の苦手なタイプであるうさぎは、ここ最近、夜天たちのマンションに入り浸っている。理由は不明。
 いつもいつもきゃあきゃあと騒がしい少女は、しかし、この部屋にいる間は大人しい。ただ静かに、ここにいる。
 なにをするわけでもなく、ときおり、ぼんやりと窓の外を眺めたり、今日のように午睡を楽しんでいる。
「うさぎちゃん」
 夜天の気配に気づいて、うさぎのお目付役兼相棒である黒猫のルナがそろりと目を開けた。夜天を見つめて、少しだけ慌てたように小さな前足でうさぎの肩を叩き、気遣いながら声をかけるが、少女が目を覚ます気配はない。
 すよすよと静かに眠っている顔は、この世の汚れなどなにひとつ知りもしない無垢な子供のような無邪気さだ。 地球を──この宇宙を救った戦士にはとても見えない。
 夜天は小さな微笑を浮かべた。
「いいよ、ルナ。寝かせておいてあげたら?」
 男の部屋で眠る無防備さに呆れながら、しかし、起こしてしまうのは忍びない気持ちもある。
 でも、と、戸惑うルナに、夜天は「いいよ」と笑いかけた。
「月野が寝汚いのはいまにはじまったことじゃないし」
「……夜天くん」
 少し意地悪げに口端を歪めて言った夜天の言葉に、ルナの顔がなんとも言い返せずに困りきったものになる。表情豊かな黒猫は、夜天の核心を突いた言葉とうさぎへの親愛で板挟みになっているのだ。少し意地が悪すぎただろうか、と、内心で舌を出した夜天はルナの隣側にころりと寝転がった。
「夜天くん!?」
「ルナが間にいるんだから問題ないでしょ。それともルナは僕とお昼寝はしたくない?」
「……その聞き方は狡いと思うわ」
 もちろん、ルナが否と言えないことを見越しての問いかけは、あっさりと看破されたうえに、恨みがましい眼差しつきで溜息が返された。が、生憎と夜天はそんなことなど気にする性質ではなかった。
「ケンカにうさぎちゃんを巻き込まないでね」
「勝負の行方は明白だけどね」
「夜天くんのその自信たっぷりなところ、意外に似てるわ」
「そう?」
 嫌そうな顔をするとでも思っていたのだろう、ルナが軽く目を見張って、心底からの溜息をついた。
「ねぇ、ルナ」
「なあに? 夜天くん」
 夜天の呼びかけにルナが警戒する気配を見せる。お気に入りのルナに警戒されてしまうのは、ちょっと失敗だったか、なんて、およそ反省らしくない反省を心の中でしながら、夜天は床に散らばっている、陽の光にキラキラと輝く少女の髪の一房に指を絡めた。
 恭しく掲げるように口元に寄せる。
「僕は我儘だよ。星夜より執着心は強いよ」
 夜天の言葉に顔を顰めるルナの目をまっすぐ見つめ返しながら、夜天は手の中の金色の絹にそっと唇をよせた。