One wish 2〜最後の夜 いつかこんな日が来るのだと、きっと、知っていた。 感情の揺らぎも見せない瞳が、じっと、ロイを見つめている。 金色の透明は、凪いだ海のように静かで。 ずっと……それほど昔のことでもないけれど、以前にも見たことのある静けさでロイを見ている。 静か過ぎて、ロイは寂寥を感じずにいられなかった。 それでもそれを気取られるわけにはいかず、苦笑の形に表情を作り、いままでもそうしてきたように、エドワードの唇に自分の唇を寄せた。 啄ばむように唇を触れさせる。 するり、と。 もっと深い口づけを強請るように、ロイの首に回される腕。 冷たい腕と、温かな腕。 二つの体温が、どうしようもなくロイを悲しくさせる。 自らの胸のうちに宿った感情を消し去ろうと、均整の取れた、けれど標準よりは細い腰を抱き寄せて、ロイは深く唇を合わせた。 ゆっくりと、焦らすように侵食する。 それが気に入らないのだろうか、いままでにない積極さで、エドワードが舌を絡めてきた。 奪われる。 だんだん激しくなるキスを交わしながら、ロイは思った。 ぜんぶ。なにもかも、余すことなく奪われてしまう。 そうして、きっと、なにも残らない。 残すことを、残酷な彼は赦してはくれないのだ。 強く。消せないほど強くなる寂寥感。 忘れたい、と、ロイは思った。 一瞬で良い。 刹那でかまわないから、生まれた寂しさを、忘れたい。 きっと、後々、いま以上の寂寥感に襲われて、虚しさばかりが胸に残るだろうけれど。それでも、快楽は確かにすべてを忘れさせてくれるだろう。 ロイはエドワードのジャケットを手早く脱がし、タンクトップの裾から掌を忍び込ませた。 「あっ」 ロイの手の温度に体を震わせて、これから先の快楽に期待の声を上げる腕の中の恋人に、ロイは笑みを浮かべる。 「ちょ……、駄目だ、大佐」 「駄目って、なにが?」 体を落とし、早くも立ち上がった胸の飾りに唇を寄せていたロイは、上目遣いにエドワードを見た。 息を飲み、エドワードが体を強張らせた一瞬に、ロイは可哀相にと思う。 キスひとつで本気で逃げ切れると思っていただろう少年の浅はかさが、こんなにも愛しい。 「駄目って、なにが駄目なんだ、エドワード?」 「なにって……だって、大佐……」 「ロイ、だろう? プライベートな時間を過ごしているときは無粋な呼び方はしない。そう約束したのを、もしかして忘れたのかな、エドワード?」 見上げたまま、優しい笑顔で問いかけるように言うと、エドワードの顔が悲しく歪んだ。 「エドワード……エド。キミからキスを」 「――――…………」 ふるふる、と、首が横に振られた。 「駄目だ。……できない」 小さく。耳を澄まして、やっと聞き取れるほどの小ささで紡がれた声に、ロイは痛ましくなる。 「エドワード……」 「できない。勘弁してくれよ、大佐。――――オレはもう……大佐を求めることはできない」 「では……、『鋼の』と呼んで強要すれば。命令なら叶えてくれるのかな?」 「……命令なら、なおさら……できない」 頑なに首を横に振り続け、拒絶する。 自分たちが信じている世界。自分たちだけの世界を守り続ける幼さは、こんなにも残酷だ。 なにもかもを等価交換で括ってしまう一途さは、凶器でしかありえない。 いつだってロイの想いを切り捨てる。 簡単に、躊躇いなく。 「キミはいつだって……簡単に私を切り捨てるな」 深く息をつき、ロイは立ち上がった。 エドワードの瞳がロイを見つめているのを無視して、乱した衣服を整えてやる。 痛いほどの視線。しかしロイは目を合わせてはやらなかった。 眼差しひとつで。そんなものひとつで許してやれる余裕など、一ミリグラムも残っていない。 「……大佐」 灯された火を。煽られた熱を。自分ではどうしようもないのだろう声が、切なく呼ぶ。頑なに、階級で。 そんな残酷に、優しく応えてやる必要などないのだ。 「身勝手だと……思わないのか?」 ロイの言葉に揺れた眼差しが伏せられた。 「駄目なのだろう? キミは私を求められないのだろう? それなのに自身の熱は静めて欲しいと言うのかい?」 だん、と。静かな声音を裏切る激しさでロイが両手を壁に叩きつけると、耳元で鳴った音か、あるいはロイの態度か、エドワードが全身で怯えたような仕草を見せた。 無茶ばかりをするエドワードを、恋人として、上官として、ときには大人の立場として叱りつけ、怒鳴ったことは幾度もある。 けれど、本気で怯えさせたことなど一度もなかった。 怯えさせることだけは、無意識に避けていた。 エドワードが人の感情に――たぶん、あの弟よりも繊細なことを、知っていたからだ。 悪態をつくだけの余裕を。謝罪を口にできるだけの余裕を与えながら、叱りつけていた。怒っていた。 それほどにキミに心を砕いていたと告げたなら、未来はロイの望む形に変わるのだろうか。 否。それはないのだろう。 残酷な一途さはロイを置き去りにするばかりだ。 自らの腕で檻を作り、エドワードが逃げられないよう囲った姿勢のまま、ロイはただ静かに音を紡ぐ。 全身の震えを隠しきれないエドワードの耳元で。 いっそ、優しいと思える音で。 優しすぎるが故の声がもたらす恐怖というものを、知ればいい。知って、二度と忘れられない音として、刻み込めばいいのだ。 耳に。記憶に。キミのすべてに。 他の何ものも入る込む隙間もないほどに、ただ、その音だけを、閉鎖された小さな世界の中で、抱いて生きていけばいいのだ。 苦しくても、辛くても、抱いて行けばいいとロイは思う。 硬く冷たい鋼の手足。その枷よりも重いものを背負えばいいのだ。思いを重ね、熱を分け合った存在を。心に灯った焔を鎮火させることも、消すこともできずにいるロイを、切り捨てて生きてゆくのだと固い決意で決めたというのなら。 たったひとり……――――。 「私の全部を奪って、全部を捨ててしまうくせに。それなのにキミは私になにも残さない。……キミたちが頑なに信じる『等価交換』に反していると思わないか、エドワード。それともいままで体を差し出してきたんだからと、そう言うつもりじゃないだろうね?」 「そんなことっ! そんなこと…言わない」 それに、と、弱々しく続けられた言葉に、ロイは醜く顔を歪めた。 「等価交換だなんて、そんなふうに思ったことは一度もない。信じる、信じないは大佐の勝手だけど……オレは、ちゃんと恋人だと思っていたから……」 「思っていた……ね。ふ…ん。まだこの恋が終わってもいないのに、過去形か? ひどいな」 「―――オレは……! オレが終わらせるつもりだって、あんただって解っているだろう!?」 ひどいのは大佐のほうだ! 歪んだ顔でロイを非難する少年の顔に、ロイは自分の顔を近づけた。 びくり、と、エドワードの体が竦んだことに構わず、ロイは鼻先が触れそうなくらいに顔を近づけた。 ぎゅっと、固く瞼が閉ざされて、ロイを拒絶する。 頑なに閉じられた唇に、ロイは舌を伸ばした。 そっと、形をなぞると、エドワードの体が震えた。 教え込んだ快感を呼び覚ますように、ロイは舌を辿らせる。 唇に、頬に、そして顎のラインから首筋へ。 硬く緊張してゆく体を片方の腕で抱きしめると、さらにエドワードの体が強張った。 切なげに顰められた眉根に、ロイは唇を落とす。 ハッと、エドワードが目を見開いてロイを見つめ、しかし、すぐに苦しそうに目を閉じて顔を俯けた。 「…………」 なにかを言おうとして、けれどロイは何も言葉を発することなく、エドワードの項を辿らせていた指を離した。 抱きこんだ体が、また、震える。 目の前の蜂蜜色の髪に唇を寄せて、けれど、触れないままロイは口を開いた。 「私が嫌いか、鋼の?」 「…………………………嫌いだ」 「そうか」 小さく、数十秒の間をおいて返された答えに、ロイは溜息をついた。 そんな嘘さえ口にしてみせる残酷さを、いっそ憎むことができれば。……そうすれば――――。 「……嫌われているなら仕方がないな」 「なん……だよ?」 怪訝そうな声とともに、エドワードが顔を上げた。 不審も露わな眼差しを向けられて、ロイは苦笑した。 「安心したまえ。キミの望むとおりに」 「え?」 「別れよう、鋼の。キミは私を要らないと言う。なら、私もキミを望んだりはしない。去るものは追わず、だよ。二度と、触れない」 言って、ロイはエドワードを抱きしめていた腕を放した。 そのまま、エドワード自身からも離れる。 呆然と、エドワードがロイを見つめていた。 無意識、だろうか。ロイとエドワード自身との距離を視覚で捉えている、その滑稽。 望んだとおりの展開に、だが、エドワードの深層意識が追いついていない状態なのだと、一目で知れる。 しかし、そんなことを慮ってやる必要などロイにはない。……もう、ない。エドワードがロイを「要らない」と判断したのだから。 エドワード自身が甘やかされる立場は必要ないと判じたのなら、ロイも軍人として、上官としての立場で接するだけだ。 「……キミに渡すものがあったな」 手に入れた本のことを思い出し、ロイは踵を返した。 「取ってくるから待っていたまえ」 呆然と目を見開いているエドワードに声をかけて、ロイはいつのまにか書斎になってしまった部屋の扉を開いた。 スイッチを押し、電気をつけ、小さな机の上に置いたままの本を手に取った。 ずっしりとした重さのそれを片手で持ち、目を閉じる。 こんな厚意もいつか拒絶される日が来るのかもしれない。――あるいは、この日を限りに、か。 だが、それも受け入れるしかないのだろう。 あの子供の強情さに、勝てた例などないのだ。ただの一度として。 自嘲の笑みを浮かべ、しかしそれをすぐに消し去ると、ロイは無表情を装った。 部屋をあとにしてエドワードの佇む居間に戻る。 エドワードは複雑な表情でロイを待っていた。 「鋼の、司令部で言っていたものだ。……私には必要のないものだから、キミが好きに……読み終えたあとは処分するなりすればいい」 「え……でも?」 「返さなくて良いと言っている。私には必要がないものだからな」 エドワードの手に押し付けるように本を渡し、踵を返したロイはソファに座った。 「帰っていいぞ」 エドワードを見ないまま、素っ気ない口調でロイは言った。 「え?」とエドワードが怪訝な声で聞き返すのに振り返らないまま、ロイは繰り返して言う。 「キミの用事はすべて済んだだろう? 本は受け取った。私との別れ話も済んだ。他に用事があるのか?」 「……ぁ……いや、ないよ」 口の中で呟いたような小さな声であるにもかかわらず、エドワードの声は鮮明にロイの聴覚を刺激した。 未練か、と、ロイは苦く頬を歪めながら口を開く。 努めて、淡白に。冷たく聞こえるように作り出す、音。 未練も、思いも、なにもかもを滲ませてはいけない。エドワードの心に触れる、なにものも。 「ならば、帰りなさい」 「……うん」 「弟が待っているのだろう、鋼の。心配をかけてはいけない、キミの最愛に」 エドワードがロイの言葉に動揺した気配が伝わった。しかし、ロイはその気配に気づかぬふりで、テーブルに投げ出したままだった新聞を手に取った。どこかの町の市長が再選を果たしただとか、物価が値下がりしたとか、なにかの研究がどうとか。興味のない記事を目で追う。追いながら、佇んだままのエドワードには無関心を装う。 しばらくして、空気が、動いた。 動いたことに気づきはしたが、ロイはその気配を追わなかった。 活字を追うことをやめて、目を閉じる。耳は済まさない。足音を拾うこともしたくないからだ。 遠ざかる気配と、ロイとエドワードを遮断するための音を、意識的に追いたいとは思わない。 「物分りのいい人間を演じさせられてばかりの私は、実に損な役回りじゃないか」 嘲りを込めて呟いた――――その言葉に。 「……ごめんな、大佐」 静謐な音が謝罪を紡ぎ、ふたつの温度を持つ腕が、背後からロイを優しく抱きしめた。 ロイは驚きに一瞬呼吸を止めた。だが、一瞬の狼狽もなかったように、平静とした声を背後に投げかけた。 「帰りなさい、と私はそう言ったはずだ、鋼の」 「うん。だけど、……オレの最後の我儘をきいてくれねぇ?」 駄目かな、と、不安そうな問いかけに、ロイは深く嘆息した。 「我儘はきいてやれない。離しなさい。私はキミに触れない。それは、キミも私に触れてはいけないことと同義だ」 「…………冷たいんだな、…………ロイ」 「上官侮辱罪で軍法会議にかけられたいか、鋼の。私のことはいつも通り、階級で呼びたまえ」 「軍法会議でもなににでもかければいい。だから傲慢な子供の我儘をきけよ」 「きけないと言っただろう」 嘆息して、ロイはエドワードの腕から逃れるように身を捩った。 簡単に、呆気なくエドワードの手を振り切り、ロイはソファから立ち上がる。 「玄関の位置を忘れたのなら、送って行こう。ついてきなさい」 「あんたがさっき点けた焔を消してくれたら、帰るよ」 「鋼の」 「なぁ、熱を静めて」 言いながら、エドワードが再びロイへと手を伸ばした。 猫のようなしなやかさで近づく子供を、ロイは睨みつけるようにして見つめた。 触れた温かさと冷たさに、ロイは目を細める。 馴染んだふたつの体温。それがロイと―――ロイの欲を扇動する。 拙いながらもロイを煽る口づけや、シャツを肌蹴させる指の動き、意識して零される甘い声や吐息に、理性を放棄した。 何もかもを忘れるほどの快楽に身を委ねて、ロイの最愛がこの腕の中から失われる寂寥感を一時忘れて、夢もなにも見ないほどの深い眠りに落ちて、目が覚めたら――空っぽになった自分が残るだけだろう。 ロイの心の一部。喪失感、それ以外は変化もなく、ただ毎日が過ぎるのだろう。 厳しい副官や、上官を上官とも思っていないような部下たちに、面倒な書類を押し付けられ、逃げ回る毎日を送りながら、変わらず上を目指すのだ。 牙や爪を隠しながら。あるいはそれをちらつかせながら、エドワードという最愛が、ただの同僚で部下になった毎日を……。 ロイは、いつだったかエドワードから聞いた「一は全、全は一」という言葉をふと思い出した。 誰に何があろうと、世界は素知らぬ顔で回り続ける。 唇を離したエドワードの、濡れて艶かしい唇に、ロイは噛み付くようなキスをする。 優しさの欠片もない、貪るというよりは食い尽くすという表現が似合いそうなそれに、しかし、抗議の仕草は返されなかった。 体を密着させるように、エドワードがロイに抱きつく。抱きついて、舌を絡めてきた。 思う存分エドワードの口腔内を貪りながら、ロイは性急にエドワードの肌に指を這わせた。 一度は整えてやった衣服を乱暴に脱がし、先ほどまで自分が座っていたソファにエドワードを押し倒す。 ソファのどこかに体をぶつけでもしたのか、微かな呻き声が耳に届いたが、無視を決め込んだ。 優しくなど、してやらない。 意固地な子供のような思考で、ロイは思う。 自分の我儘ばかり叶えようとする子供に、優しくなどしてやるものか。 求めないと。「キミからキスを」と言ったロイの言葉に首を振り、拒否して、ロイを求めないと言ったのに、一人では昇華できない熱を。情欲を、浅ましく満たそうとする。……自分ひとりだけで、ロイとエドワードの想いと思い出を。共有した時間のすべてまで。なにもかも全部背負って生きて行こうとする、そんな我儘な子供に優しくしてやる義理などない。 「……あっ!」 ズボンごと下着も引き摺り下ろして、ロイはエドワードの欲望を掌で握りこんだ。 ぴくりと跳ねた体を押さえ込み、優しさの欠片もない動きで扱く。 癖のように寄せられた眉根に唇を落とそうとして、ロイはやめた。 「ロイ」 開かれたエドワードの唇から、誘うように赤い舌が覗く。 寄せられる唇を避けるように、ロイは上体を起こし、揶揄するようにエドワードを見下ろした。 僅かにエドワードの金の瞳が揺れたが、気づかないふりをする。 口づけなどして……エドワードへの想いが。手放せない気持ちが伝わってしまったら、困るのはキミだろう。だからキスはもうしない。ロイは心の中でそう呟く。 「キミは感度が良すぎる」 「……る、さい」 「もう、こんなに濡れてるよ、鋼の」 「……名前を呼ばないなら、黙れよっ!」 目の前に翳されたロイの指に付着した、先走りのそれ。自らのものを見せ付けられて、エドワードは顔を歪めている。うっすらと涙を溜めた瞳で睨む子供の言葉に、ロイは苦笑を浮かべた。 「そうだな、余計な会話は要らない。キミも私も、欲を満たすためだけに肌を重ねているのだし」 「…………っ!」 もう愛情の欠片もないのだと、そんな風に言ったロイの言葉に、エドワードの瞳が傷ついた色を浮かべた。 傷ついた瞳を見つめて、ロイは、それは反則だろう、と思う。 ロイの想いを切り捨てて行く者が、真実ではない言葉を鵜呑みにして傷つくのか。 傷ついているのだと言えないロイは、では、どうすればいいのだろう。 ポーカーフェイスを作り損ねて、ロイは顔を歪めた。 エドワードがロイの表情に気づいて目を伏せ、腕を伸ばして、ロイを抱きしめる。 見ないふりをする子供に、ロイはもう何度目になるのか判らない苦笑を浮かべるしかなかった。 本当のことなど、もう、必要がないのだろう。 エドワードは決めてしまった。なにもかもをひとりで決めてしまったのだ。だからロイの言葉は届かない。求めても、もう、返されるものは拒絶だけだ。 「や…ぁ、あ、あ……ぁん」 再開した指の動きに、エドワードが啼き声を上げる。 指で、唇で、エドワードの性感帯のすべてを攻めるたび、エドワードは甘い声で空気を震わせた。 ロイはヒクついているエドワードの後庭に指を埋めた。 「んっ、……ふ」 異物感をやり過ごすエドワードの弱いところを、執拗に攻める。少しずつ解れてきたところで指を増やし、指に絡みつく内壁を、丁寧に押し広げ―――物欲しげに腰が揺らめくのを見て取ると、埋めていた指を引き抜いた。 「ア……っ、い………、ぅ……あぁぁ」 エドワードが体を固くするより早く、熱く滾る自身を押し当て、一気に貫く。 苦しげな息が落ち着くのを待ち、ロイはゆっくりと腰を動かした。 異物感を堪えるような声が、甘い声に変わる。 背中に走る痛みに微かに顔を歪め、ロイはリズムを早めた。 甘く強請る声に目を細め、応えるように最奥を目指す。 ロイを包み込む内壁は熱く絡みつき、エドワードは快楽に身を委ね、白い喉を晒し、切れ切れの声を上げ続ける。 「あ……も…、もぅ、…ダ………メ、出る……ロイ、ロイ、イク…っ」 甲高く、甘い声が余韻を引いて部屋の中に溶けると同時に、ロイを締め付けるエドワードの中にすべてを吐き出した。 はぁはぁ、と、荒い息が室内を満たす。 「ん、あ……はぁ、ん」 ロイがゆっくりと熱を失ったものを引き抜くと、その衝撃にエドワードが吐息を吐き出した。 ゆっくりと開かれた金色の瞳が、ぼんやりとロイを見つめた。 「起きられるか、鋼の」 適当に身繕いを済ませたロイは、訊ねながらエドワードの背中に腕を入れ、抱き起こした。 「大丈夫か?」 エドワードの顔を覗き込むと、ぼんやりとしていた瞳が瞬きを繰り返し、徐々に力強さを取り戻した。 じっとロイを見つめているエドワードが、おもむろに口を開く。 「なぁ、たりない」 「……シャワーを浴びて、帰りなさい」 「足りないんだって、……ロイ」 「恋人ごっこは終わりだよ、鋼の。一度で十分だろう? アルフォンスが待っている」 言い聞かせるように言って、ロイは床に散らかしたエドワードの衣服を手に取った。服を手渡し、指でシャワールームを示す。 溜息をついたエドワードが、のろのろとシャワールームへと向かう。――向かう足が、ぴたりと止まった。 肩越しにエドワードがロイを振り返った。 「――覚えているつもりだって言ったら、あんたは呆れるかな?」 エドワードの問いかけに、ロイはそっと目を閉じた。 数回、静かに深呼吸を繰り返し、瞳を開ける。 情交の跡を残した肢体を晒したまま、エドワードはロイの言葉を待っていた。 ロイは静かに口を開く。 感情を込めないよう、細心の注意を払いながら言った。 「キミが今日のことを含めて、今までのことをすべて覚えていたとしても。覚えているつもりだとしても、呆れたりはしないさ。けれどね、鋼の。私は忘れるよ。忘れてしまうつもりでいる。キミは私にはなにも預けてはくれないからね」 ひゅっ、と、エドワードが息を飲んだ音がした。 ロイは素っ気なく背を向けると、戸棚の中から一本のアルコールとグラスを手に取った。 今は亡き親友が好きだった銘柄だ。 いつか。 いつか、エドワードが酒を飲める歳になったら。その時までエドワードには親友の死を黙っていて、怒られはするだろうけれど、でも、どうせならしんみりするのではなく親友の悪口でも言いあって、それで故人を偲んで、飲み交わしたいと思って買ったものだった。 もう、そんな日は二度と訪れることはないのだ。そう思うと、今日という日に開けて、飲んでしまうほうがいいような気がして……ロイは封を開けた。 「…………大佐」 「シャワーを浴びたら、帰りなさい。挨拶はいらない」 「――――…………うん」 か細い声が頷いて、部屋を出た。 閉じられた扉の向こう側、エドワードの気配がシャワールームに消えるまでを追って、……ロイは唇を歪めた。 「愛しているよ、鋼の」 目を閉じて、ロイは小さく、小さく呟いた。 「キミを愛しているよ、エドワード。だから、さっさとすべてを取り戻して、私の前から姿を消して――幸せになってしまえ」 キミの最愛と一緒に過去を清算して、幸せになってしまえばいい。 その頃には、きっと、ロイもこの国の頂点近くにいるか、頂点に就いているかして、毎日を忙しく過ごして、あまりの忙しさにエドワードのことなど欠片も思い出すことなどないだろうから。 「私の故郷でありキミの故郷であるこの国を、きっと掌中に治めて……誓うよ」 ロイとエドワードを引き合わせた錬金術が、正しく、「大衆のため」に使われる日が訪れるように。 キミが、大切な人たちと普通に当たり前に幸せで在れる場所を。 「叶えられることは、すべて、叶えよう」 エドワードが望むのならば。 胸は痛むけれど、ただの上官に。嫌味の上手い、エドワードをからかって、駒のように上手に使って仕事をさせる、嫌な上官に戻って……―――――――。 ロイがグラスの中身を飲み干したとき、玄関の扉が静かに音を立てたような気がした。 END |