Natural


 優しい手は嫌いじゃない。

 照れを隠すぶっきらぼうな言い方に、周囲の誰もが安心したように胸を撫で下ろす。
 かまいたくて、手を差し伸べたくて、けれど、向けられる好意に不器用な子供は困ったようにするばかりで、本当は迷惑だと思われているのだろうかと誰もが不安に思いながら問いかければ、その不安を一蹴する返事が返された。
 周囲はほっと息をついたのも束の間、今度は慌しく、我先にとたくさんの手でエドワードをかまいだす。
 旅の苦労を、探し物を見つけられなかった彼らを労うように、勇気づけ、元気付けるように、背中を、肩を叩き、髪をぐしゃぐしゃと掻き混ぜるたくさんの手。
 その中でも、自身の感情を隠さずに触れてくる手。
 その手が、たぶん――今のところ――一番好きな手だと、エドワードは内心で呟く。
 ホークアイ中尉が差し出してくれた温かいコーヒーを受け取り、カップに口をつけながら、エドワードは一番後に髪をかき混ぜた手の主を盗み見る。
 大きな、大人の手は、子供の自分の手より少し無骨だ。
「鋼の、どうした?」
 声も低い。
「んー、いや、なんでもない。ところで大佐」
「なんだね?」
「約束の資料は?」
「……キミほど研究熱心な錬金術師は知らないな。もう少しゆっくりとすればいいのに」
「毎回同じこと言わせるなよ、大佐。オレは一秒でも早く」
「ああ、解っているよ」
 苦笑混じりに呟いたロイは、エドワードを手招いた。
「私の執務室に用意してあるから、取りに来なさい」
「はいはい……っと」
 カップの中身を飲み干して、エドワードは立ち上がった。
「じゃあ、行ってくる。アル、待っていてもいいし、図書館に行くなり、宿に行くなり好きにしていいぞ」
 ロイの部下たちと話に花を咲かせ始めた弟に言い置いて、エドワードはロイの執務室の扉をくぐった。
 後ろ手に鍵をかけ、前を向くと同時に、深く、息もままならない口づけをされる。
「ふ……、ん、ぁ」
 ドアを背に深く抱きこまれ、逃げられないように捉えられて、執拗に口腔内を愛撫され、エドワードの息は簡単に上がった。
「あ……大……佐」
 口づけの合間に呼ぶと、エドワードを抱きしめる腕に力が込められた。
 するりと、服の裾から男の手が侵入する。
 肌に触れた他人の体温にエドワードの体が強張ったのは一瞬で、エドワードの敏感なところを知り尽くしている手の動きに、体の力が奪われる。
「ぁ……や」
 無意識に高い声が零れるのと同時に、ドア越しに楽しそうな笑い声が弾けた。
「職務中だというのに」
 苦く零れたロイの言葉に、エドワードは呆れた眼差しを向けた。
「大佐だって職務中だろ。人のこと言えない――つーか、あんたのほうがダメじゃん。こんなことして不謹慎」
「それを言うなら、鋼の、キミもだ。……ああ、ほら、もう濡れているよ?」
 エドワードのズボンの中に指先を侵入させ、ロイは指を濡らすものにくつくつと喉を鳴らして笑う。
「キミだって職務中なのに、キスだけでこんなに感じているじゃないか。不謹慎はお互い様だろう?」
「ば……か…やろ…う! や、ぁ……」
 エドワードの欲望を性急に追い上げるロイの指先に、抗議の声を中断された。
 軍服を皺になるほど握り締め、顔を伏せたエドワードの唇から、押さえ切れない甘い声が零れる。
「鋼の」
 銘を呼ぶとエドワードが顔を上げた。
 恥ずかしそうに、しかし、快楽を隠しきれていない表情がロイを見つめる。
 僅かに開いた唇から覗く赤い舌に誘われるまま、ロイは口づけた。
 エドワードのズボンを下着ごと下ろし、脱がす。扱く手を早めて解放を促してやれば、若い性は呆気なく弾ける。
 悲鳴のような喘ぎ声を口づけで封じたまま、濡れた指先で双丘の狭間を探った。
 侵入した指先に驚いて、エドワードはぐい、っと、強く両腕を突っ張って、ロイから身を離した。
「最後までヤル気かよ?」
 ちらりと背後を窺って、エドワードは困惑したように眉を顰め、囁き問う。
 ドアを隔てた向こうでは、楽しそうな声。
 差し迫った仕事もないせいか、普段は職務に忠実なホークアイ中尉の叱咤の声も上がらない。
「我慢しろと?」
 言いながら腰を押し付けられて、エドワードの顔は赤く染まった。
 隠さない欲望。
 偽りきれない、本心。
 内壁で蠢く指先はエドワードの快楽のポイント掠め、焦らす。
 消しきれない快楽の炎に、エドワードは緩く腰を揺らした。
 軽く吐息をついて、エドワードは苦笑う。
 身体に灯った炎は熱くなるばかりで、それは気持ちも一緒に熱くさせる。
 会えない間に枯渇しそうになったすべてを潤してしまわないと、満たされない。
 抱きしめ、愛し合って、奪い合うように、与え合うように互いを求めて、溺れて、気持ちも欲望も満たしてしまいたい。
 傍にいられる、このときに。
 自然に生まれる、募るばかりの思慕を、情欲を、満たしてしまわない限り、離してもらえないことを、また離れられないことをエドワードも知っている。
 いつでも、会いたいときに会えるわけではないから、なおさら。
「確かに……我慢できない……かな?」
 苦笑を滲ませて言ったエドワードは、ロイの上着とシャツのボタンを外して肌蹴させ、鍛えられた肌に一度だけ口づけを落とすと、首に両腕を回した。
「……聞こえちまうかな……?」
 心配そうに背後を気にするエドワードに、ロイは気障っぽくウインクしてみせる。
「大丈夫だよ。キミの可愛い喘ぎ声を、他人に聞かせるわけがないだろう。そこまでサービス精神に溢れていないよ」
「大佐の独占欲には感服するつーか、呆れるつーか」
「お褒めに預かり、光栄至極」
「褒めてないって……ああ、でも、あんた以外によがり声聞かれるのは勘弁かなぁ、オレも」
「そんな可愛らしいことを言われると、みんなの輪の中にも、弟の元にも帰せなくなりそうだ」
 冗談と本気を適度にミックスさせてそう言うと、ロイはエドワードの甘い声を飲み込むように口づけた。
 蕩けきったエドワードの秘所を、ロイの欲望がゆっくりと貫く。
 緩急をつけて、ロイはエドワードの弱いところを攻め立てた。
 甘く強請りたい声は封じられて、余すところなく口腔内を舌で愛撫され、エドワードのナカまでも支配するロイを、エドワードは強く抱きしめる。
 もっと、と、声に出せない求めを、抱き寄せることで、舌を絡めることで伝えると、ロイの欲望が大きくなった。
 侵食する律動が早くなり、エドワードの肌を辿っていた指先の感触を忘れる。
 限界を感じてロイに抱きつく腕の力を強めると、さらに追い上げが早くなった。
 互いの肌の間で育ったエドワードの欲望が弾け、ナカのロイを締め付ける。
 ナカにいるロイをリアルに感じると同時に、熱い飛沫が注ぎ込まれた。
「……っ」
 悲鳴までも飲み込んだ口づけから解放され、エドワードは荒く息をつく。
 ドア越しには、変わりなく、談笑のさざめき。
 飲み込みきれずに溢れた唾液を、ロイの指が拭った。
 そのまま顎を取られて顔を上げられ、嘯くように言われる。
「どうしたものかな、鋼の。まだ……キミが足りない。キミがここに滞在している間、本気で私の腕の中に閉じ込めてしまおうか?」
 ロイの漆黒の瞳の中に生まれた強い感情ごと見つめ返しながら、エドワードは挑発的に笑った。
 笑って、言う。
「オレを本気で閉じ込められると思うなら、やってみればいい」
 エドワードにそう返されて、ロイは愉しげに笑む。
「私を焚きつけて……相変わらず怖いもの知らずだな、鋼の」
「簡単に閉じ込められるつもりはないぜ。……でも、あんたが足りないのはオレも一緒だし」
 愛しいと想う人を前に、自然に生まれる欲求を満たしあうのも悪くはないんじゃないのかと、エドワードは笑って言って、ロイの唇に噛み付くようなキスを仕掛けた。


                               END


お知り合いに差し上げたロイエド、エロ話。
書いて半年以上過ぎたので、UPしても問題ないかと
思ったので、UP
甘い話をリクされた記憶が……。
頑張った、わたし!!(自画自賛)