〜Sweet night


 成長途中の恋人の腰は、ロイの片腕だけで十分抱き締められるほどに細くて、ときどき、壊してしまいそうだと本気で思う。
 ロイのしかけたキスに恥ずかしそうに目を閉じて、エドワードが拙いながらも応えてくる。
「ん、……んん、……ふっ」
 吐息まで奪う深いキスに、エドワードが苦しそうに眉根を寄せる。
 それに苦笑を零して、ロイはエドワードの唇を解放した。
 キスの名残の銀糸が、ロイの欲を加速させる。
「鋼の」
 呼び慣れた銘を、そっと囁く。
 キスで蕩けた金の双眸が、迷うように逸らされたのは、一瞬。
 かすかな頷きのあと、エドワードがロイの唇に触れるだけの口づけを落とした。
 それが、はじまりの儀式。



 デスクの上に散らばった蜂蜜色の髪が、デスクライトの光を受けて、キラキラと光っている。
 その髪の一筋を指に絡め、戯れのように口づける。
「……ロイ」
 甘く掠れた声でせつなく呼ばれて、ロイはエドワードを宥めるように甘く鳴く唇に口づけた。
「ん……ぅ」
 触れるだけの口づけはお気に召さなかったのか、珍しく、エドワードから深いキスをしかけてくる。
 ロイの口腔の中に舌を忍ばせ、慣れない仕草で舌を絡め取ろうとする。
 それを微笑ましい気持ちで受け入れていたロイは、けれど、すぐに主導権を取り戻した。
 角度を変えて深いキスを続けながら、屹立した胸の飾りに手で触れた。
 とたんにエドワードの肢体がぴくりと跳ねる。
「相変わらず敏感だ」
「うるせ……」
 揶揄を含んだロイの声に悪態をつくエドワードの頬が、うっすらと赤い。
 行為に慣れきらない初々しさと、意地と虚勢を張る本来のエドワードらしさ。そのアンバランスさはロイを楽しませる。
 的確にエドワードの弱いところを攻めるロイの愛撫に、エドワードの濡れた声が甘さを増す。
 健康的に日焼けた喉が仰け反って、ライトの光を反射した。
 その艶かしさに誘われるように、唇を近づける。
 吸い付いて、うすく鬱血の痕を残した。
「……ば……か。大佐、――ロイ、痕……つけんな」
「もう遅いよ、鋼の」
 軽く睨みつける恋人に飄々と言い返すと、甘い空気を壊す舌打ちが返された。
 気分を害したように眉根を寄せて、けれど、エドワードはロイの手から逃れる素振りは見せなかった。
 もっとも、快楽に溺れた肢体は力を失い、起き上がることも億劫な動作だろうけれど。
 ロイに対するせめてもの反抗のつもりか、エドワードが、甘い声を封じるように唇をかみ締めた。
 それに気づいて苦笑を零し、ロイは、エドワードの唇を解くように指でなぞった。
 とたんに零れる嬌声。
 それに気を良くして、ロイは立ち上がっているエドワードのそれに触れた。
 過剰な反応を返して、エドワードの体が弓なりにしなる。
 しっとりと汗ばんだ体がライトを反射して、きれいだった。
 一瞬、視線を奪われる。
 ロイがエドワードの体を開くたび、色香が増す。
 無視できない艶やかさが、エドワードに備わっていく。
 もともと目立つ容貌をしている子供だ。行く先々で事件に巻き込まれて大騒動を引き起こすのも、案外、喧嘩っ早いエドワードのせいだけとはいえないような気がした。
 もしもそれが本当に、騒動の半分の理由を占めているというのなら、ロイがエドワードを抱かなければ、騒動の半分は治まるような気がしないでもないが……、愛しい存在を前に我慢がきくほど、ロイは精神的に大人になりきれていない自分を自覚している。
 通りすがりの誰かを相手にするのなら、いくらでも理性は働き、我慢はきくのだけれど。
 解放を求める吐息の忙しさに気づき、下肢を弄る手の動きを速める。
「あ……っ、く……ああああぁっ」
 掠れながらも甲高い声が、静かな執務室の中に響いた。
 ロイの手をしとどに濡らした白いそれを、ぺろりと舌先で味わい、「やっぱり甘いな」と呟きを落とすと、呼吸を乱しながらもエドワードが眉を顰め、
「ばか、変態。んなもの舐めるなって、いっつも言ってるだろ」
 そう言った。
 怒ったような表情のエドワードに肩を竦め、ロイは悪態を聞き流しながら、濡れた指先を、固く閉ざされた蕾に移動させた。
 ロイを迎え入れる場所に触れると、ぴくりとエドワードの肢体が震えて、緊張する。
 宥めるようにキスと愛撫を繰り返し、ゆっくりと、傷つけてしまわないよう気遣いながら、指先をそっと進入させた。
「………っ」
 エドワードが苦痛を噛み殺す、声。けれど、噛み殺しきれなかった音に気づいて、ロイは
「すまない」
 と囁いた。
 ふるふると、かすかに横に振られる首。
 どれだけ気遣っても、苦痛を与えてしまう。負担をかけている。
 それが解っていても、ロイは欲望を抑えきれない。抑えきる術を持たない。
 言葉だけでは伝えきれない想いを、体を重ねることで伝えようとしているのだという言葉は、言い訳に過ぎないことも解っているけれど……。
「ロイ」
 目元を赤く染めたエドワードに呼びかけられて、ロイはいまだ快楽だけを感じられていない幼い顔を見つめた。
「ロイ、オレも望んでるんだってこと、忘れてないか?」
 苦笑混じりにエドワードがそう言って、ロイは、怪訝な顔つきをしてしまう。
「鋼の?」
「オレも、ロイに触れられたいし、触れたいって思っていること、忘れんな!」
「……ああ、そうだったな」
 強要したわけじゃなく、ふたりが望んで体を重ねていること。抱きしめあっていること。
 それを忘れがちなロイに、エドワードはいつも言葉をくれる。
 苦痛も、痛みも、たいしたことじゃない。そう思ってしまえるほどの触れ合いを望んでいることを、言葉で、態度でくれる。
「キミが好きだよ、鋼の」
「ん。オレもロイが好きだぜ」
「……珍しいな、キミがそんなことを言ってくれるなんて」
「一年に一回の特別、な?」
 華やかな笑みを浮かべてくれたエドワードの唇にキスを落とし、ロイは、進入させる指を増やした。
 ゆっくり、ゆっくりと、エドワードの中を押し広げ、もう一本指を増やし、ロイを受け入れやすいように、蕾を蕩けさせる。
 弱いところを重点的に突き、はぐらかし、エドワードの腰が自然に揺れ始めた頃、ロイは指を一気に引き抜いた。
 その衝撃か、その後への期待か。
 甘い声がロイの耳朶に届く。
 猛った自身を蕾に押し当て、細心の注意を払い、時間をかけてエドワードの中に自身をおさめた。
 合意の上の行為でも、わずかな傷もつけたくない。
 そんなロイの心情をわかっているのか、半ば蕩けた意識であるにも関わらず、エドワードは良く苦笑めいた笑みを浮かべながら、ロイを受け入れてくれる。
 ロイを包み込むエドワードの内壁は、相変わらず熱く、甘くロイを締め付ける。
 エドワードが落ち着くのを見計らい、ロイは、緩く抜き差しを始めた。
「ふ……んん、あっ、あ……ぁ」
 ロイが動くたびに零れる嬌声。
 しがみつくようにロイの背中に回された手。仰け反る首筋。
 執務室に響き渡るエドワードの声は、どこまでも甘くて、せつなかった。
「……イ、ロイ……ぅ…ああ、あん……い……い」
 快楽に従順に、エドワードが「イイ」と。「もっと」と声を上げるたび、ロイはそれに応えた。
 エドワードが一番感じる場所を突き上げて鳴かせて、焦らして、鳴かせて。
 お互いに快楽を追いかけて、乱れて。
 奪いつくすように。
 与え合うように、抱きしめ合う。
「あ、……も、や……ぁ、ロイ、ロイ……ダメ……ん、んん」
 顔を左右に振り、エドワードが限界を訴えかけた。
 触れられるすべての場所にキスの雨を降らしながら、ロイは
「一緒にイこうか、鋼の?」
 エドワードの締め付けに呼吸を乱しながら、囁いた。
 こくこくと、言葉を発する余裕を失ったらしい様子で、恋人が頷いて、痛いくらいにロイの背中に爪を立てる。
 もうこれ以上は無理だという無言の訴えに、ロイは腰の動きを早くした。
 共に高みを目指す。
 互いの忙しない息遣いが室内に満ち、その合間に淫猥な水音が聞こえる。
 喘ぐエドワードの声が、せつなさを増した。
 締め付けが増して、ロイは殺しきれない声を唇から零す。
 エドワードが小さく笑いながら「色っぽいな」と呟いた。
「ずいぶん余裕だな、鋼の」
 わざとポイントを外し、動きを緩やかにすると、しがみつく力が強くなり、「もっと」と強請られた。
 絞りとられるような動きが、たまらない。
「くっ」
「……ロイ、ロイっ、も、ほんと……だめ」
「ああ……、私も限界だ」
 ロイは言いながら、エドワードの最奥を突き上げた。
「あ――…く、…ぅああああああっ」
 一際高い声を上げ、エドワードが果てるのと、ロイが果てるのはほとんど同時だった。


「平気か?」
 互いの呼吸が収まった頃、ロイはエドワードの体を抱き上げた。
 硬いデスクに擦られたせいで、エドワードの背中が少し赤くなっている。
 それに眉を顰めたロイに、エドワードは大丈夫だと笑った。
 ロイの腕から逃れた恋人が、ゆっくりと地面に足をついたとたん、顔を顰める。
「……シャワー室、開いてるかな?」
「不本意ながら私は泊まりでね。シャワー室は開けさせてあるから、心配することはない」
「そっか、じゃあ、シャワー浴びられるな」
「手伝おうか?」
 身繕いを済ませたロイは、ニヤリと笑ってそう言った。
「……シャワールームでヤらねぇって約束するなら、一緒に入ってやってもいいけど?」
 にや。
 悪戯めいた笑みを浮かべた恋人がそう言って、ロイは目を見張った。
「冗談は大概にしろ」と怒鳴られるのを予想していたのに、それを裏切るエドワードのつねにない甘い誘惑に、驚くなというほうが無理だろう。
「本当に……今日はどうしたんだ、鋼の……」
 呆然と問いかけると、エドワードが頬を染めた。
 ロイの視線から逃れるように顔を背けて、わずかに逡巡を見せたけれど、すぐにロイに視線を戻したエドワードが、
「一年に一度の夜が明けるまでは、ってことで」
 蕩けるような笑みを浮かべて言った。

                     END