Calling phone


 夢現に聞いた音に、眠りの底辺を彷徨っていた意識が浮上する。
 風に揺れたカーテンの、その隙間から忍び込む光がロイの目に眩しく映った。
 光の強さにいま一度瞼を落とし、瞳の奥の光の残像が消えるのを待つ。
 そんなロイの耳に届く、コール音。
 根気良く部屋の主が受話器を持ち上げるのを、待ち続けているらしい。
 うるさいな。そんなことを一瞬思ったロイは、はっと目を見開くと、ベッドサイドに置いた時計を見て、飛び起きた。
 時計の針は十時半を回っている。
「しまった!」
 思わずこぼれた呟き。なり続けるコール音。
 血の気が引いた顔で、ロイはベッドから飛び出した。
 靴を履くのももどかしく寝室を飛び出し、ロイを呼び続ける電話へと急ぐ。
 勢い良くリビングの扉を開け、鳴り止む気配もない電話の受話器を持ち上げた。
「もしもし!」
 勢い込んでそう言うと、返ってきたのは一瞬の沈黙。
「…………鋼の?」
 恐る恐る問いかけると、ぱたんと小さく聞こえた音。
 本を閉じた音だと気づくと同時に、
『おはよう、大佐』
 怒っていない、ただ呆れている声。
「すまない」
 素直に謝罪の言葉を口にすると、聞こえたのは溜息。それから、
『いいよ、昨夜は遅かったんだろ?』
 労わる言葉。
「すまない、すぐそちらに行くよ」
 言いながら時計に目を走らせ、エドワードとの待ち合わせの場所までの時間を計算する。
 顔を洗って、着替えをして、家を出て。
 全力疾走すれば、ざっと計算して三十分弱。
 ある程度の計算をし終えたロイの耳に、
『いいよ』
 エドワードのそんな声が届いた。
「鋼の?」
 もしかして、今日のデートはやめよう。そう言われるのかと思ったロイの耳に、
『オレがそっちに行く。て言うか、もう近くまで来てるんだけど』
「近くまで?」
 聞き返しながらロイは近くに設置されている電話ボックスを、思い浮かべた。
 ロイの家から歩いて十分ほどの場所に、ひとつ。
『あと十分くらいでつくから、大佐、顔を洗って、鍵を開けて待ってろよ』
「鋼の……」
 けれど、今日は行きたい場所があるんだと、そう言っていたはずだ。
 だから、朝早くに待ち合わせをすることに決めて……。
 ロイの呼びかけに言いたいことを察したのだろう。恋人が苦笑を交えながら言った。
『いいよ。また今度行こうぜ』
「すまない」
『謝るなよ。あんたらしくねえよ』
 気色悪い。
 そんな暴言が聞こえてきたけれど、二時間も遅刻をしている身では反論もできない。
 甘んじて暴言を受け、ロイは、心の中で「すまない」ともう一度詫びて、
「鋼の、待っているよ」
 と告げた。
『おう! じゃあ、あとで……』
 そう言ったエドワードの言葉に頷き、電話を切ろうとしたロイの耳に、エドワードの慌てた声が届いた。
 離しかけた受話器をもう一度耳に当てなおし、
「どうした。鋼の」
 問いかけると、
『朝食、買ってあるから。大佐、おいしいコーヒーの準備をよろしく!』
 どこか弾んだエドワードの声に、ロイは「了解した」と小さく笑った。
「待っているよ」
 もう一度そう告げて受話器を置き、ロイは、エドワードがこの家に辿り着くまでに、さて、おいしいコーヒーの準備はできるだろうかと小さな溜息を零した。


                                    END