シルヴァ



 意地悪くニヤニヤと笑っている青年を、アンジェリークは上目遣いに睨みつけた。
 転生して少しはましな性格になったかと思いきや、拍車がかかっているようにしか思えない。
 イイ性格にまで磨きがかかっているなんて、詐欺だ。
 そんな感想をアンジェリークは抱いていた。
「どうした? つけてみたいんだろ?」
 愉しそうに言いながら、意地悪な表情のまま、言葉もなく立ち尽くしてしまったアンジェリークの顔を覗き込んでくる。
 青年――――アリオスの言葉一つ、態度一つが、本当に憎たらしい。
 ムッとした顔でそっぽを向いてから、アンジェリークは慎重に口を開いた。
「今日はいいわ。やめとく。それ、この服には似合わないから!」
 今着ているのは可愛らしいデザインの、ピンクのワンピースドレス。それにアリオスが身につけているシルヴァのチョーカーは笑えるほどミスマッチだ。
 だから遠慮するのだと言外に告げると、アリオスが鼻白んだ様子で肩を竦めた。
「ああ、まぁ、確かにな。そのひらひらした服に、コレは似合わねーな」
「でしょ? だから次に来るとき、それが似合うような服を着てくるから、そのときにつけさせて?」
「次って……お前、次も来る気か?」
 少しだけ呆れた口調でそう言われて、アンジェリークは表情を曇らせた。
 さっと血の気が引いたのが判った。
 再会できた嬉しさに、有頂天になりすぎていたのだろうか。
 会えることが嬉しくて。
 一緒にいることが楽しくて仕方なかったのだけれど、もしかしたらアリオスは違ったのだろうか?
 独りよがりの自惚れだったのだろうか。
「――――迷惑……だった?」
 恐る恐る尋ねると、アリオスが怪訝な顔をした。
「いや? 忙しいんだろ? なのにここに来るのに無理をしてるんじゃねぇかなって、そう思っただけだぜ。――――って、なんだよ、まさか誤解したのか? 俺が迷惑がっているって?」
 馬鹿だな、と、言葉に割に優しい声で言って、アリオスがアンジェリークの長くなった髪を指で梳く。
 とくん、とアンジェリークの胸が鳴った。
「また、来いよ」
 髪が指先からすり抜けてしまう前に、それに口づけられて、心拍数が跳ね上がる。
 こんな不意打ちに翻弄されっぱなしだ。
「ここで、待ってる」
「う……うん」
 アリオスを真っ直ぐに見返せなくなってしまったアンジェリークは、俯き加減に頷いた。
 さらさらと、アリオスの長い指先が髪を弄ぶ。
「アンジェリーク」
「え? な、なに?」
 呼ばれて慌てて顔を上げたアンジェリークは、思案気なアリオスの様子に首を傾げた。
「お前、シルヴァアクセサリーの合う服なんて持ってるのか?」
「あ…………」
 言われて初めて気づいた。
「持ってない…………」
 呆然と呟いた。
 うっかりしていた。
 クローゼットの中の自分の洋服を思い出してみて、僅かに頬が引きつってしまう。
 見事なまでに可愛い系の服ばかりだ。
 色も、暖色系。
 ピンクだとか黄色系が多い。
 寒色系、特に黒やグレイは一着も持っていない。
 別の服のときに試すもなにも、今持っている服の中でシルヴァアクセサリーの似合うものはない。
「も、やだぁ」
 ドジすぎる。
 呆れられても仕方ない、とアンジェリークは盛大な溜息をついた。
「仕方ねーか」
 馬鹿にする風でもなくアリオスが言った。
 アンジェリークはそっと顔を上げてアリオスを見つめる。
 てっきり馬鹿にされるかと思っていたのに、そんな様子はない。それどころか妙に納得した雰囲気で頷いている。
「あの、アリオス?」
 不思議に思いながら問いかけるように呼ぶと、アリオスがちらりとアンジェリークを見た。
 どこか淋しそうな瞳だった。
 それに胸を衝かれる。
 どうしてそんな淋しそうな顔をするの?
 そう問いかけたくて、でも、その問いを口には出来なかった。
 大きな掌がアンジェリークの頬を包み込む。
 どこか諦めを含んだ声音で、アリオスが言った。
「……慈愛に満ちた天使に、黒は似合わないよな?」
 アンジェリークはその言葉に言葉を失った。
 そんなことはない。
 違う、と否定したかった。なのに、封じ込められでもしたように言葉がでない。
 やっと絞り出した声は、ひどく掠れていた。
「そんな言い方……」
「気に障ったか?」
「そうじゃないわ! 一線を引くような言い方しないで欲しいだけ。淋しい気持ちで言わないで欲しいだけよ」
 クッ、とアリオスは皮肉げに口元を歪めた。
「事実は事実だぜ、アンジェリーク」
 決め付けるように言うアリオスに、アンジェリークは怒った表情を向ける。
 アリオスが軽く目を瞠った。
 怒る、というのが予想外の反応だったのだろう。
「違うわ!」
 きっぱりと否定して、アンジェリークは息をついた。
「個人に似合うか、似合わないか。あとは好みの問題でしょう? 天使だからとか、女王だからとか、そんなことじゃないわ。関係ないことよ。関係ないのよ、アリオス」
 簡単で単純なことよ、と切ない気持ちでアリオスを見つめる。
 アンジェリークの視線に耐えられなかったのか、アリオスが視線を外した。
 アンバランスな人。
 人をからかうときは果てしなく意地悪なのに。
 脆い部分なんて、全然感じさせないのに。
 一番肝心なときに。デリケートな部分で、意外に弱気で崩れやすい。
 守りたい、人。
 ずっと、そばで守ってゆきたい人。
 踏み込んでくれないなら、こちらから踏み込んであげる。
「アリオス」
 そっと呼んで、アンジェリークは腕を伸ばした。
 微笑んだ瞳の先でアリオスの瞳が驚きに見開かれている。
 するりとアリオスの首に腕を巻きつけて、引き寄せて、寂しさを隠しきれない瞳を覗き込んだ。
「あなたが大好きよ。あなただけが、本当の意味でわたしの――――半身」
 囁いてから唇を触れ合わすだけのキスを送る。
 包み込むように。
 抱きしめてる想いごと、伝わるように、そう願いながら。
「ひとりで完結してしまわないで? わたしが傍にいることを、忘れないで。大好き」
 言って、アンジェリークはチョーカーにも口づけた。
 唇に残った冷たい感触は、しかしすぐに熱い感触に溶けて消えた…………。




                                                  終わり


 


ええっと、これは非売品の本だったような気がする。アリアン好きの、普段お世話になっている友人にだけ
渡したものだった、はず。