First

 深夜のリビングに鳴り響いた電子音に、御堂の腕の中の体が、驚いたようにびくりと跳ねた。
 深夜という時間に遠慮することなく、むしろ自己主張しているかのようになり続けるその電子音の元、テーブルの上の携帯電話を、御堂と克哉はしばらく無言で見つめていた。
 そろそろ十回目のコール音が響こうというときになって、はっとしたように克哉は御堂の腕の中から抜け出す。
 そして慌てて携帯電話を取り上げ、通話ボタンを押す。
 ディスプレイに表示されていた名前に困惑しつつ、
「もしもし」
 と声を出すと、
『克哉か?』
 テンションの高い声が聞こえた。
「本多……」
 相変わらずだなと思いながら、克哉は苦笑混じりに親友の名前を唇に乗せた。
 克哉の唇が紡いだ名前に、御堂の眉間に皺が寄る。
 不機嫌も露わに、御堂は克哉の手の中の携帯電話を睨みつけた。
 年末の、それも真夜中に、いったい克哉に何の用だ!? そう怒鳴りつけたくなる気持ちを押さえつけ、御堂は面白くなさそうに耳をすませる。
 本多の大きな声は、けれど、御堂の耳には届かなかった。
 いったい何の内緒話があるのか、声のトーンを落としているらしかった。
 御堂の機嫌が悪くなった気配を感じつつ、けれど、用件も聞かないうちから電話を切ることもできず、克哉は居心地の悪い気持ちのまま問いを唇に乗せた。
 本多からこんな時間に電話をもらう理由が、さっぱり思いつかない。
 なにか約束をしていたわけでもないし。
「こんな時間にどうしたんだよ、本多」
『夜中に悪いな。でも直接言いたかったからな』
「言いたかったって、なにを?」
 本多の言葉にきょとんと目を瞬き、克哉は首を傾げた。
 たぶん、その気配を感じ取ったのだろう。苦笑したらしい吐息が、受話器越しに聞こえた。
 なんだよ、と、重ねて問いかけようとした克哉の耳に、
『誕生日おめでとう、克哉』
 どこか照れくさそうな親友の声が聞こえた。
 驚いたように目を見張った克哉は、嬉しそうに目元を緩め、微笑する。
「ありがとう、本多」
『ああ。悪かったな、こんな時間に。やっぱりメールじゃ味気ないと思って。久々に声も聞きたかったし、親友としては一番に祝いたいじゃねーか』
「いや。びっくりしたけど、嬉しかったよ。ありがとうな」
 そういえば、毎年電話をもらっていたと思いながら、克哉は言った。
 受話器の向こうで、気にするなよというように、
『どういたしまして。また暇があれば飲みに行こうぜ』
 本多がそう言った。
 それにこくりと頷きながら、
「うん。またな。――おやすみ、本多」
 克哉は御堂の機嫌を気にして、早々に電話を切り上げた。
「こんな時間に、あいつはキミに何の用だったんだ?」
 克哉が電話を切ると同時に、御堂は顔を顰めたまま問いかけた。
 拗ねたような口調の御堂を振り返り、克哉は言う。
「今年もお祝いの言葉を。毎年、律儀に電話をくれるんですよ」
 克哉の言葉に、御堂は眉を顰めた。
 怪訝な声音で、
「お祝い? なんのお祝いだ」
「ええ。オレ、今日が誕生日なんです」
 問いかけた御堂の耳に、あっけらかんとした答えが返されて、御堂は呆然と告げられた言葉を呟いた。
「誕生日、だと?」
「はい」
「今日……三十日……いや、日付は変わっているな。ということは、三十一日が、キミの誕生日ということか!?」
 ぎょっとしたように叫んだ御堂に、
「ええ、そうですよ」
 と、御堂の態度を不思議そうに思っているらしい克哉の言葉に、御堂は苦々しい顔になった。
 御堂は小さく舌打ちをする。
 言わない克哉も克哉だが、聞きそびれていた自分にも腹が立つ。
 大事な恋人の誕生日を、よりにもよって、気に食わない本多からの電話で知ることになろうとは。
 しかも、本多なんかに先を越されるとは、大失態だ。一生の不覚かもしれない。
 ぎり、と奥歯を噛みしめ、眉間の皺を深くした御堂は、
「御堂さん?」
 窺うような克哉の言葉に、はっとなった。
「克哉」
 怒った口調にならないようにと気をつけながら呼びかけると、
「はい?」
 不思議そうに御堂を見返してくる。
 無防備なその表情に、御堂は小さく息をついた。
 何度「無防備だ」と言い聞かせても、注意を促しても、効果がない。
 いくら御堂が恋人でも、克哉はあまりにも無防備すぎて……。
 そのくせ変なところで、いまだに遠慮する。欲張っていいところで、引いてしまう。
 じれったくて、思わず御堂が強硬手段をとったのは、一度や二度じゃなかった気がする。
 はぁ、と、溜息を一つ零して、御堂はもう一度克哉の名を呼んだ。
 それから、詰問口調にならないように気をつけながら、問いかけた。
「私は今日がキミの誕生日だと、知らなかったのだが?」
「ええ、でしょうね。オレ、御堂さんには言っていませんから」
 御堂の問いかけに、克哉は困ったように頷いた。
 克哉の答えを聞いた瞬間、御堂がなんとも言えない顔をした。
 怒りたいような、傷ついたような、悲しいような。いろいろな感情の混ざった御堂の表情に、克哉の困惑は深くなる。
 そっと御堂の頬に手を伸ばし、克哉は笑いかけた。
「御堂さん、今日って大晦日なんです」
「それがなんだ」
 それがどうした。それが教えなかった理由になるのか、と、拗ねた子供のような御堂の眼差しが、克哉に向けられる。
 克哉は苦笑を零して、
「言えないんですよ」
 囁くように言った。
「大晦日って、みんな、バタバタしているじゃないですか。なかなか言い出せなくて――オレ、自然と、大晦日が誕生日だってことを周囲に主張しないようになっていたんです。黙っていたのは、わざとじゃないんです」
 言わないことが当たり前だった、それだけ。 
 そう言って笑う克哉に、御堂の表情はさらに苦々しくなった。
 付き合いはじめた頃に比べれば、克哉は自分の意見を言うようになったし、我儘とはいえないような我儘も、少しは言うようになった。
 それでも、まだ、遠慮が先だ。
 御堂は溜息をつく。
 恋人である御堂に、もっともっと甘えればいい。我儘を言えばいい。
 御堂がそう言うたびに、克哉はくすぐったそうに微笑んで、
「オレ、御堂さんに十分、甘えています。我儘も言っています」
 そう言う。
「なぜもっと甘えない」「甘えている」「言っていない」「言っている」の堂々巡り。平行線。
 永遠に決着がつかない気のする言い合いを、けれど、今日は言いたくなくて、御堂は克哉が遠慮をしていると感じるたびに口にしていた言葉を、飲み込んだ。
 かわりに、
「克哉」
 と、呼びかける。
「なんですか、御堂さん」
 ことりと首を傾げた克哉の瞳を絡め取るように、御堂は視線を合わせた。
 一番に言われたときに比べれば、嬉しさも感動も半減だろう。そう思いながら、けれど、言わずに済ませられない言葉を、御堂は口に乗せた。
「誕生日、おめでとう」
 御堂が一音一音大切に唇に乗せた言葉に、克哉が驚いたように目を見張った。
 じっと御堂の瞳を見つめる克哉の瞳が、ふわりと緩んだ。
 克哉は御堂から贈られた言葉に、胸がいっぱいになった。
 幸せな感情に自然と頬が緩むのを感じながら、微笑を浮かべた。
「ありがとうございます」
 もっと気のきいた言葉が言えればいいのに。そう思うけれど、嬉しさでいっぱいになった克哉の中には、ありきたりな言葉しか思い浮かばない。
 御堂を見つめたままでいると、腰を引き寄せられた。
 お互いの顔が近くなって、触れるだけの口づけが唇に落とされた。
「……本多なんかより先に、言いたかったんだが」
 本気で悔しそうに呟いた御堂に、克哉は苦笑を零した。
 ときどき、本当に子供のような我儘を口にする御堂が、とても愛しかった。
「順番なんて……オレは御堂さんからもらえた「おめでとう」が、一番、嬉しいですよ」
 克哉がそう言うと、御堂が憮然とした顔をした。
 どうやら、御堂は不満らしい。
「キミはそう言うが、やはり私としては、誰よりも早く、一番にキミに言いたい。それがキミのためにだけ告げる言葉なら、なおさらだ」
 拗ねたような口調でそう言った御堂に、抱きしめられる。
「克哉。キミを幸福にできる言葉のすべてを、言葉以外のものでも、私は誰よりも早く贈りたいんだ。どんなときでも。それが恋人である私の特権の一つだろう?」
「御堂さん……ありがとうございます。そう言ってもらえて、オレはとても嬉しいです」
 克哉はうっとりと目を閉じる。
 克哉が目を閉じると同時に、深いキスを仕掛けられた。
 貪るような、奪うような、それでいて優しく与えられるような、情熱的なキス。
 そのキスの合間に何度も囁かれる「おめでとう」の言葉は、やがて途切れて、互いを求める熱へとかわった。

                                  END

ノーマル克哉ハピバ創作。祝っているんだか、なんだか(苦笑)。とりあえず、御克。
克哉の性格だと、自分の誕生日を教えないような気がして。
御堂さんはそのへん、きっちり調べていそうだけど。でなきゃ言うまで、知らん顔していそう。
なんたって強請るまでお預けとか言う人だし(笑)。
とにもかくにも、誕生日おめでとう、W克哉さん!ってことで。