二律背反
序
浅い眠りと、内容も思い出せない夢。それから覚醒。 まともに眠れない日々に、克哉の精神は磨耗され、疲弊しきっていた。 もともと眠りは浅かったし、夢もよく見た。その内容はほとんど覚えていない。――これまでの生活パターンと変わっていないのに、ここまで疲れ果てているのは、やはり、御堂への「接待」のせいなのだろう。 暗闇に慣れた目を、ぼんやりと天井に向ける。 一週間も過ぎているのに。それなのに、まるでついさっきのできごとのように、鮮明に思い出せてしまう。 「ぐ……っ」 胃から込み上げてくる物を堪えるように、克哉は手で口元を覆った。 強く目を瞑り、不快感をやり過ごす。 荒くくり返していた呼吸が、少しずつ落ち着き、なんとか吐き気がおさまると、克哉は大きく肩で息をした。 そして、ベッドに横たわる。 夜の静寂の中で、ベッドの軋む音が大きく響く。 眠りたいと思った。 深く、深く。夢も見ないほどの深い眠りの中に落ちてしまいたい。 けれど、眠れないことは良く判っていた。 いつから、こんな風に眠れなくなったのだろう。 どうして、眠れなくなったのだろう。 なにか原因があるはずだと思いながら、けれど、さっぱり思い出せない。 そういえば、と克哉は目を瞑りながら思った。 あまり良く覚えていない時期がある。 ぼんやりと。曖昧にしか、思い出せない。 (桜……と、あとは、冷たい雨……の、イメージ?) 心地好いイメージではなかった。 どちらも心を軋ませるイメージだ。 ひどく、苦しい。 「なんだろう……」 気になるイメージ。なんとか思い出そうとし、けれど、克哉の頭と心はそれを拒絶するように、それらを霧散させた。 急激に眠気が襲ってくる。けれど、きっと、また浅い眠りの中をたゆたうだけなのだろう、とうんざりしながら、克哉はとりあえずの眠りに身を任せた。 |