05

 売り上げの報告と、新規展開した店舗への発注数。すでに契約済みの店舗への追加発注、客層の調査集計。
 諸々の報告を兼ねたミーティングが終わり、克哉はほっと息をついた。
 こめかみに残っているかすかな痛みが、集中力を削ぐ。
 薬は残っていただろうかと鞄に手を伸ばそうとしたところで、
「佐伯くん」
 と、片桐の心配そうな声に名前を呼ばれた。
「はい?」
 椅子から立ち上がっている上司を、克哉は見上げた。
 眉根を曇らせた片桐が、「体調が悪いですか?」と問いかけてくるのに、克哉は曖昧な笑みを浮かべて頷く。
「でも平気です。薬を飲んだら、外回りに出ます」
「しかし、顔色が悪いですよ。――なんだか、また、痩せたような気もしますし。今日は社に戻ってデスクワークをしたほうが……」
 辛そうですよ、と、心配して言ってくれる片桐の肩越しに、眉根を寄せた御堂と目が合った。
 しかし、克哉と目が合った瞬間に、御堂の視線は逸らされてしまう。
 そして、御堂はそのまま会議室を出て行った。
 克哉のことになど関心がないといったその背中に、どこかが痛んだ気がした。けれど、それを追求することなく、克哉は鞄を手に立ち上がる。
 御堂のことなど、意識しなくていい。
 関係がない。
 そう、関係がないのだ。御堂と克哉の間にあるのは取引だけで、その取引をしている間以外は、それ以外の何かは必要がない。
 特別な――取引以外のなにかがなど。
 なにかが。どこかが痛んだのだって、気のせい。錯覚だ。
 克哉が御堂に係わることで胸を痛ませる理由など、あの接待の苦しさだけで十分だ。
「……行ってきます。片桐課長、今日は……あの、……」
「はい。いいですよ。定時になったら直帰してください」
「ありがとうございます」
 克哉は片桐の言葉に、ほっと息をついた。
 体力に自信はあっても、精神的な疲労が強い今は、少しでも体を休めたい。
 たとえ、ちゃんと休めないと解っていても、少しでも長くひとりの時間を持ちたかった。
 閉鎖されたオフィスの中で、複数の――それがたとえ見知った相手だとしても、長い時間を共有することは苦痛だと思った。理由もなく、妙な恐怖感すら感じている。
 精神が悲鳴を上げそうな気がした。
 今日は定時まで、できる限り新規店舗を回ろうと思いながら、克哉は会議室を出る。
 痛む頭の片隅で、淡い桜の花が散っていた。