06
このプロジェクトが動き出してから。 正確には、佐伯克哉と取引をしてから、時間の経過が早いと感じられるようになった。 以前も、仕事に忙殺されて、一週間、一ヶ月があっという間に過ぎていたけれど、今はそのときに感じた時間の流れより、もっと早く時が過ぎている。 そう感じるのは、疲労を感じるほど忙しくても、毎日がそれなりに充実しているからだろうか。 佐伯克哉の、剥き出しになった白い肌に手を這わせながら、御堂はふとそう思った。 この馬鹿馬鹿しい「接待」と称した取引を含めて、毎日が充実しているなど、実に滑稽だとも思いながら。 御堂の指の下で、佐伯の体がぴくりと跳ねた。 かすかな反応に、御堂は意識をそちらに向ける。 ホテルの室内の光に照らされた肌の白さが、御堂の目に扇情的に映る。 焦らすように指を這わせていた御堂は、佐伯の細い腰のラインを指でなぞった。 「っ、……ぁ、はぁっ」 噛み殺しきれなかった吐息を聞きながら、執拗にそこを指で辿る。 指で、掌で、佐伯の肌のなぞりながら、御堂は一週間前に耳にした言葉を思い出していた。 「顔色が悪いですよ。――なんだか、また、痩せたような気もしますし」 片桐が佐伯に向かって言った言葉だ。 思いだして、改めて、押さえつけている相手の体を見つめた。 佐伯は痩せた、……のだろうか。 言われてみれば痩せたような気もするが、佐伯の隣にいつもいるのが体格のいい本多なので、もともとこれくらいの体躯だったようにも思う。 よく判らないなと思いながら、もう一度腰のラインを指で辿ると、切なくも甘い声が佐伯の唇から零れた。 うつぶせに抑えつけている背中が、弓なりにしなる。 白い喉が、御堂の視線を奪うように仰け反って、その瞬間に感じた衝動に、御堂はかすかに眉根を寄せた。 「あっ、……いや……だ、……もう、……御堂さ……ん、もう、放して……」 甘く喘ぐ口唇の合間から零れる、解放を求める声。 言葉とは裏腹に、もどかしげに揺れる腰。 細い紐を結わいつけた佐伯自身から、とろとろと透明な雫が僅かに零れている。 秘奥に入れたエネマグラは、まだ、佐伯を支配しようとしていなかった。 だが、それも時間の問題だろう。 どんなふうに、佐伯克哉は乱れるのだろう。 それを考えると、否定しきれない興奮が御堂の中に生まれる。 「嫌がっている割に、ずいぶんと楽しそうじゃないか。……だが、ベッドの上でひとり楽しむのは、マナー違反だろう?」 ことさら優しく。けれど揶揄を込めて囁きながら、御堂は佐伯の顔の前に膝をついた。 ぎしっとベッドのスプリングがかすかな音を立てて、揺れる。 不安定な体勢に対してか、嫌悪感にか。御堂が見下ろした視線の先で、佐伯が顔を顰めた。 その反応に薄く笑いながら、御堂は言った。 「舐めろ」 一度目の接待のときと同じように、御堂は自身を佐伯の口に含ませる。 熱い粘膜が御堂を覆った。 たどたどしい動きで、佐伯が御堂自身に舌を這わせる。 ぎこちなく拙い舌使いが、逆に御堂の興奮を誘う。 「最初に比べれば、上手くなったじゃないか」 揶揄をこめて言えば、悔しそうな眼差しが御堂を睨みあげた。が、わずかに潤んだ眼差しと、うっすらと赤みを帯びている目元が、佐伯の反抗心を裏切っている。 まるで誘っているようなその眼差しに、御堂は喉の奥で小さく笑った。 ポイントをつきながらも、躊躇があるせいだろう。たどたどしい舌技に、まるで焦らされているような錯覚を覚えて、御堂は時折腰を揺する。 そのたびに佐伯の唇から零れる、くぐもった声。 前髪に隠れて見えない佐伯克哉の表情は、そろそろ快楽に染まりはじめただろうか。それとも、まだ、強情に、嫌悪感しか浮かべていないだろうか。 さっさと堕ちてしまえばいいのに。 御堂が頭の隅でそんなことを思った瞬間、だった。 「え!? あ……、あぁっ! は……っ、あ、あ……ぅっ」 甲高く、鋭く。しかし甘い嬌声が、素っ気無いホテルの空気を震わせた。 過ぎる快楽に身を悶えさせ、佐伯があられもなく乱れている。 急激に与えられた快楽に、耐えられないというように瞳を潤ませ、懇願するように上目遣いに御堂を見つめてくる。 もういやだ、ダメだ。助けて。 甘く喘ぐ唇が、たどたどしく紡ぐ言葉。 艶かしく姿態をくねらせている姿に、御堂は欲を感じた。 それを認めることに抵抗はあった。 貶め、辱め、嘲笑を向けるべき相手に、なぜ、と思う。が、否定できない欲情を持ったのも事実だ。 御堂が見つめる先には、快楽にすすり泣いている佐伯の姿がある。 矜持が高いせいか、快楽に堕ちきれずに苦しんでいる姿が。 いつも穏やかな表情で、自社の人間と相対している姿を、不意に思い出した。 それから、御堂と相対しているときの、真逆の反応を。 御堂から視線を逸らし、いつも伏せ目がちに、あるいは顔を俯けている姿を。 そのどちらとも違う、快楽の狂乱、その一歩手前で悶えている姿を見つめながら、潔癖そうな清廉さは損なわれないのだな、と、忌々しいような、苦々しいような、それが羨ましいような気持ちで思いながら、御堂は、過ぎた快楽に気持ち良さよりも苦痛を感じはじめているらしい佐伯の背後に移動した。 挿入したエネマグラを抜き出してやる。 ぴくりと反応した佐伯の体が跳ねたが、あえて揶揄の言葉はかけなかった。 声をかけたところで、聞こえてなどいないだろう。 彼はいま、正気を失う一歩手前――彼が想像している以上の、さらなる狂乱の手前にいるのだ。 異物から解放されたからか、佐伯の背中からわずかばかり緊張が解け、弛緩したように強張っていた肩が下がった。 ああ、これで終わると思っているのだろう。 御堂は唇を歪め、なぜか苦い気持ちになりながら思う。 涙に濡れているだろう頬が、思い浮かんだ。 可哀そうに、と。まるで他人事のように、利己的な憐憫の情が湧きあがった。 可哀そうに……。だが、まだ、この苦痛は終わらない。――否。終わらせない。 この苦痛の先にある、快楽を。 欲望が生み出した熱を、知らしめて、刻み付けてやりたい。 きれいなことしか知らないとでもいうように、どんなときでも澄ました顔をしている、佐伯克哉に。 御堂を誘うようにひくひくと収縮している場所に、御堂は躊躇うことなく滾った欲望をつきたてた。 とたんに、悲鳴があがる。 「ぅあああああぁっ」 ねじ込んだ際の衝撃と驚きに、大きく佐伯の体が跳ねた。 締め付ける内壁の狭さに、御堂は顔を顰める。 もともと受け入れるための器官ではないのだ。どれほど時間をかけて慣らしたとしても、ある程度の抵抗は当然のことだった。 御堂自身をきつく締めつけてくるそこに、御堂は顔を顰めながら、舌打ちでもしたい気分で「きつい」と呟く。 想像もしていなかった衝撃に、酸素不足のように、佐伯はあくあくと唇を開閉していた。 うつろな眼差しは、どことも知れない場所を見つめている。 佐伯の様子をじっと見下ろしていた御堂は、そろそろ大丈夫だろうと、ゆっくりと抜き差しを開始した。 とたんに、びくりと佐伯の肩が強張った。 怯えたように瞳が揺れ、呆然となにかを呟いたようだったが、生憎その声は、御堂には聞こえなかった。 だが、ある程度の想像はできた。 この現実を受け入れられないだろう類の言葉だ。問い返すほどのことでもない。 そう思いながら、御堂は佐伯の耳元に唇を付けた。 ねっとりと、絡みつくような声音で囁き、揶揄する。 佐伯が望み、求めた熱を与えているだけだと強調するように。 御堂が佐伯克哉の弱い場所を攻めるたび、弱々しく抵抗の声が上がった。 「もう……、いや……だ」 許して欲しい、と、御堂の名を呼びながら何度も許しを乞う言葉を、御堂はきっぱりと撥ね付ける。 熱く蠢動し、御堂の形を覚えて締めつける中の熱さに、御堂の欲は煽られた。 甘く、時に鋭く、佐伯が感じ入った声を上げるたびに、欲望が御堂を支配する。 突き上げ、泣かせて。弱々しい抵抗と拒絶の言葉を切り捨てる。 それを何回か繰り返しているうちに、佐伯の喘ぐ声の甘さが増した。 にやり、と、御堂の唇がつりあがる。 ああ、やっと。やっと――陥落した。 そんな思いが自然と湧き上がってきた。 甘えるように「いい」と泣いて、ねだるように腰を揺らす。 拒絶の言葉と、許しを乞うていたことなど忘れたように、佐伯は「気持ちがいい」とくり返した。 御堂の与える快楽に身を任せ、御堂が命ずるままに佐伯が解放を求める声を紡ぐ。 喘ぎながら紡がれた言葉に、御堂は満足そうに目を細めた。 自然と御堂の唇が弧を描く。 佐伯自身を戒めていた紐を解くと、限界を迎えていたものが、御堂の手の中に熱を解放した。 その瞬間の締めつけに、御堂も限界を訴えている熱を自覚する。 律動を再開させ、半分以上意識を落としかけている佐伯の中に、熱を放出した、そのとき、だった。 完全に意識を手放す直前の、かすかな佐伯の声を御堂の耳が拾ったのは。 |