08

「ふ……ぁ、や……めっ」
 克哉の中を、容赦なく御堂自身が行き来する。
 灼熱の熱さを持った凶暴なそれが奥を穿ち、弱いところを突かれるたびに、克哉は甘ったるい声を上げた。
 容赦なく攻め立てられ、快楽を暴かれ、思考はとっくに蕩けきってしまっていた。
 どれだけ拒絶の声を上げても、それは本気の拒絶ではなかった。
 反射的に声を上げているに過ぎない。
 それは御堂も解っているのだろう。だから彼は、いたぶるように克哉の耳の中に揶揄を流し込む。
「悦んでいるくせに」と。
 形だけの抵抗も拒絶も、もう、できなかった。
 御堂に揶揄られるまでもなく、克哉の内部は受け入れている熱を、悦んで迎え入れている。
 克哉が善がり声を上げれば上げるほど、御堂は低く笑い声を上げた。
 昏く歪んだその嘲笑に、けれど、克哉の心が痛むことは少なくなっている。
 与えられる快楽が、嫌悪感と、心につけられた傷を凌駕しているからだ。
 もっと、もっと、と。熱い楔を最奥に引き込むように克哉の中が蠢動する。
 その無意識の動きに、時折、御堂が低く呻いた。
 その声さえ、克哉の体は快楽に転換してしまう。
 蕩けた思考の片隅、まだ残っているらしい冷めた部分で、克哉は浅ましい自分を嫌悪した。
 嫌悪しながら、けれど、足りないと思う。
 足りないと思いながら、なにが足りないのかがわからない。
 ただ、満たされない。その思いだけが強く残る。
 十二分にいたぶられ、陵辱されて。過ぎた快楽を求めて、与えられているというのに、克哉の心はまだなにかを求めている。
 なにを、求めているのだろう。
 それを知りたいと思い、知りたくないと思う。
 相反する、思い。
「うあっ、はっ、……ああっ……、ふ、ぁ」
 ぐい、と、ひときわ激しく一点を突き上げられ、その刺激に克哉は背を弓なりにしならせ、喉を仰け反らせた。
 短く熱い御堂の息が、耳朶をくすぐる。
「……ぁ」
 克哉の唇から、音になりきれなかった声が小さく零れた。
 それは本当に小さな声だった。
 正常な思考を保っていたとしても、克哉自身気づかないほど小さく、無意識に零した――勝手に唇がそう動いて零した音、だった。
「誰だ?」
 だから、御堂の低く地を這うような声がそう問いかけたとき、克哉はそう問いかけられた理由さえ判らなかった。
「……ぃ、っ」
 乱暴に髪を掴まれ、御堂の方へと引き寄せられる。
 突然与えられた痛みに、蕩けていたはずの思考は、一気に現実へと引き戻された。
 見慣れてしまったホテルの内装が、克哉の目に映る。
 淡いベージュの壁紙。
 目に痛いほど真っ白なシーツ。
「御堂……さん?」
 一方的な行為はいつものこと。――それはあたりまえだ。
 御堂は克哉にただ快楽を与えるために、この行為を強いているわけではないのだ。
 絶望と惨めさを与えて、克哉の精神を、克哉自身を追い詰めるためにこの行為を強要している。
 眼鏡をかけた克哉に与えられた屈辱を、傷つけられた自尊心を守るために。
 傷つけられた自らの復讐のために、御堂はこの行為を強いているのだから、一方的であたりまえなのだ。
 御堂は克哉が苦しんでいる様を見て、楽しんでいる。それは克哉にもよく解っている事実だった。
 けれど、こんな風に乱暴に――性的なことを強要する以外に、この接待の間に乱暴な扱いを受けたことはなかったように克哉は記憶している。
 戸惑いながら、もう一度「御堂さん?」と問いかけると、
「誰の名前を呼んだんだ? 君の情人の名前か?」
 嘲りながら、けれどどこか苛々とした問いかけが、熱い吐息とともに耳朶に流しこまれた。
「え……?」
 御堂は何を言っているのだろう。
 何を問いかけられているのか判らず、自らが置かれている異常な状況さえ忘れて、克哉は緩慢な瞬きを繰り返した。
 克哉が答えずにいると、御堂の苛立ちは増したようだった。
 苛立たしさがはっきりと現れている舌打ちが、聞こえる。
 克哉には理由の判らない怒気と苛立ちが御堂から発せられていて、その気に当てられた克哉の体は、自然と萎縮してしまう。
 抑えきれない恐怖に、克哉の体が強張った。
 その強張りに気づいた御堂が、また、舌打ちを零す。
 隠されることのない舌打ちに体が震えそうになり、それをやり過ごすように、克哉はゆっくりと吐息を吐き出した。
 これ以上御堂の機嫌を損ねたくない。
 無理矢理与えられ、克哉の思考を蕩けさせていた快楽は、すでに消えていた。
 克哉の中に入り込んでいる熱、その異物感に微かに眉を顰めつつ、克哉は、
「御堂さん」
 と、三度目の呼びかけを音にした。
 だが、それに返る応えはなく、無慈悲な行為が再開された。
「う…あぁっ!」
 熱の冷めた克哉の体内を、熱さを保ったままの楔が突き上げた。
 急激に呼び戻される快楽。
 簡単に、あっけなく、克哉の体は快楽を取り戻す。
 甘くせわしい喘ぎと嬌声が、部屋の中に木霊する。
 だが、部屋の中には、いつも以上に、ただ息苦しさを感じさせるだけの濃密な空気が漂っていた。