13

 数歩前を歩いている背中を、克哉はぼんやりと見つめる。
 どうしてだろう。
 今まで御堂に対していた感情――、居た堪れなさや、恥ずかしさ、憎しみに似た感情、たくさんのそれらが、消えているような気がする。
 消えた感情の変わりにまるで違う感情が、克哉の中に生まれたような……。
(<俺>がなにかした……とか?)
 明け方に見た夢の中に、眼鏡をかけた自分の夢を見たような気がして、克哉はそんな風に思う。
 確実に、けれど少しずつ訪れている変化。
 けれどその変化の本質は曖昧で、まだ輪郭すら見えてこない。
 考え事をしながら歩いていた克哉は、前を歩く御堂の足が止まったことに気づかなかった。
「あ……っ」と思ったときには遅く、立ち止まった御堂の背中にぶつかってしまう。
「……すみません!」
 慌てて御堂と距離をとり、ぶつかったことを詫びた克哉の視線と、肩越しに振り返った御堂の視線が交わった。
 その瞬間に駆け抜けた衝動に、克哉は一瞬、呼吸すら止まった気がした。
 一秒、二秒。御堂の瞳と交わる時間が、過ぎる。
 それは無音と静止の時間だった。
 いろいろなものが去来する。
 それらは克哉の胸に押し寄せて、そして掻き乱して、去ってゆく。
 精神的な世界で起こっているだろうそれらを、克哉は静かに見つめ、見送っていた。
 その去って行こうとするもののひとつに、克哉は、ふと指先を伸ばした。
 無意識にではなく、意識的に、克哉は指を伸ばした。
 指先を伸ばしながら、自分でも珍しく能動的な動きだと思った。
 不思議だった。
 受動的ではなく、能動的に、欲しいものを欲しいと素直に指先を伸ばす自分など、想像したこともなかった。
 それがいつからだったのか、……もしかしたら物心つく前からだったのかもしれないけれど、克哉の常は、概ね、諦めることだった。
 けれど、どうしてもそれを、克哉は掴みたかった。消えてしまおうとするそれを、捕まえて、引き寄せて、自分の中に留めておきたいと、強く願った。
 捕まえたかったものがなんなのか、克哉にも判らない。
 ただ、いまは判らなくても、いつかは判るだろう。判る日が来るだろう、と、そう思いながら伸ばした指先。
 触れたそれは温かくて、優しくて、少しだけ切ないような気持ちになって。
 克哉は微笑を浮かべた。
 その瞬間、意識の端で見つめていた御堂の表情が、はっと、動いた。
 ふっと我に返った克哉の視界の中で、御堂が息を呑んでいる。
 無意識に微笑を浮かべていた克哉は、自分が笑っていることに気づいていなかった。だから、どうして御堂は驚いているんだろうと首を傾げると、その動きに御堂が肩を揺らし、慌てて視線を外した。
「御堂……さん?」
 機嫌を損ねてしまったのだろうか? ふとそんな思いが湧き上がった克哉の呼びかけに、御堂が、
「なんでもない」
 と、珍しくうろたえた声で言った。
 わずかに朱に染まった御堂の目元に、克哉は気づくことはなかった。