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 空気が冷たくなってきたな。
 そろそろスーツのジャケットだけでは、厳しい季節だ。
 ひとりキクチに戻りながら、克哉は思う。
 ちらりと見上げた空には、厚い雲が広がりだしている。
 確か今夜から天気が崩れると、天気予報士が言っていた。
 初冬に差しかかっているからか、頬に当たる風は肌を切り裂きそうな冷気を含み始めていた。
 その冷たさに拍車をかけるのは、触れられない熱があるからだ。
 自分の中でいつの間にか生まれていた感情。それがどんなものであるのか気づいて、その事実を否定して、否定して。
 否定しようのない事実をくり返しながら、だが、やがて無意味な否定を繰り返すことを、克哉は放棄した。
 認めるしかなかった。
 どれだけ否定しようとも、生まれ、育った感情は殺しきれなかった。
 克哉を陵辱し、辱めた相手に向かう感情の結末から、本当は目を逸らしてしまいたかった。
 馬鹿げた茶番劇。お粗末な結果だと、自嘲ともつかない笑みを浮かべた。けれど、どうしても、無視できるものではなかった。
 苦しかった。辛かった。どうして、と何度も自問を繰り返した末に、克哉はすべてを認めて、受け入れた。
 御堂に向かう感情――想いが実を結ぶはずはないけれど。
 歪な関係に未来はない。克哉にはそうとしか思えないから、認め、受け入れたところで苦しさを抱え込んでいることに変わりはなかったけれど。
 克哉はふるりと緩く頭を振った。
 いまは個人的な感情に想いを馳せ、気を取られている場合ではないのだ。
 八課の存続だけでなく、御堂と御堂が総括している商品企画開発部、そしてプロトファイバーの存続がかかっているのだ。
 一足先に戻っている片桐と本多は、きっと先ほどのMGNでのやり取りを八課のメンバーに話しているだろう。
 きっと八課のフロア内は騒然となっている。
 良くも悪くも影響力の強い本多を軸に、激昂している同僚たちと、それを宥める術を持たず悄然としている片桐の姿が脳裏に浮かんだ。
 ああ、急いで戻らなければ、本多がどんな暴走をするかわからない。勢い、MGNへ取って返し、御堂の元へ乗り込みそうな気がする。
 いざとなれば片桐が止めてくれるだろうが、果たして片桐の言葉で、完全に本多を宥めるに至るかどうか。
 むしろ片桐の目が離れた後の本多の行動のほうが、怖い。やはりことをはっきりさせるために、御堂の元へ向かいそうだ。
 先ほど川出から聞いた、片桐や本多は知らないMGNの内情を思い返しながら、さて、その内情を話すことなく本多たちを納得させ、潰されかけている商品と御堂たち、そして自分たちを救済する案を捻りだせるだろうか、いや、捻り出さなくてはいけない。
 克哉は見慣れたビルを睨みつけるように見上げ、大きく息を吸い込んだ。
 踏み出した一歩は、現状とは裏腹に、なぜだか軽く感じられた。