そばにいたい


 優しい心。
 きれいな気持ち。

――――ただ、触れたかった。
 触れて……いたかった。





 戦禍の傷跡は、瞼を押し上げるだけで、嫌でも目についた。
 けれど、それから目を逸らすことはできない。
 どんなに胸が痛くて、叫び出しそうになっても。悲しくても、憤っていても、悔しくても、虚しくても。
 淋しくても。
 思わず伏せそうになった瞼を閉じてしまわないようにするには、かなりの意志と努力が必要だった。
 それでもそれらを総動員して、キラは無限に広がる宇宙へと、目を凝らした。
 爆発し、原形も留めていないモビルスーツの残骸が。元は戦艦であったであろう破片が、無重力の空間に漂っている。
 その中には、彼女の乗っていた脱出用シャトルの破片も、あるはずだった。
 あまりにも多くの破片が漂う中で、それを探すのは容易ではない。
 まして、戦艦のたいして大きくもない窓からでは、どれがどれだか判別することもかなわない。
 そんなことは解っていたけれども、彼女が最後に乗っていたそれの残骸を、破片を、キラは探さずにはいられなかった。
 見つけたいと思った。
 守りたくて。けれど、結局は守りきれなかった、フレイ。
 見つけて、安らかな眠りを願う祈りを捧げたかった。
 傲慢な、自己満足だと解っているけれど。
 自分の呼吸音すら邪魔に思えて、息を殺すようにして、キラは窓の外に広がる宇宙を見つめ続けた。
 どれくらいの時間をそうして過ごしていたのだろう。
「キラ!」
 慌てたような声音に呼ばれると同時に、ぐい、と、力強く肩を掴まれて、キラはその力に促されるまま、体ごと振り返らされた。
 振り返った先に、心配と安堵と、少し怒った表情の幼馴染みの姿を認めて、来ていたのかと問いかけるより先に、キラは「ごめん」と呟くように謝った。
「いないから、心配した」
 ほっとした声でそう言われて、キラはもう一度「ごめん」と呟いて、俯いた。
 気遣うような、もの問いたげな眼差しが、いまは、厭わしい。
「ごめん、アスラン。…………部屋に戻るよ」
 肩を掴んだままのアスランの手をそっと振り解き、キラはアスランの無言の問いかけを拒絶するように言って、俯いたままその場を離れた。
 が、それを引き止めるように腕を掴まれて、キラは苛立ちを隠すことなく顔をしかめた。
 いまは、とにかく一人になりたい。
 みんなに心配をかけているのは解っている。優しさにつけこむように甘えて、我儘を通していることも解っている。
 だけど、まだダメなのだ。
 やりきれなさや憤りが、未消化のまま、胸の中にあって。
 傷ついて、疲れ果てているのは自分だけじゃないと解っていても、誰かを責めるように「どうして!?」と叫んで、無差別に、無条件に優しい人たちを傷つけてしまいそうで。
 言葉にしないままのそんな気持ちを、幼馴染みという絆に甘えて。―――察して欲しくて。顔を上げないまま、咎めるように名を呼んだ。
「アスラン!」
「俺はアスランじゃない」
「え?」
 間近から届いた、聞いたことのない声に、キラは顔を上げた。
 見上げた視線の先、キラの瞳に映ったのは、冴えた双眸だった。
 蒼氷色。
 不意に頭の片隅に浮かんだ言葉がそれだった。
 けれど、良く見ると、夏空色にも、コバルトブルーの海色にも思える双眼。
 不思議な色合いだと思った。
 魅入るようにキラがその瞳を見つめていると、不意に、その瞳が歪んだ。
「ちっ」と小さく苛立たしげな舌打ちが薄い唇から零れて、キラははっと我に返って、瞬きをする。
 不愉快そうに歪んだ表情に首を傾げかけて、ふと、不躾な視線を向けてしまっていたことに気づいた。
「あ……すみませ……」
「おまえがフリーダムのパイロットだって?」
 キラの謝罪を遮るように、平坦な声に問われた。
 青い瞳をまっすぐに見つめ、キラは頷く。
 とたん、名前も知らない青年の顔が複雑そうに歪んだ。
 そして、キラの腕を掴んだままだったことを思い出したように、その手を唐突に離した。
「おい、アスラン」
 キラからキラの背後へと視線を転じた青年は、居丈高な口調でキラの幼馴染みの名を呼んだ。
 知り合いなのだろうかと思うと同時に、青年の着ている制服に気づく。
 赤い、色。
 ザフトのエリートを象徴する色だと聞いたことがあった。
 では、この青年はアスランの同僚……いや、元同僚と言うべきだろうか。
 その彼がいったいどうしてここにいるのか。
 アスランに会いにきたのだろうか?
 だとしたら、どうしてこの場を離れようとしたキラを引き止めたのだろう?
 キラがフリーダムのパイロットであることを確認したかったからだろうか? もしそうなら、もう、キラに用はないのだろうか?
 もしそれだけだったのなら、もうこの場を去ってもいいのだろうか?
 そんなことをつらつらと考えながら、キラは視線を転じた。
 窓の外を、また、見つめる。
 ゆっくりとだが前進をしているせいか、さきほどとは違う残骸が目に映る。
 キラはそっと溜息を零した。
 きっと、見つけることはできない。
 彼女の命が散った場所からは、もう、遠く離れてしまっているだろうから。
 そう思うと、悲しさと悔しさの入り混じったような感情が湧きあがってきて、自然と顔が歪んだ。
 彼女が最後に触れたものを見つけ、それに対して祈りを捧げることもできない。
 そんな簡単なことすらままならない。
 もう一度溜息を零したところで、また腕を掴まれた。
 なんだろうと振り返るのと、
「しばらくこいつを借りるぞ」
 キラ本人の意思をまったく無視した言葉が耳に届いたのは、同時だった。
「ちょ……、待て、イザーク!?」
 呼び止めるアスランの声を無視した『イザーク』と呼ばれた青年は、有無を言わさない強引さでキラの腕を引っ張り、アスランに背を向けて通路を進んだ。


「……どうして、ここなんですか?」
 しん、と、耳が痛いくらいに静まり返っている格納庫を見回しながら訊くと、イザークと呼ばれていた青年が、眉根を寄せた。
 見た目を裏切って、ずいぶん表情豊かな人だとキラは思う。
 冴えた瞳の色に似合った、整った容貌。
 それをさらに強く印象付けるような、髪の色。
 銀とも、プラチナブロンドとも言える、瞳同様不思議な色合いだ。
 ぱっと見、とても近寄りがたい、冷たい印象なのに。
「俺は、この艦のことは良く知らないんだ。格納庫と、さっき案内された艦橋くらいしか知らん」
 ふん、と、鼻を鳴らして、けれどどこか拗ねたような口調で言い放った青年は、じろりと睨みつけるようにキラを見た。
 キラも青年の瞳を見返す。
「……僕が使っている部屋でよければ、そこで話を。ここ、ちょっと冷えますから」
 整備士たちがいるなら空調も入っているだろうが、無人の格納庫は空調も切られていて、肌寒さを感じさせた。
 吐く息が、少し、白い。
「それとも食堂に案内したほうがいいですか?」
 考え込むように眉根を寄せている青年に重ねて問うと、青年はゆっくりと口を開いた。
「……食堂は人の出入りが激しいだろう? お前の部屋で……」
「キラです」
「あ?」
「僕の名前はキラ・ヤマトと言います」
「…………俺はイザーク・ジュールだ」
 まるで怒ったようにぶっきらぼうな口調で青年が名乗り、キラは口の中で呟くように青年の名前を反芻した。
「……イザーク・ジュール、さん」
 それが聞こえたのだろうか、青年――イザークが目を細めた。
「イザークでいい」
「え? ――あぁ。はい」
 名乗ったときと同じような無愛想さ。キラは、呼び捨てでいいと言われたのだと気づくのに、一呼吸分の時間を要した。
 イザークの言葉に頷いたあと、くるりと踵を返す。
「こっちです」
 格納庫を出て、キラは居住区へと進んだ。
 ストライク・ルージュに乗ったカガリとアスランに保護された後、エターナルへ着艦するかと問われたキラは、わずかな逡巡のあと、アークエンジェルへの着艦を希望した。
 すべての始まりはストライクとアークエンジェルだ。ならば終わりを迎えるのも、アークエンジェルのほうがいいような気がしたからだ。
 なによりも、やはり、慣れた艦のほうが肩の力を抜きやすい。
 イザークを案内しながら、こっちに戻っていて良かったとキラは内心で安堵の吐息をついた。
 実は、エターナルの自室に向かうには、いまだに慣れていないせいで、どの通路を通らなければいけなかっただろうかと、考え、考え、進まなければならないのだ。
 その点アークエンジェルだと、体が覚えていることも手伝って、迷うことも考えることもなく、与えられた自室へと辿り着くことができた。
「ここです」
 立ち止まり、キラはコンソールパネルに指を滑らせた。
 開錠番号を入力するたび、電子音が廊下に響いた。
 その電子音が完全に消える前に、扉が静かに開く。
「どうぞ」
 難しい顔で佇んでいるイザークを振り返ると同時に促し、キラは部屋に入った。
 遅れて、イザークが部屋に入る。
 部屋に入ったイザークは所在なさそうに佇んで、ぴたりとキラに視線を合わせてきた。
 不躾に部屋の中を見回さない仕草は、彼の育ちのよさを窺わせた。
 青い瞳を見つめ返しながら、キラは自分が使っているベッドを指差し、言った。
「そこでよければ、座ってください」
 イザークの視線がキラから、示されたベッドへと移った。
 つかつかと、隙のない動きでベッドへと近寄ったイザークは、やっぱり無駄のない動きで腰掛けると、キラへと視線を戻す。
 キラは椅子を引き寄せ、それに座った。
 向かい合って座ったものの、初対面の彼となにを話せばいいのか。また、彼はキラにどんな話や用があるのか、皆目見当がつかなくて、キラはどうしたものかと小首を傾げた。
 まっすぐな瞳が、キラに注がれている。
 少し居心地が悪い、けれど不快ではない視線を受け止め、見返したキラは、「あの」と遠慮がちに声をかけた。
「あの……僕になにか用事が?」
 黙っていても埒が明かないと考えて、キラは自分から口火を切った。
 キラを見つめる瞳が、なぜか、迷うように揺れる。
「あの?」
 どうかしたんですか?
 そう続けようとしたところで、
「キラ・ヤマト?」
 フルネームで名前を呼ばれた。
 はきはきとした、少し硬質な口調。
 軍人然とした口調は、かつてアークエンジェルの副艦長をしていた女性を思い出させた。
 懐かしいなと思いながら、キラは「キラでいいです」と言おうとして、ふと、呼びかけるというより、確認するように名を呼ばれたことに気づいた。
 どうしてそんなふうに呼びかけるのだろうと不思議に思い、戸惑っていると、イザークがなにかを押し込めるように瞳を閉じ、そして、ゆっくりと息をついた。
 戸惑ったままのキラの目の前で、静かに、ゆっくりとイザークの瞼が持ち上げられ、イザークの眼差しが、ひたとキラに据えられる。
「『キラ?』」
 もう一度、今度は呼び捨てで名を呼ばれる。
 やはり確認を取るような呼びかけに、キラは困惑を隠しきれないまま頷いた。
 キラが頷くと、イザークが、肩の力を抜くように深呼吸をした。
「フレイと言う名の女を知っているな?」
「……フレイ?」
 イザークの唇から思いがけない名前が零れて、キラは、呆然とその名を口にした。
「フレイ」
 ともう一度呟くように名を呼ぶと、瞼の奥が熱くなって、どうしても押さえきれない涙が溢れてきた。
 見られたくなくて、キラはとっさに俯いた。
 歪んだ視界、無意識に握り締めていた手の甲が映って、そこに涙の雫が零れ落ちるのを見た。
 小さく、小さく、イザークが息をつく音が、キラの押さえ切れない嗚咽に混じって届く。
 急に泣いてすみません、とか、どうしてフレイを知っているんですか、とか。
 言いたいことや聞きたいことがあるけれど、それらをちゃんとした言葉の形にすることが難しい。
 溢れる涙を止める術を、キラはどうしても思い出せない。
 必死に嗚咽を堪えながら、それでも泣き続けていると、イザークが立ち上がり、近づく気配。
「……?」
 なんだろう、どうしたのだろうと思いながら目を上げると、少し困ったように眉尻を下げたイザークが、ぽすりとキラの頭の上に手を置いた。
 掌の温かさを感じ取る暇もなく、イザークの掌に髪を掻き撫でられた。
 戸惑った掌でキラの頭を撫でながら、イザークが淡々とした口調で言った。
 自分の感情を制御している声音だった。
 それが無意識のものであるのか、意識してそうしているのか、キラには判断がつかない音だったけれど、淡々とした口調はキラに冷静さを取り戻させた。
「……クルーゼ隊長が連れてきた捕虜だった」
「捕虜……」
「ああ、捕虜だった。が、隊長は捕虜の扱いをせず、あの女を――……フレイという女を自分の傍に置いていて、どこに行くのにも連れていたから、俺とも面識があった」
 まともに話をしたことはなかったが、と。少しばかり苦々しい口調で付け加えたイザークが、キラがもう泣いていないことに気づき、掌を引っ込めた。
 なにごともなかったような顔でイザークがキラから離れ、ベッドに腰掛ける。
 その様子をじっと見つめていたキラは、イザークの話に意識を集中した。
「―――始終、俺たちに怯えているあの女の態度に苛々して、怒鳴ってばかりいた」
 バツが悪そうにぽつりと言ったイザークを、キラは静かに見つめた。
 キラの視線を受けて、イザークが居心地悪そうに視線をさ迷わせる。
 しばらく視線をさ迷わせていたイザークが、やがて困惑したように視線を落とした。
 そして、言ってもいいのかどうか躊躇いを含んだ声で、言葉を落とした。
「……あの女が、お前の名前を呟いていた。まるで、恐怖心を打ち消す呪文みたいに、『キラ』と」
「フレイ…が、僕の、名前を?」
 信じられない気持ちでキラが呟くと、視線を上げたイザークがきっぱりと頷いた。
 やはりバツが悪そうに、イザークは言葉を付け加えた。
「俺に怒鳴られたときは、必ずと言っていいほど」
 小さく溜息をつきながらのイザークの言葉に、キラはきょとんと目を見開き、思わず小さな笑い声を零してしまった。
 怪訝そうにキラを見るイザークに、
「あなたの――イザークさんの怒鳴り声は迫力がありそうだから、純粋に、怒鳴られることが怖かったんだと思います」
 きっぱりとそう言うと、イザークの顔が複雑そうに歪んだ。
「まあ、……敵対しているコーディネーターの中に、たったひとりでいたからな。恐怖も倍増か」
 苛立ちをぶつけるように怒鳴って、捕虜相手に優しくしてやる義理はないと思っていた、と、苦々しく言ったイザークに、キラはふと視線を落とした。
 つくづく自分の置かれていた状況は、まだ優しかったのだと思い知る。
 理解のあった上官。それとなく気をつけてくれていた友人たち。
 ナチュラルの中に、ただひとりのコーディネーター。
 確かに無理矢理MSに乗せられて、戦うしかなくて、辛かったけれど。
 友人たちと擦れ違ったりもしたけれど。
 けれど、だからといって、本気で疎外感を持っていたわけではなかった。
 孤独感を持っていたわけではなかった。
 当たり前に呼ばれる名前。かけられる声。
 そこに気遣う気持ちがあったことを、キラは知っている。
 無意識に、知っていた。感じ取っていた。
 だからアークエンジェルにいた。
 キラだけがストライクに乗れるから。みんなを守りたい。守れるのはキラだけだから。
 それだけが理由じゃなかった。なくなっていた。
 アークエンジェルという場所は、どんなことがあっても、確かに、確実に、キラの居場所となっていたのだから。
 それに比べて。
 本当に恵まれた環境にいたキラに比べて、気心の知れた友人も、顔見知りもいない、名前すら呼ばれることのない敵艦の中に、たったひとりでいたフレイ。
 嫌悪しているコーディネーターの中にいた彼女の恐怖と孤独は、いったい、どれくらいだったのだろう。
 そんな彼女の心情を聞き、知る機会は、もう永遠に失われてしまったけれど。
「あの女は、いつでも、ずっと、お前を呼んでいた。それを教えてやろうと思った」
 キラの耳にそんな言葉が聞こえてきて、キラはゆっくりと、いつの間にか伏せていた顔を上げた。
「どうして……?」
「さっき、あの場所で、あの女が最後に乗っていたシャトルの残骸を探していたんだろう?」
「…………はい」
「お前たちは全周波チャンネルで、お互いの名前を必死に呼んでいた。求めていた。あんな声を聞いていれば、大事な相手なんだと誰にだって判る。だから、……あの女が死んでしまった後に言うのは酷なことだが、俺には教える義務があると思った。――俺の、自己満足かもしれないけどな」
「いえ、そんなこと」
 自嘲混じりのイザークの言葉に、キラは首を振った。そして「ありがとうございます」と小さく言う。
「いや」
 たいしたことじゃないというようにイザークが首を振り、座ったとき同様、優雅な仕草で立ち上がった。
 話はすべて終わったという様子に、キラは少し呆気に取られて、困惑した。
 フレイのことをキラに伝えるため。本当にそれだけのために、彼はキラに接触してきたのだ。
 戦時下での、互いにあったさまざまなことには、一切触れず。触れさせることもなく、イザークはこの部屋を出て行くつもりなのだ。
 キラはそれが少し残念に思えた。
 だが、彼を留める理由は思いつかず、この部屋に留めたところでなにか話題があるわけではないから、立ち上がったイザークを黙ったまま見上げた。
 澄んだ青がキラを見て、その瞳の中に映っている自分を、キラは見つける。
 青い瞳の中に映っている自分は、イザークからフレイの話を聞けたからだろうか、少しすっきりとした顔をしていた。
 キラはイザークを見つめたまま、椅子から立ち上がった。
 イザークの前で情けない姿を晒していられないと、自然と背筋が伸びた。
 低重力の中、足に力を入れて、しっかりと立った。
 ふと、イザークの目が軽く見張られた気がした。
 それから、柔らかく。かすかに微笑んだらしい、青い瞳。
 きれいな、地球の青。それを写し取ったような……。
 魅入られたようにその色を見つめていると、
「キラ」
 きれいな発音で呼ばれた。
 それは淡々と、なんの感情も含んでいない、しかしながらまっすぐな声だった。
 呼ばれてキラはまばたきをした。
 意識をイザークに向けると、わずかな逡巡の後に差し出された、右手。
 差し出された手とイザークを交互に見つめ、キラは差し出された手を握った。
「話ができてよかった」
「僕も。……ありがとうございました」
 手を離しぺこりと頭を下げると、イザークの顔に困惑混じりの苦笑が浮かんだ。
 照れているのかもしれないと思いながら見ていたキラは、そこではじめて、イザークの顔に走る傷跡に気づいた。
 イザークの瞳にばかり視線を奪われていたから、ちっとも気づかなかった自分に、キラは少し呆れた。
 きれいな顔なのにもったいないな、と、素直に思う。
 どうしたのだろうと浮かんだ疑問を、けれど、口にはしなかった。
 なんとなく、問いかけても答えてもらえないような気がした。
「イザークさん」
 キラから呼びかけると、眼差しで「なんだ?」と問いかけられる。
 やっぱり引き込まれるような瞳を見つめたまま、キラは、
「また、会えますか?」
 呼吸をする自然さで、そう言った。
 考え込むように僅かに傾けられた、首。
 部屋の光を受けたイザークの髪の輝きが、さらりと揺れた。
 それから、返された、穏やかな笑み。
「ああ、もちろん」
 イザークの唇から返された肯定に、キラも穏やかな笑顔を浮かべた。

 それが、キラとイザークのファーストコンタクト。
 はじまりの日、だった。




                              END