特別な日々 平凡な日常


 ぺしん、と、遠慮なく。俯いた頭を叩くと、きっかり三秒後に振り向いた紫色の瞳には、当然ながら非難の色が浮かんでいた。
 その瞳を見返しながら、眼差しだけで「なんだ? 文句でもあるのか?」と問いかけると、その問いかけをちゃんと理解できたらしいキラが、「痛い」と抗議の声を上げる。
 キラの抗議に、「当然だろう」と、イザークは頷いた。
「そりゃ痛いだろうな。手加減なんかしなかったから。――ああ、平手だっただけでもありがたく思え。ちなみに言っておくが、殴った俺も痛かったんだから、おあいこだ」
「なにが!? どうおあいこ!?」
 頬を引き攣らせ、ぎっと睨みつけてくるキラに、イザークはしれっと言い返した。
「だから、俺もお前を叩いて痛かったし、叩かれたお前も痛かっただろう?」
 だからおあいこじゃないか。そう言うと、
「それは屁理屈って言うんだよ!?」
 本気で腹を立てているらしい口調で、噛み付くように反論をされた。が、イザークは、キラの反論を鼻先で笑い飛ばし、皮肉げに口端を吊り上げ、キラを見下ろした。
 そして、
「屁理屈じゃない。事実だ」
 きっぱりと言い切ると、そのままキラの隣の椅子に腰掛けた。
 イザークの斜め前と真正面で、元同僚たちが呆れ顔で溜息をついている。
 それを一瞥したイザークは、テーブルの中央に置かれているポットに手を伸ばした。
「ほら」
 ディアッカの差し出してくれたカップを受け取り、その中にコーヒーを注ぎこんだ。
 手元にカップを引き寄せると、香ばしい香りが鼻腔を擽る。
 それに満足そうに頷いてコーヒーを飲もうとしたイザークは、隣から向けられている視線に、不愉快げに眉を顰めた。
「なんだ?」
 今度は口に出して問いかけると、「別に、なんでもありません」と憮然とした口調で返される返事。
 周囲の人間たちなら、ここで「なんでもないわけないだろう、どうした?」と突っ込んで訊ねるのだろうけれど、あいにくイザークは、そんなサービス精神を発揮してやるほどお人よしではなく、また、隣の人物を甘やかす気もなかった。
「そうか」と淡白に頷き、コーヒーを堪能する。
 キラの母親が淹れたコーヒーの味は、文句なくうまかった。
 怪しげなブレンドコーヒーを作る、元砂漠の虎の淹れたものでなくて良かったと安心していると、横顔に突き刺さる視線。
「見るな。穴が開く。言いたいことがあるならはっきり言え」
 優しさも思いやりの欠片もない、けれども、冷淡でもないはきはきとした口調でそう言えば、イザークを見つめていた視線の主、キラが少し躊躇った後、口を開いた。
「イザークさんは、いつも僕に容赦がないなって……」
 それを不満に思っているらしいわけではなく、そして、イザークのキラに対する扱いを不思議がっている様子でもなく、事実を事実として受け入れて口にしただけ、という風にキラが言って、自分のカップに口をつけた。
 イザークはそれを横目に見ながらコーヒーをもう一口飲み、カップをソーサーに戻す。
 かちん、と。無作法ではない程度の陶器の触れ合う音が、波の音が届く部屋の中の空気に溶けた。
 カップの中でゆらりと揺れている液体から、イザークはキラへと視線を移す。
 移して、「ふん」と小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「そこの役に立たない元同僚共と俺を一緒にするなよ。俺は、絶対に、お前を甘やかしたりしない。優しく慰めもしないし、気遣ってもやらない。そう決めている。どうしてかと言うとだな、心に傷を負って、それが癒えていないのはお前だけじゃないからだ。辛いのは、苦しいのは、悲しいのは、みんな同じだ。お前だけじゃないんだ」
 力強い声で言って、イザークは、イザークを見上げるキラの瞳を睨むように見つめ返した。
 ゆっくりとキラの瞳が瞬きをする。
 そして、ふとその瞳が微笑んだ。
 嬉しそうだな、とイザークは微笑む瞳を見つめて思う。
 キラはいつも、遠慮をしないイザークの態度や言葉に、安心したような、嬉しそうな仕草をする。
 どうしてだと訊ねようとしたことがあったが、周囲の、キラに対する扱いを目にしたとたん、訊ねることも馬鹿馬鹿しくなって、止めた。
 成人をとっくに迎えている、それも男を、どいつもこいつも甘やかしすぎではないかと、イザークは思う。
 気を使って、気を使って、腫れ物に触るように、壊れ物を扱うように接して、馬鹿じゃないかと思うのだ。
 ごく普通の、軍事訓練を受けていないばかりか、MSを見たことも、触ったこともない一民間人だったのに、戦争に巻き込まれて(キラがいたコロニーを襲撃したのは、イザークたちだったが)、野戦任官として階級を与えられて、したくもない戦闘をして、したくもないのに人殺しをさせられて、身も心もボロボロに傷ついて、疲れきっているのは、判る。同情もする。
 キラたちがそういう状況に追い込まれた責任の一端は、確かにイザークたちザフト側にあるから、いまは、申し訳ないと思う。
 思うが、だからと言って、いつまでも甘やかしてばかりいるのは、どういうことだと溜息がでる。
 周りが不必要に甘やかすから、キラ自身も、いつまでたっても気持ちを切り替えられないのではないか?
 甘やかされてばかりの現状に、苦痛を感じ始めているのではないのか?
 なによりも周囲が壁を作って、距離を置いて、キラを隔絶してしまっている。あるいは限られた空間の中に閉じ込めてしまっている。
 だから、遠慮ないイザークの物言いに、逆に安心したりするのではないのか、と、イザークは思う。
 キラのことが大事なのは、判る。
 判るのだが、その示し方を少しでも間違えれば、それは束縛や枷となってしまうこともあるのだと、誰も気づいていないらしいことが、不思議で仕方がない。
 いつもとなんら変わりないことを考えながら、言いたいことを口にしたイザークは、ソーサーに戻したカップを持ち上げ、残りのコーヒーを飲み干した。
 そしておかわりを注ごうとポットに手を伸ばしたが、イザークはそのポットを取り上げられてしまった。
 伸ばした手が、むなしく空を掴む。
 一瞬、呆然としたイザークの視界の前で、ディアッカが「あ〜あぁ、やっちまった」と呟いた。
 いまはそれを無視することに決めて、斜め前に座る元同僚を、イザークは睨みつける。
「何の真似だ、アスラン」
 低い声で問いかけると、厳しい眼差しが返された。
 そして、
「イザーク、そんな言い方はないだろう!?」
 きつい語調で言ったアスランの声音には、明らかに非難の色が混じっていて、イザークは顔を顰めた。
 過保護にも限度があるだろう、と、イザークは思う。
 いつまで、幼年学校気分でいるのだろうか、目の前の、気に食わない元同僚は。
 今の自分の、キラの年齢を考えれば、いいかげん自分の足で立たせてもいい頃合だと思わないのだろうか。
 この目の前の男こそが、一番、キラを内へ内へと閉じ込めてしまっているんだったと、イザークは苛立たしい気持ちで思い出した。
 いつまでもぐずぐずと自分を甘やかすな、しっかり自分の足で立って、前を――未来を見て、生き抜け。
 それが殺してしまった、死んでしまった人間たちに対する、生き残った人間の義務と責任と礼儀ではないのか、と、イザークとしては思うのだ。
 立ち止まって、振り返って、後悔に囚われて。
 懺悔して、泣いて、悲しむばかりでは、相対した者に、守りきれなかった人たちに、助けられなかった者たちに、失礼だ。命を失った誰もが浮かばれないのではないのか?
 悔やんで、悲しんで、泣いてばかりで、未来を見ないのは、それは傲慢にはならないか?
 生き残った人間が、死んでしまった人間たちの未来を背負って、進むしかないだろう。
 いつまでも悲しんでばかりいられないのだから。
 時間は容赦なく進んで、時代も動いている。
 いい加減悲しむばかりの毎日に見切りと、気持ちにけりをつけて、現実を見ろ。
 現実を見させたほうがいい、と、この際だからはっきりきっぱり、がつんと言ってやろうと口を開きかけたイザークは、しかし、イザークよりも先に口を開いたキラの声に、言葉を封じられた。
「いいんだ、アスラン」
「キラ」
「イザークさんの言っていること、間違っていないと僕は思うから」
「だけど、キラ、無理をすることはないんだ。まだお前の傷は塞がって……」
「だったら、いつまで悲しんでいれば、そいつの気は晴れるんだ、アスラン? 一年後か? 十年後か?」
 アスランの言葉尻を奪うように割り込んで言うと、アスランの顔が歪んだ。
 アカデミー時代に、戦時中に、行動を共にしているときには見たこともない感情的な眼差しが、イザークを射抜いた。
 敵意を含んだアスランの眼差しを、イザークは嘲笑と皮肉を込めて見返す。
 話の中心になっているキラを置き去りにして睨み合っていると、「もう、いいかげんにしろよ、おまえら」
 心の底からウンザリしているんだと言いたげな声で、ディアッカが言った。
 その声に緩む緊張感。
 イザークがディアッカを見やれば、視界の端でアスランもディアッカに視線を移していた。
「毎回、毎回、顔を合わせるたびに同じことで衝突して。ホント、お前ら良く飽きないな。俺はいい加減、付き合っていられないほど呆れてるんだけど? なぁ、キラ、お前も呆れてるんじゃないの?」
 わざとらしく溜息をついたディアッカが、同意を得ようとキラに水を向けると、問いかけられたキラは、どう言っていいのか困っているように苦笑を浮かべた。
 どう言おうかと考え込むように首を傾げるキラが、「あ」と小さく声を漏らして、言いたい言葉が見つかったというように、表情を綻ばせた。
 ぽん、と両手を打ち鳴らして、
「ああ、そっか、なるほど! そういうことなんだ!」
 周囲を置き去りにして、ひとりで納得している。
 その様子を黙ってみていたイザークは、とてつもなく嫌な予感に襲われた。
 なにを言い出す気だろう。なにを納得しているんだろう。……なにを言われるのだろうと身構えたイザークは、視界の端で同じようにアスランが身構えていることに気づいた。
 どうやら彼も、嫌な予感に襲われているらしい。
 ひとりディアッカだけは、面白そうににやにやと笑い、成り行きを眺めている。
 怒鳴りつけてやりたい心境だったけれど、イザークはそれを押さえ込んだ。
 ディアッカの態度よりも、キラの様子のほうが気になったからだ。
「最初はさ」
 さきほどまでの落ち込みは何だったんだ? 思わずそう訊きたくなるほど爽やかな声で、キラが口を開いた。
 イザークの嫌な予感がだんだんゲージを上げていく。おそらくそれは、アスランも同じだろう。イザークは頭の隅でそんなことを考えた。
「最初は、ふたりの仲が悪いのは同属嫌悪かと思っていたけど、違うんじゃないかって、さっき気がついたよ!」
 ……同属かどうかはともかく、嫌悪なのはたしかだ。イザークがそう思って、それを口にするよりも早く、
「へえ? そりゃ、なんでまた?」
 面白そうに訊ね返したディアッカに、キラは「だってさ」と、新発見をしたように瞳を輝かせて言った。
 イザークの背中を、悪寒が駆け抜けている。
 ああ、ダメだ。撃墜させられてしまう。
 咄嗟にそんなことを考えてしまった。
 嫌な刷り込みだ。
 ストライクにも、フリーダムにも。結局、キラ・ヤマトという人間には勝てないのだと、イザークの心のどこかに、頭の中に、すっかり刷り込まれているような気がしてならない。
「だって、ほら、良く言うじゃないか。『喧嘩するほど仲が良い』って」
「………………」
「……………………」
「ぶっ、……く、あはははははは!」
 イザークは言葉もなくキラを眺めやった。否定の言葉も、反論も、口に出すことはできなかった。
 思考は、完全に停止してしまっていた。
 アスランは、苦々しい顔つきをしているようだ。
 そしてディアッカはというと、最初は笑いを堪えようと努力していたようだったが、それはほんの〇・一秒くらいで、吹きだすと同時に大爆笑だ。
 可笑しそうに腹を抱えて、笑い転げている。今にも椅子から転げ落ちそうな様子に、いっそのこと、そのまま転げ落ちて、頭でも打ってしまえ! とイザークは思う。
 あの様子だと、椅子から転げ落ちても笑っていそうだが……。
 ディアッカを笑わせた本人は、きょとんとした顔でディアッカを眺め、なにを笑い転げているのだろうと、とりあえず隣にいるイザークに理由を求め、視線を動かした。
「ディアッカは、なにが面白くてあんなに笑っているんです?」
「……知るか」
 憮然として答え、爆弾発言のダメージから立ち直りきれていないアスランの手元から、ポットを取り返した。
 そしてカップにコーヒーを注ぐと、一気に喉に流し込む。
 少し冷めたコーヒーは、しかし、独特の酸味などなくて、やっぱりキラの母親の淹れたコーヒーは美味いな、と、幾分気分を上昇させたイザークは、いまだ笑いの発作に襲われているディアッカを、さて、どうしてやろうかと思いながら軽く睨みつけた。
 いっそのこと救急車でも呼んでやろうか。もっとも、ディアッカを引き取ってくれる寛大な病院があればだが。
 本人に知られたら「ひでぇ」と顔を顰めること間違いなしのことを考えていたイザークは、「あら、楽しそうね」と柔らかな声に視線を移した。
 キラの母親―たしかカリダと言う名前だった―が、トレイの上になにかを乗せて、ドアの前に立っていた。
「少し早いけど、昼食をと思ってサンドイッチを作ったのよ。食べる?」
 この部屋の中の空気を意に介さない呑気な声に、イザークの肩から力が抜けた。
 ちらと見れば、アスランもほっとしたような顔をしている。
 ほやほやと呑気に笑みを浮かべたキラの母親は、トレイをテーブルにのせると、にこやかな笑みを浮かべてイザークたちを順番に見回した。
 そして最後にキラに視線を止めると、少し考え込むように首を傾げた。
「キラ、我儘を言って、アスランくんたちを困らせてはダメよ?」
「……言ってない」
「そう? そのわりにはアスランくんとイザークくん、困った顔をしていたようだけど?」
 ねぇ? と同意を求めるような視線を受けて、イザークは困惑した。
 どう答えればいいのかわからなかったからだ。
 まさか、大嫌いなアスランと仲良しだと言われて、それで困っていますと、正直に言えない。
 あまりに情けなさ過ぎて。
 戸惑っていると、
「キラの我儘には慣れてます」
 苦笑混じりのアスランの声が聞こえて、それと同時にカリダの視線が移った。
 イザークも、そしてキラの視線もアスランの方へと向く。
 ディアッカは、笑いの発作をなんとか収めたようだけど、まだ面白がっている気配を漂わせたまま、やっぱり同じようにアスランへと視線を向けていた。
 カリダはアスランを見た後、困ったような苦笑を浮かべた。
「ダメよ、アスランくん」
 苦笑を滲ませた声でカリダが言った。
 アスランが「え?」と不思議そうに首を傾げる。言われた意味が判らないのだろう。
 イザークにも、よく判らない。
 なにがダメなんだろう?
「慣れているからってキラを甘やかしてはダメよ? いつまで経ってもキラがしっかりしないから。イザークくんもディアッカくんも、キラが我儘を言っても、放っておいてね。かまっちゃダメよ。調子に乗っちゃうから、この子」
「もうっ! だから、我儘なんて言っていないって」
 カリダの言葉にキラが反論の声を上げたけれど、さすが、母親。まったく意に介した様子もなく、それどころか、逆に畳み掛けるようにカリダは言った。
「はいはい。でもね、キラ? あなたが我儘を言っていないつもりでも、周囲には我儘を言っているように見えることもあるのよ。キラには厳しいくらいが丁度いいの。言い過ぎたくらいの厳しさで、どんどん叱ってやってね。くれぐれも甘やかさないで」
「母さん!」
 息子の上げた抗議の声を無視して、「よろしくね」と言い置いた母親は、
「たくさん食べて頂戴ね。足りなかったらまだあるから」
 とイザークたちににっこりと微笑みかけて、部屋を出て行った。
 その背中を見送って、イザークはこっそりと溜息をつく。
 甘やかすなと言うけれど、あの母親も十分キラを甘やかしてはいないだろうか。
 十六も過ぎようかという息子の友人に、「叱ってやってね」など、普通はもう言わないんじゃないだろうか。
 そんなことを思いながらキラを見ると、明らかに機嫌を悪くしている様子で、眉根を寄せている。
 ぶつぶつと文句を言っている元地球連合軍のエースの姿に、イザークは小さく笑った。
 ああ、だけど、なんとなく解る気がすると、子供っぽい仕草を見せているキラを見ながら、イザークは思う。甘やかすのとはちょっと違う意味で、かまいたくなる気持ちがあるのは確かだ。
 気まぐれに、年の離れた弟にかまうような、そんな気持ちにも似た。それでいて、それとも少し違うような、曖昧なもの。
 なんと呼べばいいのかわからない、不確かなもの。
 まだぶつぶつと文句を言っているキラを、イザークは横目で見た。
「文句を言うな」
「言ってません」
「そうか。――許可が下りたから、これからその甘えた根性を、俺が叩きなおしてやる。アスラン、こいつが泣きついても、突っ撥ねろ」
「え?」
「おい、イザーク」
 ぎょっとした顔のキラと、顔をしかめたアスランと、やはり面白そうに眉根を上げたディアッカと。三人それぞれの視線を受けながら、イザークはニヤリと口角を吊り上げた。
「俺はアスランのように、なんでも許して、甘やかしてはやらないからな。覚悟をしておけ」
 そう言うと、キラの表情が複雑なものになった。
 文句を言えばいいのか、イザークの言葉を肯定すればいいのか、それがわからないという感じだった。
 キラのそんな顔を眺め、ふとイザークは不思議に思った。
 こんなふうに。
 地球軍と開戦して、アークエンジェルやストライクと戦って。戦争が終わって、こんなふうに元の敵――戦っていた相手と、話をして、笑いあう日が来るなんて。それを嫌だと思うことがないなんて、考えたこともなかった。
 想像もしていなかった。
 まるで、ずっと昔から仲が良かった友人のように、他愛ない話をして、からかいあう、そんな平凡で、けれど特別な時間を過ごすようになるなんて、過去の自分が見たらどんな顔をするだろう。
 そんなことを考えていると、面白がるような口調の中にわずかに真剣さを混ぜたディアッカの声が聞こえた。
「イザークは変なところで厳しいから、こりゃ落ち込んでいられないな、キラ?」
「……うん、そうだね」
 一拍の間を置いて、こくりとキラが頷いた。
「でも、今の僕には、イザークさんくらい厳しい人が丁度いいのかもしれない」
 母さんが言っていたように。ぽそりと付け加えて言ったキラが窺うようにイザークを見て、微笑むような笑みを浮かべた。
 そして、言う。
「これからもよろしく、イザークさん」
 キラのその言葉は、イザークの「甘やかさない、厳しく接する」という発言を受け入れたということなのだろうか。
 はっきりと判らなくてアスランを見ると、実に苦々しい顔つきでイザークを睨んでいる。
 ああ、肯定なのだな、と思いながら、イザークはキラの言葉に返事を返さず、そっけなく肩を竦めた。
 ありふれた、けれど特別で平凡な日常の新しいはじまりに、ほんの少し心を浮き立たせながら。



                                 END