Step〜Happy Birthday 部屋に足を踏み入れた瞬間、イザークは持ち前の反射神経を生かして、回れ右をした。 そのとたんに、不思議そうな問いかけがイザークの背中を追いかけてきた。 「あれ、イザーク、どこに行くの?」 微かな頭痛を感じつつ、うんざりとした面持ちで振り返れば、呑気な笑顔で「おかえり〜」とのたまう、元ライバル。 第三者の目から見れば、常に撤退を余儀なくされていたのだから、それは立派に「一方的」なライバル関係じゃないのか? らしいが、イザークからしてみれば、一方的だろうが、一度も勝てたためしがなかろうがなんだろうが、元敵軍のエースパイロットはライバルだったのだ。 しかも腹立たしいことに、元敵軍のパイロット――キラ・ヤマト――は、友軍であるにもかかわらず、イザークが敵視していたアスラン・ザラの幼馴染みだと言う。 二人揃ってイザークの人生に、「敗北」の二文字を書き付けてくれた、気に食わない人間たちだ。 その気に食わない人間の片割れは、不法侵入を果たし、堂々と、我が物顔でイザークの部屋の中でくつろいでいる。 怒鳴っても無駄だと判っているから、怒鳴らない。 無駄なエネルギーの消費だ。 「なにをしている?」 訊くだけ無駄だと解っていながら、イザークは一応、問いかけた。 問いかけられたキラは、ことりと小首を傾げ、 「なにって、休憩してるんだよ」 イザークの予想を裏切らない返事を返してきた。 その予想を裏切らない返答に、つい、うっかり、イザークは怒声をあげた。 「休憩をしているのは、見れば判る! 俺が訊いているのは、どうして俺の部屋で、堂々と、当たり前の顔をして、お前が休憩をしているのかということだ! ロックは掛けてあっただろう!?」 「あぁ、うん。ロックはかかっていたよ。だからピンクちゃんに開けてもらったんだけど、駄目だった?」 「駄目だった? だと? 駄目に決まっているだろうが!! 不法侵入は犯罪だ! プライバシーの侵害だろうが! だいたい、なんだ、その「ピンクちゃん」とやらは!?」 ふざけた名前だ。 イザークがそう思いながら怒鳴ると、 「ラクスが連れてるペット・ロボだよ。知らない? あの球体の……ええっと、ほら、アスランが作ったやつ」 キラに言われて、イザークはプラントの元歌姫が常に連れている球体のロボットを思いだした。 常に騒がしく飛び跳ねている、なんだか良く判らないペット・ロボットだ。 イザークは良く知らないが、ディアッカから聞いた話によると、学習能力があるらしい。 「……ロックを外すのか」 なんて迷惑な。 そう思いながら呟くと、なぜか嬉しそうにキラが破顔しつつ言った。 「ピンクちゃんは一番、賢いんだよね。ラクスといる時間が一番長くて、学習する時間が多いからだろうけど、すごいよね!」 心底感心しているその科白に、イザークはうんざりと溜息をつき、上着を脱ごうとした。が、ふと思いとどまる。 眉間の皺を増やしつつ、 「室温設定、二十五度!」 怒鳴るようにそう言った。 イザークの音声命令を受けて、冷房が温度設定を変える音が小さく響いた。 けれど、すぐに室温が適温になるわけでなく。 上着を着ていても感じる冷気に眉を顰めつつ、イザークは問いかけた。 「キラ・ヤマト」 「なに?」 「お前は俺を凍死させる気か?」 「そんなつもりないけど。あ、寒かった? ごめん。ちょっとやりたいことがあってさ」 「やりたいことがあるなら、自分の部屋かアスランの部屋でしろ。俺を巻き込むな」 「うーん、アスランの部屋に行っても意味ないし。僕の部屋は、だって、イザークは来ないじゃないか」 むっと頬を膨らませたキラが、占領していた椅子から立ち上がり、イザークの傍によって来た。 キラが近くに寄ってくると、つい、無意識に気構えてしまうイザークだ。 わずかに身を引いたイザークに気づいたのか、キラが苦笑を零した。 「イザーク」 口元の苦笑を消して、キラが笑った。 にこりと、深い笑みに、イザークは一瞬引き込まれたように見惚れてしまう。 が、見惚れた自分を否定するように首を振ると、イザークは近づいてくるキラから距離を取った。 なんとなく、そうしたほうが良いような気がしたからだ。 が、イザークが距離を取ったことが、キラは気に入らなかったらしい。 再び頬を膨らませて、イザークを睨みつけてくる。 「逃げの姿勢って、失礼だと思いません? 傷つくんですけど?」 わざわざ丁寧な物言いをされて、なんとなくイザークのプライドが刺激された。 「誰が逃げているんだ!?」 もう一歩下がろうとしていた足を、イザークは前に踏み出した。 とたんにキラがにっこり笑う。 なにを笑っているんだと、イザークが怪訝に思うと同時に、ぎゅうっとキラに抱きつかれた。 「……な!? ちょ、ま、キラ!?」 いきなり抱きつかれて動揺し、慌てふためき、まともに言葉が出せないイザークの耳に、 「お誕生日おめでとう、イザーク」 キラの静かな声が届いた。 「は? 誕……生……日?」 誰のだ、と問いかけようとして、イザークは口を噤んだ。 そういえば、今日は誕生日だった気がする。 誰のも何も、もちろん、自分の。 「あー、その、…………ありがとう」 自分でもすっかり忘れていたそれを、なぜかキラが知っていて。 どうせディアッカあたりが教えたのだろうと、溜息をつきつつ、それでも祝う言葉は嬉しかったから、イザークは素直にそう言った。 祝いの言葉をもらえたから、不法侵入や、とりあえず抱きつかれていることとかは、今日はまあ、大目にみよう。 そう思ったイザークは、けれど、抱きついてくキラの体の冷たさに盛大に顔をしかめた。 がっしとキラの両肩を掴み、イザークより一回り分小さい体躯を引き剥がす。 不満そうな顔をしているけれど、無視することに決めた。 「キラ、お前、冷たいぞ?」 「んー? ああ、そりゃね、ずっと冷房の効いた部屋に居たからねー」 当たり前だよ、と。からりと笑うその顔に、どうしても邪気を感じてしまうのは、イザークの気のせいだろうか。 眉根を寄せたイザークを気にすることなく、キラは続けてのたまってくれた。 「イザークにおめでとうって言えたし、やってみたかったこともできたし」 大満足と言いたげなその口調に、訊かないほうが良いという内心の声を無視して、イザークは問いかけた。 「やってみたかったこと? そういえばさっきもそんなことを言っていたな? なんだ、やってみたかったことって?」 「え? あぁ、うん。「おめでとう」を言うついでに、冷房でガンガンに冷えた体を理由に、イザークに抱きついてみようかなって。だって、ほら、僕はイザークが好きだけど、イザークはまだ僕と同じ意味で僕を好きなわけじゃないから、理由もなく抱きつけないし」 抱き返してもらえたら、最高だったけど。 本気とも冗談ともつかない口調でそう言って、にこりと笑うその顔に、なんとなく敗北感を感じつつ……。 「一番に言ってくれたから、いまだけ限定サービスだ」 甘やかすと、後々自分の首を締めることになるかもしれないと思いつつ、イザークは冷えすぎたキラの体を抱き寄せた。 END |