〜彼がそれを好きな理由〜 飲みすぎを引きずっている体に、とりあえず応急処置で栄養ドリンクを与えようかと思って、帰宅途中にふらりと立ち寄ったコンビニエンスストアの入り口に置かれた、新商品だけを陳列している棚の上に視線を止めて、功は思わず頬を緩めた。 最愛の弟が好物にしているチョコレート菓子が、目に入ったからだ。 見たこともないパッケージに書かれた期間限定の文字に、「あいつはこれのこと、知っているかな?」と首を傾げた。 期間限定で売り出されていることを、あの弟はもう知っているかもしれない、と、功は思う。 桜上水に転入してからサッカー三昧の毎日を送り、補欠とはいえ都選抜メンバーに選ばれ、それを通じて以前以上に友人が増えた弟は、練習の帰りなどにコンビニエンスストアに通う回数も増えていて、いろいろな商品の情報を仕入れてくる。 あのお菓子はシゲさんが好きで、あの飲みものは水野くんが好きで。あの人はこれが好きで、この人はこれが好きでと、功が知っている友人や、知らない友人たちの好みをよく話題にするようになった。 おかげで功まで、将の友人たちの好物を把握しているくらいだ。 そして、あの味は僕も好きだとか、苦手だとか、いろいろ試した後に自分なりの意見を述べて、将は必ず最後に言うのだ。 「僕は、やっぱり、キットカットが一番好きだなぁ」 と。 たまには違うものを買ってみようと思うのだけれど、どうしてかつい手がキットカットに伸びてしまうんだよ、と、自分でも呆れたように呟く将に、功は笑いながら「いいじゃないか」といつも言う。 「本当に好きだから、食べ飽きることがないんだろ。それでいいじゃないか。無理に好きなものを我慢することはないんだぞ?」 功がそう言うと、将は「うーん」と唸りながら考え込んだ後、納得していないような、納得したような顔をして、「そうかな……? そうだよね」と呟く。 そうして安心したようにキットカットのたくさん詰まったファミリーパックに手を伸ばして、幸せいっぱいの顔でそれを食べるのだ。 将の嬉しそうな顔を見ていると、功は今よりもずっと幼い頃の将のことを思いだす。 厳格な父の雰囲気を幼心に感じ取っていたのか、幼い年齢にありがちな我儘を、将はほとんど口にすることがなかった。 母も、将に甘い一面を持っていたけれど、間食はあまり良くないからと、頻繁にお菓子を買い与えることはなかった。 そのせいか、将は滅多なことでは物を欲しがらなかったのだけれど、どういうわけか、キットカットだけは別物だった。 スーパーのお菓子売り場の前にちょこんと立って、小首を傾げるようにして、いつもそれを見つめていた。 「欲しいの?」と母が尋ねると、小さな首をこくんと縦に振る。 それを見るたびに、荷物持ちに借り出された父と功は、顔を見合わせて苦笑を交し合ったものだ。 それを思い出しながら、功はキットカットの箱を手に取った。 そして、小さく笑う。 そう言えば、一度、どうしてそんなにキットカットが好きなのかと、将に訊いたことがあった。 そのとき、あの弟は、大きな目をきょとんと見開いて、不思議そうに言ったのだ。 功が理由をわかっていない、それこそが不思議だと、将の目が言っていた。 「え、だって、これ、こうにいちゃんがいちばんさいしょに、ぼくにくれたおかしだからだよ?」 だいすきなおにいちゃんがくれたおかしだから、いちばんすき。 にっこりと笑い、幼い口調で伝えられた言葉が、重圧に押しつぶされかけていた功の心を慰めた。 言ってくれた本人は、どうやらそんなこと、すっかり忘れてしまっているようだけれど、かまわない。 将が忘れてしまっていても、功が覚えていればいいのだ。 手に取った箱の向こうに喜ぶ弟の顔を想像して、功は栄養ドリンク剤とチョコレート菓子の箱をレジ台に乗せた。 END |
15000Hit代理リクを引き受けてくれた、RYOさまへvv
いつも、いつも素敵なSSを拝読させてもらっているので、たまには!!と意気込んでみたものの、玉砕。
うう、すみません。
でも、久しぶりに功将を書けて、楽しかったです。
微妙にリク通りになっていないんですが(将くん出ていないし)、それでも気に入っていただけて、良かった。
ありがとうございました!