トリック オア トリート〜郭英士〜

 秋にしては気温が高く、陽射しが強いその日。
 郭英士は退屈と面倒を隠すことなく、テーマパークの敷地内を歩いていた。
 英士の一メートル離れた場所には、英士と同じ制服に身を包んだクラスメイトが数人、落ち着きなく騒ぎながら、どのアトラクションに向かおうかと相談している。
 それなりに仲の良いクラスメイトたちの背中を眺めていた英士は、手に持っていたパンフレットに目を落とした。
 ぱらぱらと、適当にページを捲る。
 期間限定のグッズ紹介や、食べ物のメニュー。パーク内の案内図にインフォメーション。どのテーマパークも同じようなパンフレットだな、と、冷めたことを思いながら最後のページに目を通した英士は、季節外れの文字を見て首を傾げた。
「サクラサク?」
 秋に?
 一瞬、コスモスのことだろうかと思った英士は、しかし、続いていた文字に苦笑した。
「……願いの杜、ね」
 ジャック・オ・ランタンの形に切り抜かれたウィッシュ・カードに願いごとを書いて、それをボードに飾るという企画らしい。
 それがどうしてサクラサクなのか理解ができない。そう思っていると、グループの中でも良く話しをするクラスメイトの一人が、いつのまにか英士の傍に立ち、英士の見つめているパンフレットを覗きこんでいた。
「なにをじっと見てんの、郭?」
 無遠慮ではない程度の親しさで問いかけるクラスメイトに、英士は見つめていた箇所を指差した。
「これ、ハロウィンの企画なのに、どうしてサクラサクなのかと思って」
 英士がそう言うと、英士の指差した箇所をじっと見ていたクラスメイトが、「ああ、なんだ」と呟くように言った。
「これ、期間限定で春に『サクラサク』ってサクラ味のキットカット出てただろ。あれのハロウィンバージョンじゃないの? ほら、スポンサーがキットカットだ」
 言われて良く見ると、確かに見知ったロゴが印刷されている。
「確か、これ、通常は桜の形のウィッシュ・カードなんだよ」
「……よく知っているね」
 確かにいろいろなことを知っているクラスメイトだけれど、まさか、テーマパークの企画物にまで詳しいとは。
 意外な思いでそう言った英士に、クラスメイトはひょいっとおどけたように肩を竦めた。
「いや、実はいとこがここのクルーで、いろいろ教えてくれるからさ。新しいパレードはこんなのだった、新しいアトラクションはこうだった。この願いの杜も、一度、携帯メールで画像が送られてきたことがある。「紙とは思えないくらい綺麗でしょー」って」
 だから知っているんだと言って、クラスメイトは笑った。
「ふうん」
 と頷いた英士は、そのウィッシュ・カードの欄の下にある写真に目を留めた。
「これ、配っているのかな?」
 英士が問いかけるように呟くと、「どれ?」とパンフレットを覗き込んだクラスメイトが、意外そうに顔を上げて、英士を見つめた。
 少し居心地が悪い視線だ。
「なに?」
「え? や、郭、甘いもの好きだったっけ?」
「……好きじゃないけど、嫌いでもないよ。でも、キットカットは別かな」
 最近、無視できないお菓子だ。特に期間限定物は。
 英士の言葉にクラスメイトは「そっか」と頷くと、
「これ、このエンブレムをつけたハロウィン・クルーを見つけて声をかけたらいいんじゃないの? 書いてある。フェイス・シールと引換券くれるってさ」
「ああ、本当だね」
 クラスメイトに言われるままパンフレットを読み、英士は頷く。
 フェイス・シールはいらないけれど、期間限定のキットカットは、手に入れたい。ハロウィン・クルーを探してみようかと考えたとき、目に飛び込んできた一文。
「……これ、お子様限定って書いてあるね……」
 英士の指摘に、クラスメイトがもう一度パンフレットを覗きこんだ。
 ふと小首を傾げて「もらえるんじゃないの?」と、不思議そうに呟く。
「だってオレら子供だし」
「そうだけどね」
「それに、どう考えても子供じゃない人がもらっているし」
「え?」
 クラスメイトがそう言いながら指差した方向に目を向ければ、確かに、誰が見ても大人だとわかる女性が二人、魔女の格好をした女性からななにかを受け取り、はしゃいで笑っている。
「あれがそうみたいだね」
「行ってみる?」
 愉快そうにクラスメイトが言って、英士は頷いた。
 立ち去ろうとしているハロウィン・クルーを呼び止めて、英士は言った。
「Trick or Treat!」
 見事な発音でそう言うと、ハロウィン・クルーが「綺麗に言えましたね」と感心したように言って、シールと引換券を手渡してくれた。
 そして数メートル先の方向を指差し、引き換え場所を教えてくれた。
「数に限りがあるから、お早めに!」
 弾んだ声を残して、クルーが歩き去る。
 その背中を見送って、英士はクラスメイトと目を合わせた。
 そして、言う。
「先に行ってくれていいよ。これ引き換えてから追いかける」
 立ち止まって、どうかしたのかと英士たちを遠巻きに眺めている他のクラスメイトのほうを、英士は見やった。
 クラスメイトは英士と、立ち止まっているグループを交互に見やり、頷いた。
「ゆっくり歩いているからさ。どうせ行く場所なんて決まってる。このコースだと、バック・トゥ・ザ・フューチャーかジュラシック・パークだ」
 スパイダーマンを制覇し、次、となるとそのふたつのアトラクションしかない。
「郭が途中で追いつかなかったら、入り口で待ってる」
「ありがとう」
 クラスメイトの言葉に頷いて、立ち止まっているグループから少し離れた方向へと英士は歩き出した。
 その背中に、小さくかけられる声。
「郭! 彼女、喜んでくれるといいな!」
 そうかけられた言葉に、英士は曖昧に笑んだ。
 彼女じゃないけれど。
 まだ、たいして仲良くなってもいないけれど。
 これをきっかけに、あのチームメイトと親しくなれたらいいなと思う。
 小さな背中でフィールドの中を自由に駆ける、あの、関わったすべての人間を魅了する彼と。
 引き換え場所にいるクルーから手渡された黄色い袋。
 掌に載せたままのそれを渡したときのチームメイトの表情が、英士の脳裏に簡単に思い浮かんだ。
 きっと、すごく驚いた顔をした後、彼は笑ってくれるだろう。
 とても純粋な、彼らしい笑顔で笑って、「ありがとう」とそう言いながら、英士の差し出したものを受け取ってくれる。
「次の練習のときが楽しみだな」
 英士はそう呟くと、掌に乗っていたパンプキン味のキットカットを、潰してしまわないように気をつけようと思いながら、制服のポケットに入れた。

                              END