Birth day call

 ピリリリ。
 スタンダートな電子音が、深夜の部屋の中に響いた。
 ぼんやりとニュースを見ていた将は、弾かれたようにテーブルに視線を移し、携帯電話を手に取る。
 ちょうどスポーツ情報に切り替わった画面をちらりと一瞥し、ちょっとだけタイミングが悪いな、とか、これはもしかしてわざとかな、とか、そんなことを考えながら通話ボタンを押して、
「もしもし?」
 どうしても甘なってしまう声で「将です」と応じると、機械を通してもなお甘く――将の声音よりもずっとずっと甘い声が、
『いま、大丈夫?』
 と問いかけてきた。
 一瞬、その言葉にスポーツニュースのことが頭を掠めたけれど、どうせ録画しているからいいかと思い直して、「大丈夫だよ」と将は答えた。
 とたんにくすくすと、隠すことなく笑われる。
「なに?」
 なんで笑われているんだろうと首を傾げながら問いかけると、携帯電話越しの声がからかうように言った。
『スポーツニュースが気になるんじゃないの?』
「え、なんで……あ、音?」
『うん、リポーターの声が聞こえてる。邪魔した、かな?』
 小さく笑いながらの問いかけは確信犯を立証していて、将にこっそり溜息をつかせる。
 信用がないのか、自信がないのか。はたまた試されているのか。真剣な問いかけなのか。あるいは本気で、ただからかっているだけなのか。恋人の声音からは判断ができない。
 もう何年も付き合っているというのに、情けないことに将は恋人の真意を汲み取れないのだ。
 どれも的を射ているような。それでいて、全部違うようで。
 でも案外、本当にからかわれているだけなのかもしれない、とは思う。
 恋人は将の反応を見て、楽しんでいることが多いから。
「邪魔なんかされてないから大丈夫だよ」
 そう言いながら、将はリモコンに手を伸ばし、音量を下げた。
 かろうじて聞き取れるリポーターの声。
 画面は今日行われた試合の録画に変わっていた。
 思わず視線が釘付けになる、その瞬間の、映像だった。
 テレビ画面越しに見ていた、決定的瞬間。そのリプレイ。
 フィールドに木霊している声援。
 スタジアムを揺るがしただろう、咆哮にも似た歓声。
 ゴールネットに鋭く吸い込まれたボールは、ゴールポストを揺るがしただろう。
 悔しそうなキーパーの表情は一瞬で、カメラはすぐにゴールを決めた選手の満足そうな表情に切り替わった。
 チームメイトに抱きつかれて。頭を叩かれたり、肩を叩かれたりと健闘を称えられた選手は、あからさまに嬉しさを表情に出したりしていないけれど、かすかに口元が笑んでいる。
『そう。邪魔していないなら良かった』
 安堵したように返された声には笑みが混じっていて、ああ、やっぱりからかわれているんだなぁ、と将に思わせるニュアンスに、将は意識を携帯電話越しの会話に戻した。
「郭くん」
『ん、なに?』
「おめでとう」
『ありがとう』
「ライバルチームに言いたくない科白だけどね」
 くすくすと笑いながら、将は冗談交じりに言った。
 ニュース画面は別のスポーツの結果報告に切り替わっている。
 もう少し放送してくれたくれたらいいのに、と思いながら、将はチャンネルを変えた。
 別のニュース番組の、スポーツニュースコーナー。
 きっと同じような映像が流れるだろうと思いながら、テレビ画面を眺めていると、
『風祭』
 と、咎めるように呼ばれた。
「なに?」
『ひどいね。俺との会話は退屈? ニュース番組のほうが大切なのかな?』
「そんなことないよ。郭くんがゴールを決めた瞬間を、見逃したくないだけだよ」
『そう。嬉しい言葉だね。でも、映像の中で流れる姿よりも、本人との会話を重視して欲しいな』
 臆面もなく言われたその言葉に、将は苦笑を禁じえない。
 昔から、聞いているほうが照れてしまうことを、さらりと口にしてくれる。
「自分に嫉妬しても仕方がないよ?」
 苦笑交じりにそう言うと、
『俺の独占欲の強さは知っているでしょ』
 と、悪びれる様子もなく返され、将は苦笑を深くした。
 サッカーの試合映像と結果が流れる。
 けれど、将はそこから意識を切り離して、電話に集中した。
 それでも会話の主は、今日のサッカーの試合の話だったのだけれど。
『――将』
 ふと会話が途切れた瞬間に、滅多に呼ばれない名前を呼ばれた。
 とくん、と、将の鼓動が跳ねる。
 不意打ちで名前を呼ぶのなんて、反則だと思う。
 いつまでたっても慣れない。
 どきどきと早鐘を打つ鼓動と、わずかに色づいただろう頬に、電話越しで良かったと、そっと胸を撫で下ろしつつ、
「なに?」
 と平静を装って問いかけると、電話の向こう側の空気が、いつも以上に和らいだ。
 柔らかく、包み込むように甘い空気。
 それを感じ取った瞬間、
『誕生日おめでとう』
 耳元でそう囁かれた。
「え?」
『ちょうど十二時だよ』
 言われて、将は部屋の壁掛け時計を見上げた。
 長針と短針が、ぴったりと重なっている。
 そっと視線を移した先、DVDプレイヤーに表示されている日付は、五月十日に変わっていた。
「――ありがとう」
 一番に「おめでとう」と言ってもらえるようになってから、もう、何年だろう。これで何回目だろう。
 毎年繰り返してもらえる、サプライズ。
 けれど、飽きるなんてことはなく。いつも嬉しさで、愛しさで、感謝の気持ちで胸がいっぱいになる。
『今年も一番に「おめでとう」を言えて、良かった』
 ほっとした、と、満足げな声に、将は小さく笑った。
 笑いながら、
「郭くん、来年も、一番に「おめでとう」って言ってくれる?」
 と問いかけると、
『珍しく積極的な発言だね。もちろん、来年だけに限らず、その先もずっと、「一番の権利」は手放さないつもりだから』
 嬉しさを隠さない声がそう答えてくれて、将は
「うん……ありがとう」
 幸せな顔で、深く、微笑した。

                                END