クリスマス
ダイレクトメールに紛れて届いた、一枚の、葉書。 見慣れない文字で書かれた住所と宛名。 実家のポストの前で、英士が見慣れない文字に誰からだろうと眉を顰めつつ、さらに下方に目を落とせば、綺麗だとはいい難い、けれど、優しく温かな文字で書かれた、『メリークリスマス』のメッセージ。その後に続けられた、元気ですか、というひとことだけの言葉。それから――。 「風祭将……」 英士は差出人の名前をぽつりと呟く。 「風祭……?」 くり返すように名前を呟いた英士は、驚きに目を見張った。 もう何年になるだろう、将が渡独してから。 その間ずっと将からの連絡はなく、また、英士から連絡を取る手段も見つけられないまま、何年という月日が流れている。 正直、多忙な毎日の中に埋没していた名前だった。 元東京選抜メンバーと会うときに、誰かが必ず口にする名前ではあるけれど、英士はその会話に積極的に参加することはなく、将のことが話題になっているときは、むしろ、我関せずで通していた。 将を知っている誰かと共有する思い出など、英士にはない。 英士の中にある将の思い出は、いつも曖昧でもどかしいものばかりだ。 将の存在は、いつも英士に近くて、遠くて。 ありきたりでありふれた言い方をすれば、友達以上恋人未満。 そんな関係だった。 すぐ手に届く場所に、お互いの心と気持ちはあって、けれど想いを言葉にすれば簡単にすべてが壊れて、消えてしまいそうで。 不確かさ。はっきりさせてしまうこと。そのどちらをも怖がり、怯えながら、互いの想いを、距離を測りながら、傍にいた。 ずっとそんな風に。曖昧な関係のまま、つかず離れず傍にいるだろうと思っていたのに、ある日、将の怪我が元で、不確かな繋がりは容易く消えてしまった。 突然の喪失だった。 なんの相談も言葉もなく、将は英士の前から姿を消して、他人の口から「ドイツに渡った」とそれだけを聞かされて、聞かされた瞬間、英士は思わずぽかんとしてしまった。 それからどれだけ待っても将からの連絡は届かず、英士も意地になっていたから、知っていそうな面々から連絡先を聞きだすこともしなくて、無為に時間だけが流れて、そのうちにただ待つということが億劫で、面倒で、なんだかばかばかしく思えてきて、将にとって英士という存在は、連絡を入れなくてもいい存在なのだろうと、英士は割りきった。 ときおり、ふとどうしているだろうと思い出すことはあったけれど、時間の流れと共に思い出す回数も減って、最近では思い出すこともなかったというのに。 「今さら連絡なんて、ねぇ、風祭、どういうつもりなの」 苦笑交じりに英士は呟く。けれど当然返る言葉はなく、冷たく吹く風に音は攫われて。 「俺は元気でいるよ。風祭は元気でいるの?」 返る言葉がないことは解っているのに、それでも問いかけずにはいられなくて。 ああ、風祭はこんな字を書くのかと、そんなことも知らなかった自分に英士は苦く笑いながら、将の名前が書かれている箇所に、そっと唇を押しあてた。 「メリークリスマス、風祭」 いつかまた、言葉を笑って交し合える日がくればいいのに。そう思いながら、英士は葉書をダウンジャケットのポケットにしまいこんだ。 何気なく見上げた空はどこまでも優しい色をしていて、ああ、今年もホワイトクリスマスにはならないな、と、世の中の子供や恋人たちには酷な予報を心の中で呟いて、英士は玄関のドアを開けた。 了 |