〜白い雪 Side:M

 視界は、舞う雪に覆われていた。
 静かに。
 あの日のように、雪が、降っていた。
 滅多に雪なんて降らないのに、珍しいね、と、雪と同じ白い息を吐き出しながら、目の前の人が笑った。
 少し目を細めて――懐かしそうに。まるで遠くを見るような、眼差し。
 思い出しているのは、同じ日のことだろうか。それともまったく別の日のことだろうか。
 どちらだろうと思いながら、コートのポケットに入れた手で、中を探る。
 小さなコートのポケットの中、すぐに指先は目当てのものに突き当たった。
 迷うようにそれに触れて、指先を握りこんで、また触れる。
 何度かそれを繰り返しながら、言葉を探す。
 なにを言えばいいだろう。どんな言葉なら、こんな時、ふさわしいのだろう。
「風祭」
 やっと絞り出した言葉は、単純で。ただ名前を紡ぎ出せただけの自分に、腹が立つ。
 けれど、呼びかけてしまった手前、無言は突き通せない。
 これは腹を括ってしまうしかないかと思いながら、ポケットの中で、小さな箱を手に掴んだ。
「風祭」
 二度目の呼びかけは僅かに上擦っていて、自分の緊張度合いを思い知る。
 俺の声に、風祭が静かな眼差しを寄越した。
 音もなく降る雪のように、静かだった。
 どんな感情の揺らぎも、見つけられない。
 あまりの静けさに、絶望感を覚えた。
 無意識に、息を詰める。
 これ、は。
 これは意味のないものになるのだろう、と、手の中の箱の存在ごと、自分に哀れを抱く。
 同時に、当たり前かと自嘲する。
 いまさら、だ。
 今さら、どうして、受け入れてもらえると、そんな甘い考えを抱いたのかと、自分の詰めの甘さに自己嫌悪する。
 いつだって、自分のことしか見えていなくて。自分のことに一杯一杯で。
 だから手を離したのに。
 自分から手を離したのに。
 ドラマや映画や小説のように。誰かの作り出した物語のように、現実は上手くいかない。
 上手くいくことがあるかもしれないけれど、それはきっと一握りの人たちのことで。
 自分には当てはまらないのだと――。
「水野くん」
 風祭の吐き出した白い息が、とける。
 しんしんと降りだした雪は、風祭の差す傘の上に積もっている。きっと俺の傘の上も真っ白な雪が積もっている。
 久しぶりに呼ばれた名前は、静かすぎて。
 そこに甘い感情も何も見つけられなくて。
 あぁ、俺はこんな日に失恋をするのかと、頭の片隅でそんなことを考えた。

                                    終