〜あなたの優しさ〜
ふわふわしていて、頼りない。 ライバルである女王候補、アンジェリーク・リモージュを一言で表現するならば、この一言しかないと、ロザリアは思う。 女王への道は自分のために用意されている。そう教育されて来たし、そう思っている。完璧な女王候補の道を歩いているロザリアにしてみれば、アンジェリークは危なっかしくて、心許無くて、目が離せない。だから、つい口を出してしまうのだ。 「まったく、あんたって子は……!」 この言葉がすっかり口癖になってしまった。 「ごめんね、ロザリア。あと、ありがとう……」 「あんた、ばかじゃなくて? 叱られているのに、お礼なんて言うの?」 半分、呆れ気味に答えたロザリアのその言葉にアンジェリークは屈託なく笑う。 「だって、私のことを考えてくれてるから、叱ってくれるんでしょう? ロザリアが叱らない時は私は見放された時だから……」 「やっぱり馬鹿なの? あんたが心配で目が離せないだけじゃない。別に親切心なんかじゃないわ」 何を言い出すのかと言わんばかりのロザリアに対し、アンジェリークは笑顔のまま。 「でも、どうでもいいなら、無視するでしょう? だから、よ」 にこにこにこ。フンワリとした日だまりのような無邪気な笑顔できっぱりと言い切られてしまったロザリアは言葉に詰まってしまう。どんなに刺のある言葉ですら、ふわふわとした真綿に包まれてしまう気がした。 そんな会話がなされてしばらくたった頃……。育成の帰りに気分転換にと森の湖に立ち寄ったロザリアは先客に気付いて、思わず身を隠した。 (ゼフェル様とアンジェリークだわ……) 楽しそうに笑うアンジェリークを相手に、ゼフェルもまんざらではなさそうな様子だ。元々、不本意で守護聖になってしまった自分自身の身上のためか、突然女王候補に選ばれたアンジェリークを気に掛けているようだ。 「おめーも根性あるよなあ」 「そう、ですか?」 立ち聞きなどという品の悪いことはしたくないが、何故だか動く気にもなれなくて。ロザリアは立ち尽くしたままである。 「最初はピーピー泣くとまではなかったけど、すぐに泣きそうな顔してたのにな」 「そりゃあ、慣れましたから。最初は手探りで、怖くて不安だったし。ロザリアみたいに完璧にできなくて、もどかしかったし……」 そう言うと、アンジェリークはふわりと笑う。 「脳天気に見えてたけどな……」 「ひどーい」 「でも、根性はついたよな。ジュリアスやロザリアに口うるさく言われても、堪えねえじゃん」 「口うるさくって……。そんなことないですよ? ジュリアス様もロザリアも私のために言ってくれてるんだろうし……」 「おいおい、ジュリアスはともかくロザリアは嫌味の範疇だろうが」 ジュリアスが口うるさいとは思ってはいても、彼の言葉は正論だ。たた、自分自身に厳しくあるように、他人にもそれを求めて来る。それがゼフェルには理解できないことだ。ロザリアは彼には完璧な女王候補であるというように振る舞っているためかお高くとまっているようにしか見えず、アンジェリークにもきつく当たっているように見えるのだ。 「ありゃあ、女王になったら、女版ジュリアスになるだろうな」 しみじみ呟くゼフェルにロザリアは唇を噛み締めた。完璧な女王候補であるために振る舞ってきた自分自身を否定されたことは今までなかった。誰もが褒めそやしてくれていたのだ。守護聖であるゼフェルに言われたからこそ、重く感じたのかもしれない。 「ゼフェル様、それは違います」 強い口調でアンジェリークはゼフェルの言葉を否定する。 (アンジェリーク……?) ゼフェルの方も驚いているようだ。 「ロザリアは優しいですよ。そりゃあ、きついなぁとか思う時はありますけど、女王候補としての言葉は正しいですから」 「でも、優しいか? きついじゃねえか」 「叱ってくれるってことは気に掛けてくれてるからですよ? ロザリアだって、女王候補で大変なのに……。だから、優しいんです」 「そういうもんか?」 「そういうものてす」 言い切ってさえ見せるアンジェリークにゼフェルは驚きつつも、不意に何か思い当たることがあったのか、ポリポリと頭をかいた。 「あー、でも。ルヴァに説教されんのは、鬱陶しいけどよ、何も言われなくなっちまったら怖いってのと似てっかもな」 「ルヴァ様にですか?」 「あいつに見放されたら、ダメだろうってのは俺も判ってる」 自分のことを一番に気に掛けてくれている人間のことが判らないほど、ゼフェルは愚かではない。 「ま、俺もお前をちゃんと見ててやるから。それだけは忘れんなよ」 「はい、ゼフェル様!」 ぶっきらぼうに頭をなでられて、アンジェリークはくすくすと笑う。 「でも、ロザリアも見ててあげてくださいね」 「しゃーねえな」 「私もロザリアを助けてあげられるくらいになりたいんですけどね。まずは頑張らなきゃ」 「根性だけはあるからいけるだろ?」 「だといいんですけど……」 くすくす笑いあう二人。何となく居心地が悪い。悪い意味ではなく、面映ゆくて仕方ないからだ。 それ以上、その場にはいられなくて、気付かれないようにロザリアは森の湖を後にする。頬が熱くてたまらない。 (馬鹿みたい……) そんな高尚な気持ちでいたはずがない。あまりにも見ていられないから、ついつい口うるさく言っただけなのに。アンジェリークはフンワリと受け止めてしまうのだ。 (馬鹿よ、あんたは……) 頬が熱い。足を早めて歩くと、向かい風が頬を冷やしてくれるような気がして、ロザリアは歩く速度を自然と早めていた。 「まったくあんたって子は……」 「ごめんね……」 今日も変わらぬやりとり。けれど、ロザリアの表情にはどこか優しさの色がにじんでいる。 「ちゃんと見ていてあげてるんだから、もう少しは女王候補らしくしなさい」 「うん。だから、ちゃんと見ててね」 「言われなくったって目が離せやしないわよ」 その言葉にアンジェリークは嬉しそうに笑う。 「な、何よ……」 「ロザリア、大好き」 「……!」 不意打ちのように投げ掛けられる好意の言葉にロザリアは言葉を失うしかない。 「私、頑張るから」 ふわふわの笑顔と好意に包まれる。けれど、それが不快なはずもなく。むしろ、嬉しいとすら思う自分自身にロザリアは苦笑するしかなかった。 |
ReasonsのRYO様から戴いた、ロザリモ話。
いつも、いつもありがとございます(平伏)。
優しくて、幸せで、ほっとする話を書かれるRYO様が、大好きですvv BYまどか