−I don't no how to get−


その日は綺麗な三日月だった。

静かな夜に、たった一人で公園に散歩に出た。

ここ数日、ずっと寝不足だ。

頭に響く『アノコ』の声。

瞼の裏にちらつく『アノコ』の笑顔。

決して届かない。

触れてはならないと警鐘が鳴る。

それでも、手を伸ばさずにはいられないんだ…



公園の片隅にあるブランコに腰掛け、目の前にある池を眺める。

水面には天空で輝きを放つ月が映し出されていた。

何故かその光景に苛立って、足元の石を池に投げ入れる。

ちゃぷん…

小さな水音と共に波紋が広がり、幻影を乱す。

どうせ手に入れたってそんなものは虚像〈にせもの〉だ…

そう思った瞬間、心が悲鳴をあげた。

「―っつぅ……」

じわり、胸に広がる鈍い痛み。
眠れない夜を重ねた分だけ、痛みが強くなっていくようで。
知らずに涙が溢れそうになる。

そこへ、誰かの足音が耳に入った。

慌てて口元を押さえて歯を食いしばる。
そんな深夜に誰かは知らないが、こんな顔を見られるのはごめんだ。
しかし、足音はこちらに近づいているようだった。

「―、はるかさん!っ、はぁ…」

え、この声…

「うさぎ…?!」

「はぁー…っ、よかったぁ…」

ブランコを支えている鉄棒を掴み、肩で息をするのは我らがプリンセス。
麻の膝下まであるスカートに白いブラウスを着て、夜も遅いためか髪は下ろされていて別人のようだ。

なぜ、こんな時間に…?

「どうしたんだい、一体?
 夜も遅いのに、こんな人気のないところにくるなんて…」

極力平常を装って顔を上げる。

「…っ…だって、」

「どうしたんだ?」

「その、はるかさんが…苦しんでる気がして…」

衝撃だった。

彼女にはここ2週間は会ってもいないのに。
携帯での連絡だってしていない。
なのにどうして…

「どうして、そう思うんだい…?」

そっと、動揺を悟られないように、まだ息の整わない彼女の頬に手を伸ばす。
少し赤みが差し、しっとりとしていてひんやりと冷たい。

そこへ、さらり、と一房の髪が顔を上げた彼女の肩から滑り落ちる。

「最近ずっと耳鳴りがしてて…それがどんどん酷くなるんです…
 しかも昨日ははるかさんが悲しい顔をしている夢を見て…」

「だからって、こんな遅くに…それに、僕がここにいなかったらどうするつもりだったんだ…」

「わかります!」

叫んで俯いた彼女の瞳から、ぽろぽろと涙が零れていく。

「はるかさんが…貴方が呼んでくれたから、ちゃんとわかります!」

両の掌で顔を覆ううさぎ。
必死で唇を噛み締め、嗚咽を漏らすまいとする姿に心が締め付けられた。
堪らなくなって、僕はそっと華奢な手を取った。

「どうして、」

「…っく、はるか、さん…?」

「どうしてそんなに必死になるんだ?
 僕たちは君を護るのが使命。ただの…守護者に過ぎないんだよ」

「違います!はるかさんは私にとって、とってもとっても大事な人です!
 前世はプリンセスと守護者だったけど今は違う!
 普段は…普通の高校生じゃないですか!
 貴方は「天王はるか」で、私は「月野うさぎ」でしょ?
 頼りないことは分かってますけど…わたし、私だって、貴方のこと助けたいのに…!」

うさぎ…

過ちを知らない

痛みを恐れない

純粋無垢な瞳

この僕が敵わないのはみちるだけじゃなかったのか?
普段は泣き虫の甘ったれで出来の悪い妹のような顔をしているくせに。
そうやって君は何もかもを赦してしまうんだ。
この僕の中にある醜い感情さえ溶かしてしまうんだ…

「ごめん。悪かったよ。
 ところで、僕が呼んだって…?」

「…っ…あ、はい。
 夢の中で…名前呼ばれて…振り返ったらはるかさんがこっちに背中を向けていて……
 傍に行こうとしたんですけど、檻?みたいなのに阻まれて…、っ…手、届かなくて…呼んでも、振り向いてもらえなくて…」

「…そっか…」

無意識って恐ろしいな…

ギィッ…

ブランコから立ち上がり、小さな頭をぽんぽんと軽く撫でる。
すると、再び蒼穹色の瞳が揺らぐ。

「泣かないで」

言って僕はそっと彼女の頭を抱き寄せた。

「…だ、って…ひっ……」

ダメだな…僕は。
戦士として失格だ。
護るべき少女にこんな顔をさせるなんて…

「僕のほうこそごめん…」

「………?」

泣き腫らした瞳が問いかけるように見上げてくる。

こんなにも愛しいのに
こんなにも求めているのに
冷たい言葉で突っぱねて
なのに会わずにいた途端寂しくなる
あの笑顔に会いたい
傍に居て、空っぽな心を満たして欲しいなんて、身勝手なことを望んでしまう…

所詮は実ることのない花の種

そう思っていても、裏腹にどんどん成長を続けていくのが苦しくて

この気持ちは封印しよう、飲み込んでしまおうと、決意したばかりだと言うのに

我侭なのは僕のほうじゃないか

「はるかさん…?」

「大丈夫だよ、うさぎ。
 ずっと、胸の奥が苦しくて…眠れなかったんだ…」

「いつから…ですか?」

闇に溶けてしまいそうな掠れた声。
目元に溜まっている涙をそっと拭う。

「一週間くらい、かな…」

「……やっぱり」

「え?」

彼女の呟きに思わず聞き返す。

「私の耳鳴り、始まったの…一週間前からなんです」

さっきまで泣きじゃくっていたのが嘘のように柔らかく、穏やかに笑う。
月光に照らされたその顔が、とても幻想的に映った。

ひたり、と僕の頬をうさぎの両手が包み込んだ。

「これからは、ちゃんと私を呼んでください。
 必要だったら、何処にいたって飛んで行きますから…」

まったく…人の気も知らないで。

頬に添えられた手を取り、そのまま引き寄せる。

「きゃっ!?」

「……そんな無防備でいると、」

『とって喰っちまうぞ?』

ちょっと今のはびっくりした。
まさかうさぎに言われてしまうとは、思っていなかった。

言った当人は悪戯っぽい笑みを浮かべてしてやったり顔。

「うさぎ」

「はい?」

「今日、泊まってってくれないかな…」

「はるかさんたちの家に、ですか?」

「あぁ…傍に、居て欲しいんだ…
 明日は休みだし、君の予定が空いてれば、何処へでもお連れするから」

そんなのは取って付けた口実だけど。

こうなってはどうしようもない。

素直に認めよう。

断ち切れないなら。

どこまでも大切にするよ。

いずれ失うかもしれない。

その『時』がくるまで。

「良いですよ。
 ママにはちゃんと行き先言って出てきましたし、はるかさんのことが心配だから、一緒にいます」

「ありがとう…」

そう言って、僕は彼女をぎゅっと抱きしめた。

腕の中のあたたかな温もりに、不覚にも涙が出そうになった…




その夜、僕たちは同じベッドで眠りについた

細くしなやかな彼女の腕に抱かれて

心地よい心音を聞きながら

彼女が愛用している柑橘系のフレグランスを胸いっぱいに吸い込んだ

心に優しい『キモチ』がじんわりと広がっていくのがわかった

あぁ、満たされていく…

きっとそれは彼女のお陰で

ようやく、荒んでいた風が穏やかさを取り戻そうとしていた


新月あまみさまより頂いた、はるうさでございます!!!
こんな素敵なはるうさを頂けるなんてっ!
はるうさ書いてて良かった!
はるうさ好きで良かったvv

ありがとうございました!UP遅くなってすみません(土下座)