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「………………また、ですか?」
 これみよがしに溜息をついた友人を、エドワードは上目遣いに睨みつけ、けれどすぐに視線を逸らしてそっぽを向いた。
 そうすると、また深い溜息が聞こえて、エドワードの気に障る。
 エドワードを責めるような溜息に思えるのは、決して気のせいではないとエドワードは思う。
 一時期は牽制し合っていたくせに、いつの間にか意気投合して、共同戦線まで張って。
 そっくりな顔で、同じ小言を言われる身にもなりやがれ! と、エドワードは不貞腐れながら思う。
 逃げ場所にもなりやしない。
「二、三日徹夜して、一回二回食事を抜いただけだろ。怒られるようなことか!?」
「怒られることなんですよ。だいたい、素直に謝るどころかそうやって開き直るから、アルくんや僕に小言を言われるんだって、解っていないわけじゃないでしょう? まったく、これじゃあどちらが年上かわからないですよ?」
「…………」
 言いたい放題言ってくれる友人を、もう一睨みして、エドワードは目の前に置かれたカップを手に取った。
 一口コーヒーを飲んで、ふと眉を顰めた。
 耳に届く足音。
 いい加減聞き慣れたそれに気づいたアルフォンスが、小さく笑って、アル用のカップにコーヒーを注いだ。
 アルフォンスがコーヒーを入れ終わるのと同時に、慌しいノックの音。
「どうぞ。開いているよ、アルくん」
 アルフォンスが招き入れる言葉を口にすると、申し訳なさそうにアルが顔を覗かせ、「こんにちは、アルフォンスさん」と会釈した。
 そして、すっかり寛いでいるエドワードを見つけると、とたんに渋面を作って、
「兄さん! またアルフォンスさんに迷惑をかけて!」
 怒った声を上げて、エドワードの前の椅子に座った。
「毎回、毎回、恥を晒しに来てどうするんだよ」
「アルこそ、いいかげん、つまらないことで小言を言うなって」
「つまらないこと!? ボクは兄さんの体を心配してるんだよ! 小言を言われるのが嫌なら、ちゃんと寝て、ご飯も食べればいいだろ。いい加減にしないと、師匠に言うよ!?」
「あー、はいはい。次は気をつける」
「あと何回その科白を聞けばいいのかと思うと、本当に、頭が痛いよ」 
 情けない声でそう言ったアルの前に、パイの乗ったお皿が置かれた。
 アルとエドワードが同時にアルフォンスを見ると、アルフォンスがにっこりと笑った。
「グレイシアさん特製アップルパイ。アルくん、食べるよね?」
「うわぁ、ありがとうございます。いただきます!」
 嬉々としてフォークを手に取ったアルと、にこにこと笑ってアルの隣に座ったアルフォンスを、エドワードは交互に見つめた。
「アルフォンス、オレには?」
 最近、以前ほど甘いものを好まないエドワードだけれど、それでもグレイシアの作るアップルパイは特別だ。
 当然、自分の分も用意されると思っていたのに、アルフォンスは席に座って、エドワードの問いかけにきょとんと目を瞬いている。
 ちなみに、アルフォンスは自分の分も用意してから、席に座っている。その周到さに、わざとかもしれないと、エドワードは心の中で毒づいてみた。
「え? エドワードさんも欲しいんですか?」
 案の定、アルフォンスはわざと用意しなかったことを、あっさりと認めるようにそう言った。
 不思議そうに首を傾げたあと、アルフォンスは隣に座るアルに同意を求めるように言葉を継いだ。
「食事を抜くくらいだから、いらないのかなって……そう思ったから、エドワードさんの分はアルくんに出したんですけど」
「普通はそう思いますよね」
「……性格悪いぞ」
「エドワードさんほどじゃありません」
「兄さんには負けるよ」
 間髪入れずに返された、ふたりのその言葉に眉を顰め、エドワードはむすっと唇を引き結んだ。
 不愉快さを隠しもしないでカップの中身を飲もうとすると、
「兄さん」
 と、アルに呼びかけられる。
 不機嫌なままで視線を向けると、アルの持っているフォークの先にひとかけら、アップルパイが突き刺さっている。
 アルがそれを、エドワードの前に差し出した。
「なんだよ?」
 言外に一口だけかよ、と抗議を込めた問いかけに返されたのは、胡乱な眼差し。
 一口でもありがたく思え、ということだろうか。
 本当に性格悪いなと思いながら、それでも食べられないよりましかと口を開こうとしたところで、
「等価交換」
 アルがそう言った。
 エドワードは憮然とした表情で、開きかけた口を閉ざした。
 弟の隣でアルフォンスが苦笑を零しつつ、ふたりのやりとりを見つめている。
「アップルパイ、半分食べさせてあげるから、これからはちゃんと寝て、ご飯も食べて。――約束してくれるね?」
 今度こそ。
 拒否も曖昧な返事も許さないアルの迫力に押されて、エドワードは内心舌打ちしつつも頷いた。
 満足そうにアルが笑って、エドワードの口元にフォークを運んでくる。
「アル……」
「なに?」
「なにって……」
「食べさせてあげるって、ボク、そう言ったと思うけど?」
 いや、確かにそう聞きましたけれど。
 まさか言葉どおりだとは、普通、思わないだろう。そう思いつつ、口元に運ばれたアップルパイをじっと眺めていると、視線を感じた。
 動かした瞳の先に、複雑そうな表情のアルフォンスをみつける。
 エドワードとアルフォンスの視線が絡んで、アルフォンスが微苦笑を浮かべた。
 そして、なにも見なかった振りで逸らされる視線。
 知らん顔をするな! と文句のひとつも言ってやろうと思ったけれど、それを言うのはまだ酷なことだろうかと思い直して、エドワードは視線を元に戻した。
「いらないの、兄さん?」
 不思議そうに問いかけるアルの声に、エドワードは緩く首を振った。
「もらう」
 そう言って食べたアップルパイの甘さと、それに隠れて広がるちょうど良い酸味は、懐かしい味と同じような気がして、少しせつない。と、郷愁に浸ったところで、エドワードはふと嫌な言葉を聞き流していたことに気づいた。
 アップルパイをゆっくりと飲み込んで、おそるおそるアルを見つめて、エドワードは「アル」と呼びかけた。
「アル、お前、さっき『師匠』って言った?」
「うん、言ったよ?」
 それがなに? と首を傾げかけたアルの顔から血の気が引いていく。
 それを見ていたエドワードの顔からも、血の気が引いた。
 なんとなく嫌な予感がする。
「忘れてた……」
 ぽつりとアルが呟いた。
「なにを?」
 と問い返したいけれど、怖くて、なんとなく問い返す気になれなくて、エドワードは黙ったままアルの言葉の続きを待つ。
 エドワードとアルの二人の様子に、アルフォンスがきょとんとなっている。
 その呑気な様子が、逆に、これから先に起こることを暗示しているように思えて仕方がなかった。
 同時に、師匠から感じるあの恐怖を知らないアルフォンスが、羨ましく思える。
「…………兄さんと再会した次の日だった、かな。ボク、師匠から電話をもらって……。ウィンリィが気を利かせて、師匠にボクたちが帰ってきたって、シグさんに伝言を頼んだらしくて。それで……」
「それで?」
 頼むから、意味ありげに黙り込んで震えないでくれないだろうか。
 嫌な予感にガタガタと震えがきているのは、エドワードだって同じなのだ。
 そう思いながら続きを促すと、今すぐにでも泣き出しそうな顔でアルが口を開いた。
「師匠、電話で、帰ってきたなら一度顔を見せに来いって……」
 言ってた、と、最後の言葉は蚊の鳴くような小ささで告げられて、エドワードは頬を引き攣らせ、乾いた笑いを浮かべるしかなかった。

 エドワードと弟のアルフォンスがこの世界で再会を果たしてから、一ヶ月と少し過ぎたある日の午後は、エドワードと弟の心情とは裏腹に、雲ひとつない快晴。
 澄んだ青空が、とても、とてもきれいな日だった。


                                 END




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いて下さったら、幸いデス。