Birth 8


「もう、兄さん!」
 いい加減にしないと、怒るよ!?
 声音から、とっくに怒っていると判る弟の声に、エドワードは首を竦めた。
 見上げた空の色は、優しい青色。
 自然とエドワードの頬が綻んだ。
 優しい色をした空が、エドワードは好きだった。
「兄さんっ!!」
「判ってるよ、アル」
 急かす声に頷いて、エドワードは歩き出す。けれどその歩みはいつもの数倍は遅くて、アルフォンスの呆れた声に、また急かされた。
「に〜い〜さ〜ん〜?」
「判ってるって。そんなに急がなくても汽車はあるだろ?」
「汽車はあるよ。でもね、兄さん。イーストシティ直通の汽車と、乗換えを最低二回はしなきゃいけない汽車だと、街に着く時間がずいぶんと違うんだよ? 大佐に会いに行くんでしょ? だったら早いほうがいいじゃないか」
「ば……っ! 違う!! オレは情報を貰いに行くだけだ。大佐に会うのはそのついでだ!」
 アルフォンスの言葉にギョッとして、エドワードは捲くし立てるように言う。
 アルフォンスの小さな笑い声が、鎧の中で反響した。
「兄さん、顔が赤いよ?」
「…………っ、うるさい! 急ぐんだろ!?」
「素直じゃないなぁ」
 早足でアルフォンスを追い抜くときに、苦笑混じりに言われたけれど、エドワードはかまわず、どんどんと足を進めて、駅に向かった。
 乗る予定の汽車の発車時刻までは、あと数十分ほど。
 なにごともなければ、半日足らずでイーストシティに着く。
 ロイのいる街に。
 それを思うだけで、自然とエドワードの顔が赤らんだ。
 きっと、表情も緩んでしまっているだろう。
 だめだな、と思う。
 気にかけているつもりはなかったのに。聞き流しているつもりだったのに、くりかえし告げられていた言葉は、思っていた以上に、エドワードの心の中に蓄積されてしまっていたらしい。
ゆっくり、確実に、エドワードの中にも想いが生まれるように、言葉の魔法がかけられていたのだ。
 そんなファンタジーなことを、思わず思ってしまうくらいに、ロイの言葉はエドワードの心を変えてしまった。
 こんなに好きになってしまって、まったくどうしようもない。
 本当に、どうしようもないな、と、呆れ気味に思う。
 ここまで心を奪われていながら、よくもまあ、意地を張って「好きじゃない」などと言えていたものだ。
「往生際が悪い」と呆れて言ったロイの顔を思いだして、エドワードは笑いたいような、切ないような、複雑な気持ちになった。
 あのときのことを、思い出す。
 今から思えば、ずいぶんと取り乱し、動揺していた。
 ロイから言われた「連絡を入れろ」という一言が、エドワードにとっては明確な距離を置かれたように思えたのだった。
 いつも言われている言葉だったのに、あのときはそうは聞こえなかった。
 エドワードに会うために、ロイは上官としての仮面を被るつもりなのだと思った。
 もう、ロイ・マスタング個人としては、向き合ってくれない。エドワードを好きだと言った、素の顔を見せてはくれないのだと思った瞬間に、何かが壊れて、エドワードはそれに飲まれた。
 自分勝手だ。
 エドワードは苦笑する。
 自分はロイに対しても一線を引いて、踏み込ませないようにしていたというのに、ロイが一線を引くことは許せなかった。
 我儘な子供。
 呆れて、手を離されてしまっても、仕方がなかったと言うのに、ロイは狡いエドワードを受け入れて、受け止めて、抱きしめてくれた。
「好きだ」と、相変わらずの甘い声で、切ない告白をくれた。
 敵わないなと、こんなときに思う。
 子供っぽいところが多々あって、大人気ないこともたくさん言われるし、されるけれど、肝心なところでやっぱり大人だ。
「……元気にしてんのかな、大佐」
 あれから、もう、数ヶ月が過ぎてしまった。
 たまに声を聴くだけで、全然、会っていなかった。
 急に、とても会いたくなって、心に急かされるままにエドワードの足は速まった。
 会いたい、会いたい。
 一秒でも早く会って、抱きしめて欲しい。そして、エドワードが一番聞き慣れた、一番好きなあの甘い声で、切ない声で、何度でも言って欲しい。
 くりかえし告げられた言葉を。
 きっと、また、素直に受け止められないだろう。だけど、ロイはそんなエドワードのことをちゃんと判ってくれているから。もちろん、それに甘えるつもりはないから、気まぐれに「好きだ」と言ってやってもいい。掠めるようなキスをおまけに。
「アル、急げよ!」
 見えてきた駅舎に、エドワードの心はさらに逸った。
 もうすぐ。
 あと数時間後には、会える。
 やっと、会える。
 あの腕の中に、帰ることができる。
 そう思うだけで、自然と駆け出していた。
 なんとなく。気のせいかもしれないけれど、後をついて来ているアルフォンスが苦笑した気がした。



 くりかえし、くりかえし。
 せつなく、甘く、優しい想い。
 くりかえし、くりかえされた、想いの言の葉。
 心に降り積もった、温かな想い。
 そのもらった想いから、生まれて、やがて孵った「想い」
 あなたへの。
 これから、なんどでも。
 あなたがそうしてくれたように。
 くりかえし、くりかえそう。
 あなたへと。


                                   END

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